第552話 はじめての夜営

 昼間とは違い、夜の場合は獣も危険だが人も危険になる。

 人目が無いということで、他の旅人がこちらによからぬ感情を持ってしまうことは多い。特に美少女揃いの俺たちならば、その危険はより大きくなる。

 そこで街道から少し外れた場所で野営することにしている。三人組の場合はその必要はないだろうが、これも基本だ。


「というわけで、まず焚き火は必須」


 テキパキとクラウドが三人組に指示を出している。どうやら、同性ということで奴だけは気安く話しかけれるようだ。

 獣が火を恐れる、というのは実は俗信である。中には火に興味を持って近付いてくる獣もいる。

 しかし明かりが無いと、こちらも周囲を見渡せない。

 真っ暗闇の中で奇襲を受けることほど、恐ろしいことはない。職業柄、俺はそれをよく知っている。

 実際受けるダメージよりも、それによって巻き起こる混乱こそが恐ろしい。


「まずは燃え広がらないように、周囲の草を毟って焚き火のスペースを作る」

「うっす」


 こういった単純作業では、三人組は素直に言うことを聞いていた。

 彼らは最初は反抗的だが、一度認めた相手には従順になる性格のようだ。

 田舎村では、彼らをねじ伏せる相手がいなかったので、横暴な行為を続けられたのだろう。

 彼らに圧勝したミシェルちゃんや、魔法使いとして優秀なフィニア、意外と歴戦の戦績を持つクラウドは、相応に敬意を持って対応されていた。

 もちろん、彼女たちを率いる俺にもその視線は向けられている。ただしその中に疑惑の感情が混じっているのは仕方ないところだろう。

 クラウドと違って、俺の身体は華奢で小柄だ。強いと言われて納得しろという方が無理な話である。


 しばし夜営の準備などを指導しつつ、夕食の準備を始める。

 これは俺が指導できるところはないので、フィニアの独壇場である。

 とはいえ、習ったところですぐできるというモノでもない。


「だから、三人だけの時はパンとチーズに、干し野菜を戻したスープとかでも最低限の栄養は確保できますので、そうしてください」

「うぃす、でも面倒だから干し肉だけでも――」

「それは塩分が強くてやめた方が……喉乾きますし」


 手早く夕食の支度をしながら、三人の質問に答えている。

 どうやら自分の土俵であるこの分野では、気後れすることもなく話ができるようだった。

 この機会に彼女の人見知りが軽減されれば、俺としても嬉しい誤算だ。


 俺たちのパーティで、他のパーティでは受けられない長所が一つある。それはフィニアの料理だ。

 雑な料理しかできない俺や、もっぱら食べる方のミシェルちゃんでは、美味い飯は作れない。

 クラウドも多少はできるようだが、フィニアには遠く及ばない。


「うめぇ! うめぇっスよ、フィニアの姐さん!」

「誰が姐さんか。フィニアはわたしのモノだ」


 プロの料理人にも引けを取らない夕食に、感涙してがっつく三人に俺は昼に作ったオシオキ棒でツッコミを入れておく。

 その様子を見て、ミシェルちゃんは苦笑を浮かべていた。


「でも、しかたないよね。フィニアさんの料理、おいしいもん」

「孤児院の料理とは比べ物になんねーし」

「こんなおいしい料理ばっかり食べてたら太っちゃうよ」

「ニコル様はぜんぜん太りませんでしたけどね」

「わたしは、胸にばかり肉が寄っちゃって」

「ニコルちゃん、それって嫌味かなー?」

「ミシェルちゃんには言われたくないよ!」


 俺以上に豊満なくせに何を言っているのだか。

 そういえば、これから夜番を立てるわけだが、その組み合わせも考えておかないといけない。


「この後は見張り番を立てて夜を過ごすんだけど、その組み合わせはどうする?」


 いつもなら俺が指示しておしまいの話題だが、今回は他の連中の育成のためでもある。

 彼女たちが判断し、指示を出してこそ成長するというものだ。

 それに俺も、彼女たちがどういう組み合わせを提案するのか、聞いてみたい。


「そうだな、三人はみんなバラバラにした方がいいよな」

「じゃあ三交代制だね。疲れも少ないしいいんじゃないかな」

「わたしたちは四人組だから、二人一組で組んだらちょうどいいですね。一人は夜番抜きでずっと休めてしまいますが」

「じゃあ、それはニコルちゃんだね」

「え、わたし?」


 ミシェルちゃんが俺を夜番から外すように提案してきた。その意図が読めず、鳩が豆鉄砲を食らったような顔を返してしまう。

 だがミシェルちゃんは当然というような顔で、説明してきた。


「だってニコルちゃんは、中で一番疲れやすい体質でしょ? なら休憩はこまめに取らないと」

「でもわたしだけ休むなんて、悪いよ?」

「その分、昼間は斥候してもらってるだろ。気絶しやすいんだから、休める時に休んどけって」

「そうですね、ニコル様はいわば切り札ですから、もう少し勿体ぶってくれてもいいんですよ?」


 ちらりと視線を三人組の方に向けてみる。しかし彼らもミシェルちゃんたちの采配に異論はない様子だった。

 昼間の失敗と説教、それとフィニアの料理などで、自分たちには学ぶことが多いと再確認したのだろうか?

 ならば俺も、ここで意固地になる必要はない。

 そもそも俺の眠りは基本的に浅い方だ。万が一夜番が敵の接近などを見逃しても、俺なら奇襲前に気付くことができる。

 また、その失敗も彼らにとってはいい経験になるだろう。そう納得して、俺はミシェルちゃんの提案を受け入れた。


 そうと決まれば、後は目の前の食事を片付けるだけだ。

 せっかくのフィニアの料理を、味わわないで口にするなんてもったいない。

 俺は勢い込んでフィニアの作った野菜スープを口に運び……その熱さに舌を焼かれて、悶えたのだった。

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