第553話 目的地到着
夜営に関しては特に問題はなく、夜を明かすことができた。
考えてみれば、連中が何かやらかすのは敵が出てきた時が多い。普通に食事と休息を摂るだけなのだから、失敗のしようがない。
見張り番の件でいくつかミシェルちゃんやクラウドから注意を受けていたようだが、それも致命的なものではなかった。
「よし、じゃあ今日は目的地に着く予定だから、早めに出発するよ」
「うーっす」
フィニアの作った食事を食べながら、その日のスケジュールを彼らに告げる。
この日も、餌付けされた彼らはこちらの言うことを素直に聞いている。戦闘になると、スコンと頭から抜け落ちるのが問題なだけだ。
夜営の後始末を済ました後、さっそく目的地へと旅立つことにした。
目指すリガス芋は自生地が定まっているので、距離や時間をかなり正確に測ることができていた。
自生地まできちんとした道があるわけではないが、定期的に採取する人間が向かっているので、獣道のような細い道はできている。
しかし、それもごく稀なため、今では藪に沈みかけている。
鉈を使ってその薮を切り払いながら、先に進む。その途中で三人組は、なぜ俺が鉈を持ってくるように言っていたか、必要性を理解したようだった。
「こりゃすげぇ。こんなに濃い薮は初めて見たぜ」
「俺らの住んでた漁村じゃ、こんなのはお目にかかれねぇよな」
「こっちの腕がイかれちまいそうだぜ」
感嘆と同時に呆れたような声で薮漕ぎをして道を切り開く三人。今回は彼らの授業なので、ミシェルちゃんたちは見学に回っていた。
一応周囲の警戒はしているようだが、その緊張感はいつもより遥かに緩かった。
「やっぱ薮漕ぎしてくれる人がいると、楽だねぇ」
「ミシェルはやったことないじゃないか。ほとんど俺がやってたし」
暢気な声を上げるミシェルちゃんに、クラウドが反論している。
それは当然の話で、後衛専門の射手であるミシェルちゃんが、先頭に立って薮を切り払う役目をするはずがない。
逆に先頭に立って敵を押し留めるクラウドは、その役を任されることが多い。
そういう意味では斥候役の俺も薮漕ぎすることが多くなるはずなのだが、俺の場合は持久力の問題でその役を果たすことができなかった。
そもそもラウム近郊も森が深いため、繁っている薮もかなり頑丈だった。
持久力と筋力に不安のある俺では、クラウドほどの効率は出なかっただろう。
「クラウドくんは力が強いから、いいじゃない」
「力仕事ができる方がいると、すごく楽ですよね」
「フィニアさんまで……勘弁してよ」
クラウドは大きく肩を落とす。そんな様子に不平を言うことなく、黙々と薮を刈る三人。
そうして昼になろうかという時間になって、唐突に目の前が開けた。
薮とは毛色の違うツタが生い茂り、その周辺には大きな木も生えていない。
ツタには広い葉が付いていて、まったく別種の植物であることがわかる。
「着いた、ここら辺に生えているのがリガス芋だよ」
「やっとかよ」
「疲れたぜ……」
どさりと腰を落とす三人。しかし重労働はこれからである。
リガス芋は山芋の一種で、土の中に深く根を張っている。その根の大半が芋になっている根菜の一種だ。
つまりそれだけの深さを、今から掘らねばならないということである。
背嚢からスコップを取り出し、準備を進める。今回持ってきたのは折りたたみ式のもので、柄の部分を繋げれば一メートルほどの長さになる代物だ。
強度にやや不安が残るが、携帯性が高いため、土が柔らかい場所を掘る今回のような依頼にはうってつけである。
「ホラホラ、休んでいると日が暮れちゃうよ。さっさと芋を掘って」
「マジかよ! ちょっと休ませてくれよ、姐さん!?」
「誰が姐さんか。まったく、でかい図体で鍛え方が足りないなぁ」
「姐さんに言われましてもね」
俺は携帯用の折り畳み椅子を広げ、それに
要は座ったまま、ここまで運ばれてきたのである。
「文句言うならオシオキ棒の出番だね」
「サーセンっす!?」
「まあいいよ。こんな風に、日頃ケンカに使う筋肉と、野外活動で使う筋肉はまったく別なんだ。それがわかっただけでも収穫と思わないと」
「へーい……」
とはいえ、疲労困憊した状況でリガス芋を掘ると途中で折ってしまう可能性が高い。
ここは無理させないで休息をとらせる必要があるだろう。
「仕方ない。ここは昼食も兼ねて、いったん休憩にしよう」
「やったぜ!」
「喜んでる場合か。その間に疲れを取るの!」
「え、寝てりゃいいんすか?」
「それだけじゃ、すぐには疲れは取れないよ。揉み解すとかしないと」
「どこをどうやらいいかわかんねぇっす」
「しょうがないなぁ……」
フィニアは昼食を用意しないといけないので、残る三人で身体をケアすることになった。
「まず、手足より先に身体の中心をほぐすこと。背骨の左右、肩甲骨の周辺から」
俺は三人と同時にクラウドとミシェルちゃんにも指導していく。この二人は加減を知らないので、きちんと見張っておく必要がある。
その甲斐あってか、三人は恍惚とした表情で寝そべっていた。
「おぅ、おぅっ、そこいいっすよ」
「気持ち悪い声出すな」
「いや、これは無理っす、声を抑えるとかできないっす」
「まったく……」
そんな俺たちの様子を、フィニアは笑いをこらえながら見ていた。
「気持ちよさそうですね。後でわたしにもお願いできますか、ニコル様」
「うん? フィニアなら喜んでやってあげるよ。いい声で鳴かせてあげる。ぐへへ」
「やっぱりやめようかな……」
「遠慮しないで!」
「いだだだだだだだ!?」
下心満載の俺の叫びに、フィニアは一筋の汗を流していた。いや、本当にフィニアにはいいところをぜんぜん見せていないな。
素の姿を知られているだけに、どうにも締まらない話になってしまう。
叫んだ拍子に妙な力が入ったのか、マッサージを受けていたセバスチャンが悲鳴を上げていた。
まあ、多少の失敗はあったが、こうして彼らは身体のケアも学んだのであった。
…………学んだよな?
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