第119話 一連の黒幕
コルティナと別れた後は全力疾走だ。
おそらく、彼女は持ち前の切り替えの早さで俺達の事を思い出す。
そうなれば安全確保のためにこちらにやってくる事は明白。
連中の仲間があれだけとは限らないし、別口で動いている冒険者もいてもおかしくない。
コルティナより先にマイキーの元に戻る。それが今の俺に課せられた最優先事項である。
幸いというべきか、隠しておいたカーバンクルとマイキーの居場所を、誰かが荒らした痕跡は無かった。
かけておいた枝葉をどけて中を覗くと、未だ気絶したままのマイキーの姿がある。
突然偽装をはぎ取られたので、カーバンクルが一瞬警戒を示したが、そこに現れたのが幻覚を解いた俺と知って、鼻を鳴らして擦り寄ってきた。
「なんだかやたら人懐っこいな、お前」
人を恐れないというか、馴れているというか……
俺がそんな事を独りごちた時、背後から声がかかってきた。
俺はいまだ警戒を解いていない。その警戒網をかいくぐって、それでいて敵意のない声をかけてくる存在――そんなもの、一人しか心当たりがない。
「それはわたしが、少しずつ馴らしておいたからなんですけどね」
「ようやくお出ましか。もう少し早くてもよかっただろうに」
背後に現れたのは想像通り、例の白いの。つまり神様だ。
俺が平然と返事を返した事で、非常に詰まらなさそうな表情をしている。
「驚かないんですか?」
「見知らぬ存在から声を掛けられたら驚くけどな。わりとここまでは想像通り」
小さく唇を尖らせているところなど、本当にそこらの子供のような様子である。
白いのが現れた途端、カーバンクルは歓喜の声を上げて彼女に飛びついて行った。
「うぉっと。体格差という物を考えてくださいよ? わたしを押し倒していいのは旦那だけです」
「お前、既婚者か!?」
仮にも神が結婚など……と考えたところで、ふと思い出す。確か神話では、破戒神は風神と結婚していたのだったか?
「神話なんて碌に覚えてねぇっての」
「勉強不足ですね。歳相応の勉強からやり直すことをお勧めしますよ」
「うるせぇっての」
確かに俺の肉体的な年齢ならば、神話や物語を読むのは歳相応だろう。
だがそれを指摘されるのは、そこはかとなく納得がいかない。俺の中身はいい大人のままだ。最近染まりつつある気はしないでもないが。
カーバンクルを一撫でしてから、破戒神はこちらへ笑顔を向けてくる。
「この子を発見してくれて感謝しますよ」
「そう思うなら感謝は物理的に示してほしいね」
「それは先にお渡ししておいたでしょう?」
おそらくはミシェルちゃんに渡した
だがあれはあくまでミシェルちゃんの物で、俺の物ではない。
「なぁ、あんたのくれる報酬って、すべてミシェルちゃんに流れている気がするんだが?」
「おおっと、気が付いてしまわれましたか。実はああいう子には弱いんですよ、わたし」
確かに健気で一途で元気一杯の彼女は、周囲の好意を惹きつけやすい。
その意見には俺も反対を述べる物ではないのだが……直接の子孫としては、なんだか物足りない。
「まぁ、その装備もうまく受け取ってくれたみたいですし?」
「やっぱりお前か――」
この短剣の価値は高い。これを売れば、トレントの種と同じくらいの金は受け取れたはず。
そんな装備を持っていながら、コソ泥や誘拐に手を染めるなんて、後から考えてみればおかしな話だ。
つまり、何者かがこの装備を連中に流したのだ。
「わたし、こう見えてもアイテムショップを経営してまして。別の顧客に監視をごまかせるアイテムとか固い敵と戦えるような武器を要求されたので、それを渡しておきました」
「迷惑な話だな、おい」
「その方が手放したので、後で回収するつもりではあったのですけどね。なんだかいい感じにあなたの元へ向かったので、ひとまず静観していたのです」
エヘンとばかりに胸を張って見せるが、これを敵に使われていたらどうするつもりだったんだ?
まぁ、これを持っていた所で、負けるつもりは更々無いけど。
「それでは、心配性な保護者が来る前に立ち去るとします。わたしも彼女は苦手なんですよ」
「そうだろうな。コルティナは俺ほどバカじゃないから」
「そう卑下するものじゃないですよ? あなたは今……非常に愛らしいですから!」
「嬉しくない!」
俺をからかってから、白いのは頭上で指をパチリと鳴らす。その仕草も実に様になっているのが憎らしい。
そして指を鳴らして数秒、たったそれだけの時間でどこからともなく巨大な影が俺のそばに舞い降りてきた。
「なっ、ドラゴン!?」
舞い降りてきた影の正体はドラゴン。それも普通の物じゃない。
黒光りする鱗は妖しいほどに美しく、その巨体は優美でありながら、畏怖を湧き起こさせるほどの
外見だけならば、邪竜コルキスにも似ている。しかし奴の放つ暴力的なまでの威圧感と違い、このドラゴンは畏怖を感じさせる神々しさを併せ持っていた。
「魔竜ファブニールでイーグと言います。わたしの眷属ですよ?」
「街で噂の名前持ちの上位竜か……ほんと、なぜ邪竜退治に来てくれなかったのか……」
「何度も言ってますが、いろいろとわたし達も都合がありましてね。その節は大変お世話になりました」
神の都合なんて、俺に察する事はできない。
だがカーバンクルが喜んでファブニールの首に掻き登っていくところを見ると、彼女たちに任せても問題はないと思えた。
「この子もドラゴンの眷属ですし、イーグとも相性がいいでしょう。悪いけど連れて行かせてもらいますよ?」
「ああ、構わない。そいつは居るだけで人を惑わすからな」
カーバンクルの竜珠。その価値は人の欲を掻き立てる。
こいつのために村を抜け出したマイキーには悪いが、人里に近付かない方がいいだろう。
「平和的に解決できてよかったです。ではまた!」
白いのはそう声をかけると、ファブニールの背に飛び乗った。
そして高々と舞い上がる魔竜。瞬く間に視界の外へと飛び去ってしまう。
「ちょ、イーグ! 速い速い、音速の壁が、ソニックブームが! ぷぎゃあぁぁぁ!?」
白いのの無様な悲鳴だけを残して――
「俺、あれの子孫なのか……?」
情けない声を聴き、なんだかちょっぴり絶望を感じたのだった。
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