第118話 洞窟の蹂躙劇
やはりコルティナ一人では荷が重かったのか、彼女は洞窟内で追い詰められていた。
いや、まだ追い詰められたというほど余裕が無かったわけではなさそうだが、それでもピンチであることには変わりない。
彼女にとって武器は即ち人である。
他者の能力を最大限発揮させ、最大効率の戦果を挙げさせるのが、彼女の得意分野だ。
だからこそ、単独での戦闘はあまり得意ではない。
俺たちを逃がすための足止めなんて、本来は彼女の役割ではないのだ。
それでも保護者という責任感が彼女に無茶をさせた。
すでに服の胸元は引き裂かれ、遠目からでもわかる形のいい胸が剥き出しになっている。俺はそれを見て、頭に血が上るのを感じた。
無論、声に出すわけにはいかない。
俺はいま、幻覚を生み出す指輪を使って、レイドの姿を纏っている。これでコルティナの目をごまかすことには成功しているが、指輪でごまかせるのは外見だけだ。
声まで変化する訳ではないし、直接触れられてもバレてしまう。
故に速やかに無法者を排除し、即座に離脱する必要がある。
「……レイド……なの?」
かすれたような声で、こちらに問いかけるコルティナ。だがその声には答えるわけにはいかない。
俺は小さく頷き、肯定の意を示した後、即座に戦闘行動に入った。
ここは直線の一本道。非力で決定力に欠ける俺にとって不利に思われるかもしれないが――実のところ、そうでもない。
薄暗く、足元が
凹凸が激しい壁や天井。
狭く、行動を限定される洞窟内は罠を仕掛け放題だ。糸を自在に操る俺にとって、ここはまさに蜘蛛の巣を張る巣穴にふさわしい。
早速一本を壁には這わせ、出っ張りに引っ掛けてから男の足元に絡めておく。
「なんだ、てめぇ……女の仲間か!」
「なんにせよ、見られたからには生かして帰せねぇぜ。運が悪かったな、若造!」
一声叫び、こちらに斬り込もうとする男。
だがその動きは俺の手の平の上だ。あっさりと仕掛けた糸に足を取られ、前のめりに倒れ込む。
「うぉっ!?」
「バカ野郎、しっかりしやがれ! ただでさえ狭いってのに、転んでんじゃねぇぞ」
その通り、ここは狭い一本道だ。逃げるコルティナにとっては最悪の地形かもしれないが、俺にとっては避けようのない狩場でもある。
ましてや転んだ状態では避ける事もままなるまい。
鋼糸を縦に振って、天井スレスレから斬撃を浴びせかける。
転んだ男はそれを避ける行動すら取れず、顔面をしたたかに打ち据えられる。
その斬撃は男のマスクを跳ね飛ばし、右目のあたりを深々と斬り裂いていた。
「ぐわぁ!」
「なんだ? 遠隔攻撃か!」
この闇の中では俺の攻撃の本質を見切る事はできない。特に奴らは重装備なので、きっちり防御すれば防げない攻撃ではないのだが、攻撃その物が見えてなければ、守りようがない。
残り二人が怯んだところで、俺は一息に距離を詰め、手にした短剣で斬り掛かる。
無論この短剣にも幻覚を被せてある。同時に短剣の形も多少変更しておいたので、俺の持っていた物と見抜かれる可能性は低いだろう。
そしてもう一つの利点が――
「させるか――なにぃ!?」
短剣を受け止めようとした男の剣を擦り抜け、鎧の隙間に深々と突き刺さる。
もちろん、短剣が剣を擦り抜けると言う様な事はあり得ない。
これは俺が見せている幻覚と、実際の俺の体格差からくる軌道のずれの影響だ。
小さな子供の俺の体格と、前世の俺では肩の位置もリーチも違い過ぎる。
その差は、微妙な剣筋のずれとして表れていた。
「――破戒神を讃えよ」
男の構えた剣の僅か下を掠めるように通り過ぎ、小さく、コルティナに聞こえない範囲で
だがそこで俺は悟った。この短剣を、なぜあの誘拐犯共が装備していなかったのかを。
急激に振動を始めた短剣は、鉄製の鎧を紙のように斬り裂いていた。しかしその振動は柄を伝わり、俺の腕までも震えさせる。
手首と前腕がブルブルと揺すられ、手の中で短剣が暴れだす。
「ぐ、ううぅぅぅ!?」
とっさに毛糸を巻き付けて固定し、手から飛び出すのを防いだが、それだけでこちらの握力を削られていく。
まるで暴れ馬のように手の中で振動する短剣。こんな厄介な短剣、使いこなせという方が難しい。
「ガハッ、な、何……」
攻撃を受け損ね、驚愕の表情を浮かべる男。防御を擦り抜けたのは幻覚のおかげなのだが、当然その事実は幻覚を掛けている俺にしか理解できない。
なぜ受け損ねたのか、その理由もわからないまま男は崩れ落ちる。この短剣では致命傷を与えるにはよほど深く差さねばならないので、まだ息がある。
追撃すればとどめを刺せるのだが、そこまでする必要もないだろう。敵はもう一人いるのだから。
俺は足で男の顔面を蹴り飛ばし、またしてもマスクを跳ね飛ばした。無論これはろくなダメージを与えられていない。
だがそれでもいい。今はコルティナの安全の確保だけが最優先だ。
それに、この地形も俺に味方してくれている。
最初の男はすでに昏倒していた。
切り裂かれた右目のダメージが大きいのではなく、
この洞窟内に溜まっているガスは全体的に薄くではあるが、怪我を負い、戦闘行動を取っていては、呼吸は深くなり、息を吸い込む量も桁外れに増える。
結果的に有毒ガスをより多く吸収してしまったために、昏倒したのだろう。
瞬く間に仲間二人を倒され、残された男は狼狽して周囲を見やる。
彼等は確かにそれなりの腕は持っていたのだろうが、仮にも英雄たちの中で前線を張っていた俺にとって見れば、いくら身体能力が劣っているといっても負ける相手ではない。
ましてや、俺の能力を知らず、有利なこの地形では尚更だ。
正体不明の攻撃に恐怖を覚え、カタカタと震える男には、すでに戦意はない。
俺は奥のコルティナに聞こえないように、できるだけ低い声を発して警告する。
「戦う気が無いのなら武器を棄てろ。仲間を回収してとっとと立ち去れ。そして、ここで有った事はすべて忘れろ」
端的な警告に、男はコクコクと頷き武器を捨てた。それを見て、戦闘終了を悟ったコルティナがこちらに駆け寄ってくる。
「レイド、生きていたの!?」
感涙の涙を流して駆け寄ってくるコルティナ。俺としても、感動の抱擁と行きたいところではあるが――この身は幻覚。
触れられたら何もかもぶち壊しだ。
俺は発動させている幻覚の種類を切り替え、背後の壁に溶けるようにして姿を消す。
これに隠密のギフトを持つ俺の能力が加われば、発見できる者などほとんどいないだろう。
「レイド!」
悲痛な声を上げ、俺に手を伸ばす彼女だが、それに応えられないのが心に痛い。
現世でもいろいろとやらかしているため、悲しいかな、正体を明かす事はできない。
俺は後ろ髪を引かれる思いで、その場を後にしたのだった。
背後から聞こえてくる、コルティナの泣き声を耳にしながら。
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