第128話 崖っぷちの交渉

 マクスウェル。あらゆる系統の魔術を極め、巷では『魔導王』とも呼ばれる存在。

 コルティナの指揮力が無ければ、俺達はおそらく彼の指示の下で行動を起こしていただろう。

 多彩な魔術を使いこなすという事は、その時々に応じた最適な魔法を選択しないといけないわけでもある。

 そんな人物が頭が悪いはずもない。 


「これまた、随分と愛らしい姿に転生したモノじゃの」

「いや、これは……ちが――」

「ちょっと考えてみればわかる事じゃ。お主がこの街にやってきて、コルティナとガドルスが和解し、レイドの転生とおぼしき人物が現れた。一息に情勢が変わり過ぎじゃ」

「う……」


 俺の気のせいか、マクスウェルの声の合間に雑音が混じる。いや、この野郎、会話の合間に呪文詠唱を混ぜてやがる。俺が逃げ出そうとすれば結界を張るつもりか?

 無駄に高度な技術を無駄に無駄遣いしやがって!


 背筋には盛大な勢いで脂汗が流れ落ち、全身の毛穴が引きつったように収縮し、鳥肌が立っている。

 かつて邪竜の巣穴に侵入した時も、魔神と単独で戦う事になった時も、これほどの戦慄は感じた事が無い。


 それもそのはずで、あの時は俺が死ねば他に何も被害は出なかった。だが今回はどうだろう?

 これが知れ渡ると、コルティナの元にいる事も出来なくなるだろう。

 フィニアにも汚物を見るような視線を向けられるかもしれない。

 俺はいまだに、魔力吸引のため、朝夕彼女達と唇を交わす中なのだから。


「こここ、これは……いや、いったい何の事だかささささっぱり理解できな――」

「女王華の種をレイドが奪還したところで、おかしいとは思っておったのじゃよ。あの時点で種がこの町にある事を知っていたのは、ホールトン商会とワシらだけ。商会内にレイドがおらぬとなれば、必然的にワシらの中にレイドがおるという事になる」

「ま、まったくの偶然ぐーぜんという可能性も――」

「年齢的に見ると、候補はレティーナ嬢とミシェル嬢、そしてお主の三名。トリシア女史とフィニア嬢は年齢的にアウトじゃからの」

「な、なんのことだかさっぱり……」

「今回の旅行に三名がついて行ったが、話を聞く限りエルフの村のくだんの事件の時に目を離されたのはお主だけ。ならば必然的にお主がレイドという事になるの」

「証拠、そう、証拠は!?」

「そういえばお主が出入りしておる音楽室、最近ピアノ線の紛失が急に増えたそうじゃな?」

「あううううぅぅぅぅぅぅぅ!?」


 消耗品の補充は学院の備品係に申請する事になっているのだが、大雑把な音楽教員はともかく、マクスウェルの目はごまかせないか。

 こう見えてもこの爺さん、元は国の重鎮である。細かな数値の調整等は得意分野だ。

 そのうえ先程はモノの見事にカマ掛けに引っかかってしまっている。事ここに到っては、言い逃れはもはや不可能か……?

 俺はそう判断すると、即座に対処を検討し始めた。


 対処その一……マクスウェルを殺す。

 これはいくらなんでもあり得ない。俺の事情でかつての戦友、家族と言ってもいい仲間を害するなど、俺の生き方そのものを否定するような物だ。


 対処その二……逃げる。

 これも即効性はあるが、効果は薄い。逃げたところで話は仲間全員に話が広がるのは防げない。その場しのぎでは意味がない。

 そもそも結界魔法の準備までされていては、逃亡は不可能だろう。


 対処その三……土下座してでも、隠蔽に協力してもらう。

 というか、もはやこれしか道はない。


「頼む、マクスウェル! どうか黙っていてくれ。なんでもするから!」

「ほう?」


 俺は即座に床に這いつくばり、全身全霊を持って懇願の意を示した。

 本来俺が目指す立場の姿とはかけ離れた、あまりにも情けない姿だが……今回ばかりは仕方がない。

 事は俺の立場が悪くなるだけでなく、フィニアやコルティナを傷付ける結果にも繋がりかねないのだから、手段を選んでていられない。

 彼女たちはニコルという少女を愛し、可愛がり、それ故に胸襟を開いて様々な事を話してくれた。

 中には俺の前世に係わる事もかなり多い。彼女たちが俺本人に知られたくなかった事もあったはず。


「俺だけが傷つくなら別に構わない。そもそも俺は流れ者だ。この街を出ても、どうとでも生きていける。だけど彼女たちは俺と知らずに俺の事を話した事も多い。その結果彼女たちが傷つくのは避けたい」

「心外じゃの。ワシがなぜ、お主を放逐するような目に会わせねばならん」


 立て板に水のごとく言い訳を垂れ流す俺に、マクスウェルはヒゲをしごきながら、首を振って見せた。

 奴の言い分を汲むとすれば……黙っていてくれるという事か?


「内密に、してくれるのか?」

「お主の言い分もわかる。ワシもコルティナやフィニアを傷付けたいわけでもないしな。それに……」

「それに?」

「その方が、おもしろそうじゃ!」


 俺は『このやろう!』と罵倒しそうになるのを、かろうじて堪えた。そういえばこいつは思慮深いと評判のエルフの癖に、こういう小人族のようなイタズラ好きな性格をしていたのだった。

 だが、この爺さんがどう思っていようと、沈黙を保ってくれるという事は俺にとって利益であることは間違いない。

 ならばここは言いたいことをぐっと飲みこんで、手を組むしかないじゃないか。


「ま、まあ……理由がどうあれ、黙ってくれるのは非常に助かる。その点に関しては感謝する」

「おう、魂の奥底まで感謝せい」

「悪魔か、お前は」


 なんにせよ交渉成立。俺は立ち上がって握手を求め、マクスウェルはにやにやした笑顔を浮かべたまま俺の手を握り返したのである。

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