第127話 窮地
剥き出しの腕、剥き出しの足。いつもよりも遥かに心許ない露出の多さ。
かろうじてタオルを肩に羽織ってできる限り人の視線を妨げる。
それもそのはず、今日からは水練の授業が始まるのだった。
「ああ、忘れてた……これがあったんだ……」
俺は学校指定の水着に身を包み、森の中にある川沿いに作られた水練場で、呆然と呟いていた。
周囲からはチラチラとこちらを窺う視線を感じる。
それもそのはず……と言いたくはないが、水着を着た俺の姿は、まるで妖精のように愛らしい……らしい。
正直認めたくはないが、いつもの制服と違って身体のラインが剥き出しになるため、人形のような容姿と相まって、飾っておきたくなるような雰囲気を醸し出していた。
「んー、ニコルちゃんはやっぱりナンバーワンよね!」
「こるてぃな、うざい」
「今はその罵倒すらご褒美よ!」
「ポンコツ教師め」
授業を放り出して俺に頬擦りする保護者に、俺は容赦ない罵倒を投げかけていた。
だがそれすらも彼女には届きはしない。家でも一度見ているはずなのに、今もまったく制御する様子が無かった。
「裸だって見てるでしょうに……」
「着飾るのはやっぱり違うのよ。特にニコルちゃんは服装に無頓着だし」
「これ、タダの学校指定水着だけど?」
「そこがよい」
「誰かー、犯罪者がここにいます!」
まとわりつくコルティナを引き剥がし、レティーナとマチスちゃんの背後に隠れる俺。
マチスちゃんはまだ体にうっすらと傷跡が残っているのが痛々しい。マリアは自己修復を優先させるので、傷跡が残らない程度の治癒魔法しか掛けていないせいだ。
痛々しくはあるが、そこはそれ。マリアも女性の身体に傷跡を残すような真似はしない。
この傷跡だって、時間が経てばいずれは消えてなくなると保証してくれている。
「クッ、逃げられたか――」
「先生、そろそろ授業しましょうよぉ」
マチスちゃんが救いの手を差し伸べ、授業を促してくれる。
おかげでコルティナも悪ふざけを中断し、水練の授業が開始された。
七月初頭、まだ水温が上がらない中、準備運動をしてから子供たちが川の中に入っていく。
川に作られた遊水池は、水温が上がっておらず、そこかしこから『つめたい!』と悲鳴の声が上がっていた。
俺もやや恐る恐る水に入り、肩まで浸かって身体を慣らす。
まず肩まで浸かったのは、水の冷たさに身体を慣らしておかねば、筋肉が硬直して
「はーい、じゃあまずは頭まで水に潜ってみましょうか。ちゃんと息を止めないと、溺れちゃうわよ」
コルティナの指示に従い、子供たちが水の中に潜っていく。
この近辺の子供たちはそれなりに水に親しんでいるが、そうでない地域の場合、水に潜る事にすら恐怖心を持つ場合がある。
まずはそこから鍛えていこうという判断だろう。
鼻をつまみ、目もきつく瞑って子供達が潜る。それをコルティナは抜け目なく見守っていく。
水練は気を抜くと命にかかわるので、彼女の監視の目もいつもより厳しい。
俺も充分に身体を慣らした後、水の中に身体を沈めた。無論、他の子供と違って、目は開いたままだ。
ドボンと、冷たい水に頭まで浸かり――――――――視界が暗転した。
「ハッ、ここは!?」
「あ、コルティナせんせー。ニコルちゃんが目を覚ましましたぁ」
気が付けば俺は、川縁の岩の上に寝かされていた。日に熱せられた暖かい岩が心地いい。
俺に付き添ってくれていたのか、マチスちゃんが心配そうにこちらを覗き込んでくる。
「大丈夫、ニコルちゃん」
「うん、気絶してた?」
「そう。いきなりプカーって浮かんできたからみんなびっくりしちゃった」
どうやら俺は、身体を水に慣らしたのは良かったが、頭まで慣らしてなかったので、冷たさに気を失ってしまったらしい。
遠くではコルティナが他の生徒を待機させていた。さすがに溺れた生徒を放置して水練の授業は行えない。
マチスちゃんの呼びかけに応え、生徒達を待機させたままこちらに歩み寄ってくる。
「ニコルちゃん、目が覚めたようね。身体はどう?」
「う、大丈夫。ごめんね、心配かけた」
「まぁ、数年に一人くらいはこうやって気絶する生徒が出るから、気にしてはいないけどね」
「そこは気にしろ」
流れ溜まりを利用した水練場といっても、川の流れが完全にないわけではない。常に水が流れ込むこの遊水池は、通常の貯水池と比べ水温がかなり低い。
しかも日当たりの悪い森でしっかりと冷やされた水が流れ込んでくるのだから、こういう事件は稀に起こるらしい。
コルティナの対応も手慣れたモノだった。
「さすがに授業はそのままって訳にはいかないけどね。歩ける? 教室まで戻らないといけないんだけど」
「あ、だいじょぶ」
俺はそういって立ち上がり、自分の足取りを確認する。
多少ふらついてはいるが、歩くくらいなら支障はない。教室に戻るくらいの体力も残っているだろう。
「そっか。じゃあ着替えて学院に戻りましょう。今日の授業はここまでっていうか、碌に授業してないけど!」
おどけたように言うコルティナに、生徒達も笑い声を漏らす。
それから彼女は俺の鼻先に指を突き付け、真剣な声で指示を出した。
「ニコルちゃんは戻ったら医務室に顔を出して精密検査よ。念には念を入れておかないとね」
「はぁい」
この処置も俺には納得できるものなので、拒否する理由はない。いや、トリシア女医に関してはいろいろ言いたいところはあるけど。
ともかく、こうして俺は、最初の水練の授業に失敗したのだった。
放課後、医務室から『健康体』のお墨付きをもらって帰途に就いた。
いつもならばクラブ活動と称して音楽室に出入りするか、ミシェルちゃんと合流して狩りに出るところなのだが、この日はマクスウェルの身体が開いていたので、個人授業を受ける事になっていた。
俺の目的はあくまで、干渉系魔法最上位の
その最短距離に到るには、マクスウェルによる
お茶と茶菓子によるいつもの歓待を受けた後、これまたいつものように魔術の授業を受ける。
学院による知識の習得ではなく、感覚的なモノを学ぶ事ができるので、こちらの方がより実践的だ。
「では、この魔晶石に魔力を込めてみるように」
「はい」
俺は神妙な表情で、手渡された魔晶石に魔力を込めていく。魔晶石とは魔力をため込む性質を持った水晶の一種で、水晶でありながら非常に脆い。
これが砕けた時、周囲に魔力を放散する性質があるので、これを利用し、魔力の外部タンクとして使用する事も出来る。
もちろん、魔力が込められていないとこの効果は発揮されないため、こうやって前もって魔力を込める作業が必要だ。
そしてこの作業は、魔力の制御訓練にもちょうどいい。
「できた」
魔晶石を握り込むこと数分、しっかりと魔力を蓄えた水晶をマクスウェルに提示した。
この速さと充填具合を判断して、俺の技量を判断するらしい。
「ふむ、悪くないの」
「そう? やった」
「そろそろ次の段階に移るとしようか――レイド、そこの本棚から教本を取ってくれんか」
「うん」
俺は素直に頷き、席を立ち――そこで振り返った。
「いま……なんて……?」
「違和感なく反応しおったの。やはりお主――」
ニタリと性格の悪い笑顔を浮かべるマクスウェル。
その笑顔を見て俺は、どうやら言い訳は出来そうに無い事を悟ったのだった。
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