第394話 採取成功

 モリーア草。

 水中で繁殖する珍しい植物で、しかも根を張らないのが特徴だ。

 流れのある水の中を漂い、その中で滞留する養分を取り込むことで成長する。

 しかも、同じ場所に留まっていては養分が枯れてしまうかもしれないので、流れのある水の中を選び、球体の形状で転がるように移動することで、養分の枯渇を避けているらしい。


 俺の足元にはその名に恥じぬ真球に近い形をしたモリーア草が、ころころと転がっていた。

 この近辺は地下水の湧水地に近く、湖の中だというのに常に水が流れている。

 しかも地下から養分を多量に含んだ水が噴き出す場所なので、彼ら(?)の繁殖地としては最適といえる。


「なるほどね。水の流れない沿岸部より、よっぽど住みやすいってわけだ」


 足元に転がるモリーア草を一つ手に取ってみる。

 大きさは俺の頭くらい。重さはそれほどなく、むしろ軽い。感触も柔らかく、枕にしたら気持ちいいかもしれないほどだった。


「しかも水中の養分をため込んでいるため、滋養強壮によく、効果の高い回復薬ポーションの材料になるってわけだ」


 モニモニとモリーア草を揉みしだいて楽しんでいると、腰のロープがツンツンと引かれていることに気が付いた。

 おそらく反応のない俺を心配してフィニアが確認を取っているのだろう。


「っと、合図合図っと」


 俺が無事であることを伝えるため、二度ロープを引いて合図を送った。

 その合図を受け取ったのか、引っ張る力が止まった。

 これを持ち帰ればいいのだが、大きさが俺の頭ほどもあるため、大量には持ち帰れない。

 足元もかなり危ないため、二つが限度というところだ。


「ま、あいつらも数は指定されてなかったから、二つあれば充分か」


 俺は両手に緑の球体を抱えて向きを変える。

 その時胸に抱え込んだモリーア草が目に入って、思わずその形状に注視してしまった。


「むぅ、これが巨乳の感触なのか?」


 胸に抱えたそれは、まるでマリアの胸部のような形で抱えられていた。

 つい、水着の中に入れようかとかいたずら心が沸き上がってくるが、やってもむなしいだけの気がしたので、グッとこらえておく。

 いや、こらえなければならない理由もないんだが、何か大事なモノを失ってしまう気がした。

 ゆっくりと坂道を上り、フィニアの元に戻ると、彼女は俺の手にあるモリーア草を見て歓声を上げた。


「あ、ニコル様! それにその丸いのは……モリーア草ですか?」

「うん、これで間違いないはずだよ」

「思ったより大きいのですね。なんとなくミカンくらいの大きさかと思ってました」

「あはは、それだったら運びやすかったんだけどね」


 俺はモリーア草を一つ、フィニアに渡しておく。

 一つだけなら片手で抱えられる。俺たちは二人とも片手で扱える武器を持っているので、こうした方が戦力の低下は起こらない。

 事前に聞いた話では、この湖には危険な生物はいないということだったが、念は入れておかねばならない。

 聞いた話と現実の間には、常に時間差が存在している。

 俺たちが聞いた話は無害でも、その後に何かが住み着いたという可能性は常に存在している。


 水に潜って一時間近くが経っていたので、再度フィニアに水中呼吸ブリージングの魔法を掛け直してもらい、水面を目指す。

 湖底から離れたことで舞い上がっていた砂煙が晴れ、透き通った水が頭上に広がってくる。

 その中でポツンと黒い点が存在していた。

 おそらくはあれが、マークたちが作った筏だろう。

 俺はモリーア草を抱えたまま、水面に勢いよく顔を出した。続いてフィニアも顔を出す。


「ぷぁっ! ミシェルちゃん、あった――ひゃ!?」

「きゃっ!」


 俺がよく見えるように頭の上にモリーア草を掲げ、水面に浮上した直後、モリーア草のど真ん中に一本の矢が突き立った。

 よく見るとフィニアのモリーア草にも。同じように矢が突き刺さっている。

 ほぼ同時に違う的に矢を突き立てる。そんな神技じみたことができるのは、一人しかいない。


「……ミシェルちゃん?」

「ご、ごめんなさい。モンスターかと思っちゃった! だって緑色の丸いのが、いきなり飛び出してくるんだもん」

「最初のはともかく、フィニアのも狙って撃ったのはなぜ?」

「一本目が突き立つより先に二本目を放ったから」

「あの、ミシェルちゃんが、なにかとんでもないことを平然と口にしてるんですけど……」

「あきらめて、フィニア。あれがミシェルちゃんなんだよ」


 瞬時に敵の数を視認、同数の矢を一気に引き抜き、続けざまに連射する。

 手に持てる矢の数に限りがあるので、連射できるのはせいぜい二本だろうが、それだって目にも留まらぬ早業である。

 それを間近で見せつけられたマークたちは、そろってぽかんと口を開いて硬直していた。


「えーっと、矢が刺さっちゃったけど、大丈夫だよね?」

「お、おう……結局磨り潰すらしいから」

「なら大丈夫だね。それより早く筏に引き上げて。さすがに寒いよ」

「そ、そうだな」


 丸太をロープで繋いだだけの筏は、水面での安定感が低い。

 無理によじ登ろうとしても、揺れが大きくなり、乗ることが難しい。

 だから誰かに引き上げてもらわねばならない。

 最初トニーが俺に手を伸ばそうとしていたが、ミシェルちゃんが割り込んで俺を引き上げてくれた。

 どうやら俺の伝えた『男から俺たちを守れ』と言う言葉に、従順に従っているらしい。


 俺より体格のいいフィニアは、力のあるクラウドに引き上げてもらっていた。

 引き上げた後奴が前屈みになっていたのを、俺は見逃さなかった。

 後で制裁を加えねばなるまい。

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