第395話 二人目の……
それから俺たちは陸に戻って昼食を取り、一時間ほど水遊びに興じた後、ストラールの街に帰還した。
さすがにミシェルちゃんも、湧き水でできた湖の水温は堪えたらしく、それ以上の水遊びは不可能だったようだ。
そこからようやくストラールに辿り着いた時には、すでに日は傾き、薄暗くなっていた。
あと一時間もしないうちに、周囲は闇に包まれるだろうという時間である。
街路はたいまつを掲げて明かりを灯す酒場も目につき、すっかり夜の準備に入っていた。
そんな中を足早に通り過ぎて、俺たちは閉店間際の冒険者ギルドに駆け込んでいく。
ホールは俺たちのように、駆け込みで依頼の報告をする冒険者で溢れかえっていた。
「あら、もう戻ってきたんか?」
俺たちを目ざとく見つけ、気安く声をかけてきたのは、奇妙な訛りを持つ受付嬢。
試験の課題を出した、あの人物である。
「うん。コルネ草とモリーア草、ちゃんと採ってきたよ」
「へぇ、試験のパーティが協力することはよくあるけど、一晩で依頼完遂とはねぇ。なかなかやるやん」
「当然。ガドルスのお墨付きだよ?」
俺は萎びた赤い花びらをつけたアロエのような植物を彼女に提示する。
マークたちも同様にモリーア草を取り出していた。
「それにしても一晩かぁ。一回戻ってくると見てたんやけどなぁ……ひょっとして知っとった?」
「と、とうぜん。冒険者には知識も重要だし?」
「その様子やと知らんかったんやね。まあ、偶然を味方に付ける運気も、実力のうちや」
そこまで口にすると、受付嬢はキリッと表情を引き締める。それだけで愛嬌のある表情が戦士の顔になった気がした。
「これから冒険者になるなら、一番大事なんはなんやと思う?」
「え、知識とか実力とか?」
ミシェルちゃんが反射的に答えたが、それは間違いだ。
「ちがうよ。確実に依頼を達成できるか、だよ」
「せやね。依頼者にとって最も重要なのは冒険者の腕やない。依頼を達成できるかどうかなんや。腕前は単なる指標に過ぎへん。そのためには運でもコネでも使って依頼を達成してもらわなあかん」
「なら、運よくコルネ草を見つけ、わたしたちの協力を取り付けたマークたちは――」
「合格やね。ぶっちゃけると、この試験……その気になったら五分で済むんやで?」
「え?」
受付嬢の言葉に、俺は目を点にした。
いくら何でも、五分は早すぎ……いや。
「そっか、ここで買えばよかったのか」
「そやな。試験の内容は手段まで指定されてへん。そしてこのギルドではコルネ草もモリーア草も買取しとる。つまりここには現物があるっちゅうことや」
「それを買い取れば試験終了だったのか」
「でもそれってズルくありません?」
「ズルくて結構。それくらいの機転があるなら、充分駆け出し卒業に値するわ。それに依頼人の話は鵜呑みにしたらアカンいう教訓にもなったやろ?」
受付嬢は手を振って笑顔を浮かべると、俺たちをカウンターの一つに案内した。そこで手早く書類に記入する。
それからこちらをジロリと一瞥して、軽く息を吐いた。
「この後は実力を見るために模擬戦をしてから試験終了やったんやけど……キミらにはその必要はなさそうやな」
「え、なんで?」
「ガドルスさんの推薦や。へたっぴは寄越さへんやろ。そっちの兄ちゃんたちも、それなりの実績はあるしなぁ」
「まぁな。一年は雑用をやらされたよ」
「せやろな。ほな冒険者証を更新するから、こっちによこしてや」
そう告げられ、俺たちはそろって冒険者証を彼女に手渡す。
受け取った彼女は冒険者証を一つ一つ何かの機材に差し込むと、縁取りの色が赤からオレンジになったカードが代わりに出てきた。
「ほい、これが新しい『第二階位』のカードや。無くさんようにしぃや? それと中身も確認しとって」
「あ、はい」
指示されるままに冒険者証の身分証欄に目を通していく。
といっても、俺の外見的特徴や出身地、年齢や種族というプライバシーが記入されているだけだ。
ただ一つだけ、階級だけが一段階上昇している。
「問題ないですね」
「そらよかった。これでキミらは第二階位の冒険者や。危険度の高い依頼なんかも受けることができるようになる。つまりそれだけ君らの身も危険にさらされるようにあるってことやで」
「それだけ慎重に仕事を選ぶようにってことだね」
「同時に、それを切り抜けられる実力も認められたってことや。まあ、あくまで新人レベルなんやけどね」
俺たちに冒険者証を渡した後、細かな注意点をレクチャーした後、あっさりと解放された。
むしろ邪魔になるからさっさと帰れと追い払われたくらいである。
「ほら、はよ帰ってくれな、ウチも帰られへんやん! 今日は三人目の旦那を見つけるために合コンするんや」
「三人目……もうあきらめたら?」
「諦めたらそこで人生終了やねんで!」
「人生レベルで終わるのか……」
どうも転生してから、女のヤバい面を見せつけられてる気がするな。
この受付嬢も愛嬌はあるが、なんというか……不思議と、微妙にモテなさそうな雰囲気がある。
まあ、帰れと言うのならさっさと帰らせてもらおう。湖から街までは結構な距離があるため、疲労は溜まっている。
宿に戻ると、ガドルスが俺たちのためにごちそうを用意してくれた。
ドワーフ独特の、強い火力で食材を炒めた、炎と油の料理である。
そこだけ聞くと胃に厳しい料理のように思えるが、不思議と消化不良にならないから謎である。
育ち盛りのミシェルちゃんとクラウドは大喜びでそれらを口にし、フィニアは少しつらそうにしていたのが印象的だ。
やはり森の民であるエルフと、山の民であるドワーフでは嗜好が違うのだろう。
俺も珍しく限界まで胃袋に詰め込み、夜が更けてから自室に戻った。
装備や道具の整備をしてから服を着替え、洗濯物を籠にぶち込んでからベッドに横になった。
「うぇ、ちょっと食い過ぎたか」
前世なら余裕で食えた量のはずなのだが、この身体では一皿ですら食いきれない。
それをミシェルちゃんの勢いに釣られて二皿も食いきったのだから、この状況も無理はあるまい。
見ると下腹がポッコリと膨らみ、食い過ぎをアピールしていた。
「これ、腹が膨らむってことは腹筋が足りないんだろうなぁ。本当にこの身体は筋肉が付かん」
魔力畜過症は完治しており、俺の肉体は平均的な女児程度には丈夫になっている。
しかし、それ以上にはなかなかなってくれない。今も補助魔法と前世の技術、それと道具によって強さを維持しているに過ぎない。
ライエルのような、自身の肉体による強さには、程遠い。
「……まあ、いっか。俺にはまだまだ未来はあるし?」
俺の身長はまだ伸びている。それに対応して、身体能力も伸びていくだろう。
今後はそれに期待していけばいい。
「うぷ、ちょっと水……」
今はそれより、食い過ぎの方が問題だ。
このままでは、うつぶせになった拍子に口元からキラキラした何かを噴出しかねない。
サイドテーブルの水差しを手に取ってみたが、そこは空になっていた。
俺たちが宿を開けている間に、ガドルスが掃除してしまったのだろう。
「しかたない、カウンターで何かもらうか」
寒さを防ぐために軽くカーディガンを羽織り、部屋を出る。
時刻はすでに深夜を回っているため、二階も、そして一階からも人の声は聞こえない。
だが、ガドルスは後片付けのため、まだ一階に残っているはずだ。そこで何か、飲み物をもらうとしよう。
階段を下りてホールに入ると、案の定カウンターでガドルスが手紙を読んでいた。
その顔はいつも以上にしかめっ面をしている。
「ぬ……ニコル、か」
「うん、何か飲み物が無いかと思って」
「ああ、部屋の水差しは片付けておいたからな。すまんな、手落ちだ」
「いつ帰るかわからなかったんだから、いいよ」
ガドルスは俺の言葉に頷きつつも木のカップにミルクを注いでくれた。
そこにハチミツを一匙加え、軽くかき混ぜる。
真っ白なミルクがやや黄色がかった色合いに変わり、ハチミツ独特の香りが鼻を突く。
「なにを読んでたの?」
「ん、マクスウェルからの手紙だ」
「へぇ」
俺たちは別に仲違いしたわけではないので、手紙でのやり取りくらいはもちろんある。
それにしては、深刻な表情をしていた様だが。
「どんな内容が書いてあったの?」
「お主のことについてじゃよ。レイド」
「……ハ?」
ガドルスの口から唐突に飛び出した、俺の名前。
その言葉に驚愕し、とっさの言い訳すらできず、俺はガドルスを見返すだけだったのである。
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