第396話 ガドルスの想い
「なん、だって……」
ガドルスの突然の告発に、俺は呼吸すら止まる思いだった。
奴の前で生活するようになってしばらく経つが、正体が見抜かれるようなことをした覚えはない。
「否定をせんということは、間違いないようだな」
「……どうしてわかった?」
「手紙じゃよ。マクスウェルからお主を頼む、とな」
昨日、出発する前にガドルスが手紙を読んでいたことを俺は想い出していた。
そういえばあの時のガドルスの様子は、少しおかしかった。
あれがマクスウェルの手紙だったのか。
「……あのジジィ、やってくれたな。今度会ったらあのヒゲ毟ってやる!」
「それはワシの精神衛生にもよくないからやめてやれ。それより……なぁ、レイド。ワシはどう反応すればいい?」
「なに?」
困惑をにじませたガドルスの反応に、俺はどう返していいかわからず、首をひねる。
そんな俺を見て、ガドルスは一つ溜息を吐き、酒を一瓶取り出してきた。
棚からタンブラーを取り出し、そこに酒を注ぎ込む。
「ワシはな。お前を友と思っておるよ。それこそ、お前たちと故郷が争えば、故郷を捨ててお前についてもいいくらいにな」
「そりゃ、光栄だな」
「だからこそ、お前の死にワシは悔やんでも悔やみきれんほどの後悔をしておる。お前がこうして目の前に現れてくれたのは、正直に言って嬉しい」
ガドルスはあまり口数の多くない男だ。だからときおり出る、こういう真っ直ぐな言葉は、正直に俺も嬉しいし、同時に照れ臭くもある。
だがそこでガドルスは酒に手を伸ばし、それを一息に呷った。
「同時に憤りもあるんじゃよ。コルティナは元より、ライエルとマリアもお前の死を悲しんでいたのだぞ? 無論、フィニア嬢ちゃんもな」
「それは嫌というほど思い知ったよ」
「……ならば、なぜ名乗り出ん?」
ガドルスは真剣な、怒りすら湛えた瞳で俺を射抜く。
奴の感情は俺だってわからなくもない。だからといって、その主張を承諾するわけにはいかない。
「お前なら、どうだ?」
「なんじゃと?」
「お前なら、名乗り出られたか? 自分の軽率な死で人を悲しませ、そいつの娘として生まれ変わる。これが赤の他人だったら俺も喜んで名乗り出たさ。だがライエルとマリアの娘だ。あいつらは自分たちの子を心から祝福していた。それが『実は俺でした』なんて名乗り出られるはずないだろう」
「それは……」
「俺が喋れるようになったのは、生まれてから半年を過ぎた辺りだ。それまで自分の娘として俺に愛情を注いでくれていたのは、言うまでもないだろう?」
「むぅ」
ガドルスは言葉をなくし、代わりに空になったタンブラーに酒を注いで場をごまかしていた。
しばらく思案した後、再び俺に視線を向ける。
「だがコルティナはどうする? お前の復活を喜び、今ではお前との逢瀬を心待ちにしておる。いくらなんでもこの状態のままというわけにはいくまい?」
「まぁ、そうだよな……」
「いつ話すつもりだ?」
「話さねぇよ」
「なんだと?」
「少なくとも今はな。ライエルとマリアは俺を自分の娘だと思っている。それは一面では間違いじゃないんだが、あいつらが生きているうちは話すつもりはない。それまでは娘を貫き通してやるさ」
「それはそれで彼女が哀れではないか? ワシはお前と同様に、コルティナも友と思っておるんじゃ」
「知ってるよ」
ガドルスの頑固さと義理堅さは前世から知るところである。俺を死なせたことで、こいつはコルティナに大きな負債を背負ってしまったと思っている。
彼女と和解はしているが、それでもその借りが消えたわけではない。もちろん俺はそんなこと気にしていないが、ガドルスの中ではいまだに解決していない問題だ。
「それにフィニア嬢ちゃんもこのままでは可哀想じゃ」
「ああ、それも知ってる。だがコルティナもフィニアも幸い寿命が長い種族だ。おそらくはライエルたちの方が先に逝く」
「果たしてそうかな?」
「なに?」
俺の主張に、どこか懐かしむような視線を向けるガドルス。
軽く息を吐き出し、そして淡く笑みを浮かべて見せる。
「その妙な所で抜けとるところは、前世のままじゃな」
「だからなんだよ」
「お前を守護しておる白い娘……神を自称する少女から延命の薬をもらっておったじゃろ。忘れたのか
「……あ」
そういえば老化の進んだライエルたちを救うために、あの白いのが何か薬を送ってくれたのだったか。
そのせいで全盛期以上の力を発揮するようになって、俺も面倒なことになったのを覚えている。
「マクスウェルの見立てでは『せいぜい寿命が倍になったくらい』と言っていたが、それでもかなり先になるだろうな」
「ぐっ……それは困ったな」
「フィニア嬢ちゃんは問題ないじゃろうが、コルティナがその頃になると老い始めてしまうぞ。それまで待たせるつもりか?」
「いや、それは……」
煩悶する俺に、ガドルスは呆れたように肩を落とし、再び酒を呷った。
「ぷは。まあ、そういうところもお前らしいと言えるか。ワシとしては早く打ち明けた方がいいと思うが、マクスウェルがお主を手伝ってくれと手紙を寄越してきた以上、お主の意向を尊重してやるとするわぃ」
「そうしてくれると助かる。とにかくコルティナとフィニア、ライエルとマリアには絶対バレないように手伝ってくれ」
「ああ、それはそれとしてじゃ」
「なんだよ?」
それまでの優し気な笑みと違い、今度は悪戯小僧っぽい顔をして見せる。
その顔は、いかついドワーフにしては珍しく愛嬌を満面に浮かべていた。
「お前、転生してからかなり戦闘スタイルが変わって来とるそうじゃないか。少しワシにも見せてみぃ」
そういうと、丸太のような腕を一つ叩いて見せたのだった。
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