第397話 ニコル対ガドルス

 俺は自室に戻って自分の装備を持ち出して一階へ降りていく。

 そこには久しぶりに完全装備に身を包んだガドルスが待ち受けていた。

 低い身長にみっしりと肉の詰まった体躯は、小柄ながらかなりの威圧感を放っている。


「来たか。お前も人目につくのは問題があるじゃろ。こっちにこい」

「……ああ」


 裏口に俺を誘い、そこから街の外れまで歩いていく。

 久しぶりに着けた愛用の手甲の具合を確かめながら、俺はその後をついていった。


 ガドルスとて、好んで俺と戦いたいというわけでもないだろう。

 おそらくは自分の中にある納得しがたい感情の澱みを吹き飛ばすため、俺との手合わせを望んでいる節がある。

 ならば、それくらいは俺も応えてやる必要がある。世話をかけているのは、俺の方なのだから。


 ストラールの街はこの地方最大の街だけあって、城壁内でもかなりの広さを誇っている。

 その郊外の方には周辺から集められた様々な資材が保管されている場所がある。

 もちろん厳重な監視が置かれているのだが、ガドルスはこの街の名士でもあるので、フリーパスでそこに足を踏み入れていく。


 ラウムのように材木が大量に置いてある。違う点は材木以外も存在することだ。

 主に穀物が多いが、災害対策用なのか土嚢どのうなども置いてある。


「ここなら障害物も多いし人目もない。お前も存分に戦えるだろう」

「そうだな。だけどいいのか? 今の俺は一味違うぞ」


 身体能力的には前世に遠く及ばない。しかし強化付与エンチャントと糸を使った身体強化があれば、前世に劣らぬ力を発揮できる。

 無論、前世の肉体にそれらを施した方がより効果は高いが、それでも甘く見れるものでは無かった。


「お前の技量はラウムでも見ておるよ」

「今の俺はそれ以上さ」


 ニヤリと口の端を吊り上げて、不敵な笑みを浮かべて見せる。

 それを見てガドルスも愛用の聖盾を掲げて見せた。


「上等だ。邪竜の攻撃も防いだワシの守り、抜けるモノなら抜いてみるがいい」

「無論、そのつもりさ!」


 俺はそう声を上げると、一息にガドルスの元に駆け寄っていく。

 開始の合図も、同意も必要はない。実戦にそんなものは存在しない。

 それはガドルスも承知しているため、いつ俺が襲い掛かってもいいように備えていた。


 距離が詰まり、眼前に迫るガドルスの盾。それはクラウドの持つ盾と大きさは大して変わらないというのに、まるで城壁のような圧迫感を与えてくる。

 まずは意図的に盾の正面に位置する。俺の小さな身体は盾の陰にすっぽりと隠れてしまう。

 この位置ならば俺の姿を見失うだろう――普通ならば。


 しかしガドルスはまるでこちらの姿が見えているかのように、距離を詰めてきた。

 その動きに焦りは欠片も見えない。

 こちらを盾で弾き飛ばすべく、容赦なく突き出してくる。


 無論俺も、この程度で焦ったりしない。盾の上端に手をかけ、トンボを切ってガドルスを飛び越える。

 同時に奴の首元に糸を絡めようとするが、その糸は奴の持つ斧によって薙ぎ払われてしまった。


「チッ」

「お前の手管はイヤというほど見てきたからな」

「ほっとけ!」


 言いつつも俺は攻撃の手を休めない。

 ガドルスは守りに秀でているが、攻撃だって舐められたものじゃない。特に今の俺など、かすっただけで紙切れのようにズタズタにされてしまうだろう。

 それでもガドルスの攻撃が目立たないのは、ライエルが頭抜けすぎているからである。

 横薙ぎに払った糸で拘束しようと試みるが、ガドルスはそれを盾を振ることで風を起こし、糸の動きを阻害した。

 大盾をまるで扇のように軽々と振る様は、さすがの一言である。おそらくは奴の持つ盾術のギフトも影響してるはずだ。


 ならば俺も本気を出さねばなるまい。

 四方八方から糸を飛ばし、ガドルスに攻撃を仕掛けるがこれはことごとく払われ、受けられ、回避されていく。

 飛ばした先で糸が絡みつき、次第にその本数が減っていく。

 ガドルスもそれは承知しているようで、次第に余裕の表情を見せ始めていた。


「どうした、糸の残りが心細いのじゃないか?」

「そうでもないさ!」


 残る糸は二本。心許ないなんてものじゃない。

 それでも俺は攻撃の手を止めなかった。残り二本の内一本を上から、もう一本を左から振り払う。

 ガドルスは、その鈍重な体躯からは想像できないほどのフットワークで、軽々とそれを躱す。

 やはり盾を持ったガドルスは、そう簡単に捉えられない。


「糸は使い果たしたか。これでワシの勝ち、じゃな」

「いや、俺の勝ちだ」

「なに――」


 ガドルスの返事を待たず、俺は腰からカタナを引き抜き、駆け出す。そして奴の直前で跳躍した。

 ただ飛び上がっただけの斬り込み。これを受けることなど、ガドルスでなくとも容易い。

 しかし俺の機動が突如として変化したとすれば、話は変わる。


「ぬぉっ!?」


 突然空中で右側に移動した俺を、ガドルスは完全に見失っていた。

 俺を追って動く、奴の視線。

 それを避けるように、俺は動く――空中で。


「レイド、貴様……なにをしている!?」


 空中を飛ぶ魔法が無いわけじゃない。だが俺がその魔法を発動させる場面を、ガドルスは目にしていない。

 事実、俺は魔法など使っていなかった。


 そこでガドルスはようやくカラクリに気付く。

 おれはこの集積場の各所に飛ばした糸をそのまま張り巡らせ、それを足場に宙を走っているのだと。


「まるで……蜘蛛の巣」


 茫然と呟くガドルス。

 糸は俺の足場だけではない。ガドルスの周囲にも張られているため、動きが極限まで制限される。

 これでは自慢の防御も、ろくに発揮できないだろう。


 まるで夜に飛ぶ鳥のように宙を掛ける俺。

 この陣地構築からの変幻自在の機動こそ、俺が『影羽根の暗殺者』や『闇に潜む蜘蛛』と呼ばれた所以ゆえんである。 

 そして、身体の内部に操糸を施し、筋力を強化する。

 小さく軽い体を、その限界以上の筋力で強引に動かす。現在の俺の切り札である戦闘法。

 その速度にガドルスはついてこれなかった。いや、万全の足場があれば、捌ききることもできただろう。


 張り巡らされた糸の隙間を縫うように走る斬撃を、間一髪盾で受け止める。

 だがその左腕が張り巡らされた糸に触れ、浅く切り裂かれた。

 俺はそこで跳躍し、さらに糸を足場に身体を反転させ、ガドルスの頭上より勢いよく爪先を叩き落す。同時に足場の糸を引き、糸の配置を大きく絞り込んだ。


 カタナを盾で受け、腕を斬り裂かれたガドルスは、とっさにこの動きに対応することができなかった。

 手に持った盾はカタナを受けるのに使われていて、使えない。

 反射的に斧を掲げて受けようとするが、その動きは絞られて周囲に殺到してきた糸に妨害されていた。

 

「ぬぅ!?」


 罠に嵌められた、そう悟ったガドルスは悔しげな声を漏らした。

 降りかかる蹴りを躱す術はない。瞬時にそう判断し、額を逆に突き出してくる。

 これは人体で最も硬い部位である額を使って、攻撃を凌ごうという意図だ。


 ガツンと、重い手応え――いや、足応えが返ってくる。

 ガドルスは脳震盪を起こし、ふらふらとその場に腰を落とした。

 そして俺は――


「あってててて――!」


 さすがにドワーフの額を蹴り飛ばして、無事で済むはずがなかった。いや、前世だったら確実にガドルスは気絶し、俺は無傷で済んだはずなのだが。

 盛大に足首をひねり、地面に転がってのたうち回る。


 その隙にガドルスは立ち上がり……俺に向かって手を差し伸べた。


「さすがの技の切れじゃな。ワシの負けじゃ」

「いや、どう見ても俺の負けじゃん」

「最後に立っていたのは確かにワシじゃ。だが致命傷を先に受けたのも、ワシじゃ。ならワシの負けだろう」

「お前がそう思うんなら、別にいいけどよ」


 その手を握り、俺は立ち上がる。

 ぐらりと傾いだ身体をガドルスの腕が受け止める。そのまま猫の子を運ぶように、襟首を持って宿まで運ばれることになったのだった。 

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