第393話 水中探索
翌朝、俺とフィニアは木立の中で水着に着替えることにしていた。
マークたちの挙動が少々アヤシかったが、ミシェルちゃんがサードアイまで持ち出して警戒しているので、木立に近付けずにいた。
彼らはこの弓の威力を知らないが、それでも一目見て魔道具とわかる弓の威力を、その身で体験したいとは思わないだろう。
おかげで俺たちは、安心して着替えることができた。
さすがに学院指定水着はもう着れないので、セパレートの水着を着用している。
フィニアは以前の合宿で着ていたワンピースだ。
単色の陰影が、彼女の可憐なスタイルを余計に際どく印象付けている。
「うぅ、さすがにまだ肌寒いね」
「そうですね。早く調べて火に当たりたいです」
春もすでに終わろうとしている季節だが、遊泳と決め込むにはまだ少し早い。
そんな微妙な季節だから、俺の肌は少し鳥肌が立っていた。
少し震える俺を、フィニアは背後から覆いかぶさるように抱きしめてくれる。
彼女の体温が暖かく俺を包み込む。
「ニコル様は暖かいですね。少し離れたくないです」
「フィニアこそ暖かいよ。水に入るまでこのままでいよう」
「喜んで」
俺たちが抱き合ったまま木立を出ると、ミシェルちゃんを躱そうと睨みあっていたマークたちが硬直した。
どうやら俺たちの水着姿を見て、衝撃を受けたらしい。
「な、なに?」
「いや、その……なんでも、ないぞ?」
「むー」
マークたちの様子を見て、フィニアが俺の身体を隠そうと胸や腰に手を回してくる。
しかし、待てフィニア。その手の動きは逆にアヤシイ。
「ちょっと、フィニア。今はそれどころじゃないから」
「でも……」
「いいから。それより先に魔法かけて」
水の中に入るには、フィニアの
彼女は
なので湖の深みまでは泳いで向かわねばならないが、
しかもこの魔法にかかっている間は水中でも発声ができるため、魔法も使用することができる。
どちらの意味でも、彼女の魔法は必須といえた。
「こっちでも
ミシェルちゃんは魔法が使えないので、岸からか船に乗らないと俺の支援が行えない。
そこで木立の木を数本切り倒し、それをロープで結んで筏を作って沖に出て俺を支援することになっている。
さいわい男手は多いので、力仕事も軽くこなせるだろう。
「うん、それじゃ先行ってるね」
フィニアが魔法を発動させている間、俺はカタナを用意しておく。水中ではピアノ線は使えないんで、俺が前線を張らねばならない。
槍に変わる短剣をフィニアに渡した以上、彼女が後ろに控える方が効率がいい。
そして魔法が発動し、淡い光の粉が一瞬俺を包み、消えていく。
これで俺は水中でも呼吸ができ、声を出すことも可能になったはずだ。
「それじゃ、またあとで」
「うん。またね!」
フィニアと連れだって水の中に入っていく。足元に絡みつく水の冷たさに、背筋がブルリと震えた。
「うわ、これは……」
「予想以上に冷たいですね」
フィニアと二人、キャイキャイ騒ぎながら、水の中に潜っていく。
この魔法は最初水を吸い込む時の不快感があるので、呼吸できると知っていても、どうにも慣れない。
少し息を止めてから、ガボリと息を吐き出す。魔法が掛かっているので息苦しさはないのだが、やはり水を吸い込むことに恐怖感がまとわりつく。
しかしそれも数秒の話だ。俺もこの魔法には何度も世話になっている。
慣れていなくとも適応するのは容易い。
水辺はまだ光が届いていたが、それもしばらく進むとだんだんと薄暗くなってくる。
水の透明度が高いのでかなり進んでも光は届いていたが、それも深度が深くなってくると届かなくなる。
やがて真っ暗になり、光源が無いと足元すら見えない状態になった。
「朱の一、山吹の五、翡翠の一、我が道を照らす光をここに――
フィニアは魔法にまだ慣れ切っていないので、補助語句を必要とする。それは戦闘で即座に使いこなせない力量の無さを露呈していた。
だがこの状況では、非常に重宝する。干渉系には光を灯す魔法は存在しないからだ。
湖底の砂は非常に微細な状態で堆積しており、歩くたびに舞い上がって視界を塞ぐ。
さらに水温も下がってきて、動きに支障が出かねない温度になっていた。
「朱の一、群青の二、山吹の六――
俺はフィニアに触れて保温の魔法を発動させる。水着がほのかに温かみを帯びて、動きやすくなった気がした。
「ありがとうございます、ニコル様」
「これ以上フィニアに負担かけられないからね」
フィニアはすでに
どちらもそれほど難易度の高くない魔法とはいえ、これ以上の負担は彼女には酷だ。
それに干渉系魔法は俺の特技でもある。これくらいは役に立っておかねば、面目が立たない。
「っと、危ない」
見ると舞い上がった砂塵によって隠されていたが、急激に下り坂になっている。
わずかに水の流れを感じるところを見ると、ここが水の湧水地点なのかもしれない。
「ここから水が湧きだしているのかもしれない。そうなると、深さがどこまで続いてるかわからないから、あぶないね」
「いったん戻りますか?」
「いや、もう少し潜ってみよう。ロープで身体を繋いでおけば、沈むこともないでしょ。長さが足りなくなったら引き返そう」
近くにある岩にロープを巻き付け、身体を固定した。だが固定がやや甘く、二人で降りていくのは少し心配になってくる。
「フィニアはここでロープを見張っててくれる?」
「そんな、ニコル様だけを先に行かせるなんて。それなら私が――」
「逆だよ、フィニア。ここでロープを確保することの方が重要なんだから」
「そうなんですか?」
「そうそう。ロープが外れちゃうとわたしは帰っててこれなくなるじゃない。だからフィニアにお願いしてるの。信頼してるから」
「そう……ですか? そういうことなら任せてください!」
「じゃあ、定期的に二回ロープを引いてね。わたしも二回引っ張って返すから、それで無事を確認しよう」
「はい」
固定したロープをフィニアに任せ、俺は一人で下り坂を降りていく。
すでに周囲は完全に闇に閉ざされ、足元も覚束ない。
慎重に歩を進め、十数メートル進み、ロープの残りが心許無くなったところで、傾斜は緩やかになった。
そこで俺は足を止める。
目の前に緑色の球体が大量に転がっていたからだ。
「……あった」
マークたちから話は聞いている。この特徴ある形状こそ、モリーア草の特徴だったからだ。
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