第521話 剛腕炸裂

 ライエルの姿を模した俺に、カインが迫ってくる。その姿はすでに人間のそれを逸脱していた。

 長く伸びた首に角の生えた手足。関節まで増えている。

 これはおそらく、戦場の過酷な環境に適応できるように、元から怪しいクスリにさらに手を加えた結果だろう。

 確かにこのような異形が群れを成して襲ってくれば、兵士の士気も崩壊してしまう。

 そもそも王家に反逆するためレメク家が生み出した薬だ。生半な効果ではない。


「ゴオオオオオオルルルルウルルゥゥゥゥゥァァァァァァァ!!」


 大きく振り上げた腕が俺に向かって降りかかる。その太さや、爪の鋭さは、一撃で人間を挽き肉に帰られる破壊力を秘めていた。

 俺は一歩踏み込んで、その爪を受け止める。変化ポリモルフの魔法はよく知る対象の姿を映し取るが、ギフトまでは受け継がない。

 俺の身体はライエルと同じものではあるが、タフネスのギフトを持たない状態だ。結果、ライエルよりもはるかに劣る耐久力でしかない。

 しかし愚直な鍛錬を何年も何十年も続けてきた肉体は、カインの一撃をあっさりと受け止めて見せた。


「おお、すげぇ……」


 思わず感嘆の声を上げたのは、誰であろう俺自身。もちろんできると確信していたからこそ、受け止める行動に出たのだが、予想したよりも遥かに負担が少ない。

 これなら進化したデンの拳も受け止められるだろう。

 しかし今はそれどころではない。目の前の、文字通り暴走した元カインをどうにかする方が先だ。


 受け止めた腕をそのまま捻じるようにして体勢を崩しつつ、足払いをかける。

 ライエルの剛力で掴まれ捻じり上げられたカインの身体は、地面と水平に回転し、頭から地面に叩きつけられた。

 そのまま関節を踏み砕くべく、踵を『奴』の肘に叩きつけてへし折った。

 それだけでなく、床まで踏み砕かれて放射状のヒビが四方に走る。


 カインもそのままやられるばかりではなく、悲鳴を上げつつ身をよじって距離を取ろうとする。

 もちろんその肘は俺の足の下なので、その動きは封じられている。

 しかし痛覚を失い、理性を失い、人の形すら失ったカインは、その程度の些事には頓着しなかった。


 地面を転がるようにして距離を取る。もちろんその動きは踏みつぶされた腕が防いでいる。

 しかしその腕を引きちぎりながら、転がっていく。しかもその腕がものすごい勢いで再生されていた。


「その再生力……てめぇ、トロールの能力を完全に取り込みやがったな?」


 奴が薬に使っていたのはファンガスの粉末。ファンガスにはあれほどの再生力はない。

 奴は例のクスリの軍事利用も考えて、さらに環境適用力を上げるためにトロールの素材……血液などを混ぜ込んだと考えられる。

 その再生力はまるでトロールそのもの。ただし、相応のリスクがあったようだ。それがあの理性の喪失ということか。


 この再生力は確かに脅威になる。一般的な兵士がこの化け物を目にしたら、尻に帆をかけて逃げ出すこと受け合いだ。

 数に劣るレメクの軍が王権の簒奪を狙うなら、これ以上ない戦力になってくれただろう。

 しかし今、カインの目の前に立つのは邪竜すら倒したこの俺、レイドだ。そしてその肉体はその邪竜の護りを貫いたライエルの物である。

 この敵を相手にしてもひるんだりしないし、絶望もしない。


 様々なダメージに対しても適応を見せるカインだが、ライエルの力ならその防御すら突破できるはずだった。

 ましてや今の中身は俺である。タフネスのギフトは持っていないが、逆に言えば最初から持っているギフトは継続して使える。

 つまり今の俺はライエルの肉体に、操糸のギフトが使えるという状態にある。


 非力な俺が工夫を凝らした戦い方を、この恵まれた体格で行えるのだ。

 ここから繰り出す攻撃がどれほどのものになるのか、俺ですら想像もつかない。


 それにカインの取った戦術も下策だ。

 俺から転がって距離を取って安全圏に離脱したつもりなのだろうが、その距離はむしろ俺の殺傷範囲キルゾーン

 手甲の機能で強化付与エンチャントを起動し、筋繊維に操糸の力を沿わせていく。

 ただでさえ強靭無比なライエルの身体がさらに強化されていくのを感じる。


 再生を終えたカインが再びこちらへ迫ろうと、体勢を低くする。

 その首を飛ばすべく、俺は糸を横薙ぎに振り抜いた。

 ゴウッ、と何やら糸が上げてはいけないような風切り音が鳴り響く。

 同時に俺の身体も、その轟音によって巻き起こった暴風に吹き飛ばされそうになった。

 必死に足を踏ん張り、その場に踏みとどまる。だが、それほどの力をまともに受けたカインの方は、さらにただでは済まない状況だった。


 糸の直撃を受けた頭部はポンという音を立てて、風船のように弾け飛ぶ。

 かすめた右肩も同様に弾け、根元からちぎれた右腕はクルクルと宙を舞った。

 頭部の喪失、それは生命としての死を意味する。つまり、トロールの再生力はこの一撃で失われたと思われる。

 ファンガスの寄生されただけなら死体を操られ、本能のままに襲い掛かってきたかもしれないが、別のなにかも一緒に混ぜ込まれたクスリは、逆に生命としての定義に縛られているはず。

 後はファンガスとしての生命を維持できなくする、つまり細切れになるまで解体すれば、戦いは終わりだろう。


 カインの死によって戦闘の終了を確認した俺だが、事はそれだけで収まらない。

 糸の衝撃波はカインの後ろまで届き、倉庫の壁を粉砕していた。その破片は大半が倉庫の外へと飛んで行ったが、一部は内側にも飛び散りその一つがクラウドの頭に直撃したらしい。


「うぃ?」


 奇妙な声を開けて覚醒するクラウドだが、俺の方もそれだけでは済まない。

 それほどの破壊を撒き散らした一撃の起点となった足場が、耐えられなかったからだ。

 そもそも俺の足元はカインの腕を踏み砕いた時に、放射状のヒビが入り、崩壊寸前の状態だった。

 そこに一撃を打ち出すための強い踏み込みが重なったおかげで、あっさりと俺の足元が崩落する。


「あ、ライエ――」


 こちらに目を向けたクラウドは一瞬そんな言葉を口にしたようだが、それを最後まで確認するまでもなく、俺は瓦礫と共に階下へ落ちていったのだった。

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