第522話 乱戦の後始末
足場を失い墜落する俺だったが、特に慌ててはいなかった。
そもそもこのライエルの身体は、ギフトの恩恵がなかったとしても、強靭無比な耐久力を誇る。
このまま墜落して床に激突したとしても、大したダメージを追わないだろうことは想像に難くない。
いつもの俺ならば糸を飛ばして危機を忌避するところだが、ここは体勢を整えて着地する方法を選択した。
クラウドが目を覚ました以上、ライエルの姿がここにあるという不自然さを晒すわけにはいかないからだ。
ズンと、腹に響く衝撃と共に片膝をつき、衝撃を吸収する。
よろめく身体を地についた手で支え――俺の上に瓦礫が降り注いできた。
「ぬおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!?」
なすすべもなく崩落に巻き込まれ、瓦礫の下敷きになる俺。
一瞬程度だが身動きが取れなくなった俺を、階下の手下たちが取り囲む。
全員がすでに目が血走っており、例のクスリを服用していることが見て取れる。うち何名かは人の身体を逸脱し始めており、過剰摂取の兆候が散見できた。
白衣もボロボロのものが大半で、デンとの激闘の様子がうかがえる。
迎撃すべく、瓦礫を押しのけ立ち上がろうとする俺。しかしそれよりも一瞬早く、手下たちは真上に弾け飛んだ。
その向こうには、これまた執事服をボロボロにしたデンが立っていた。
「ライエル様……いえ、ニコル様ですか?」
「そう、よくわかったね」
「このような場所にライエル様がいらっしゃるのは、さすがにおかしいので」
「それもそうか。そっちの首尾は?」
「御覧の通りかと」
いわれて俺は周囲に視線を飛ばす。そこは倉庫とは言えないほど荒れ果てた状態に変化していた。
仕切りの壁は打ち壊され、積み上げられた木箱は一つ残らず破壊され、中身の液体がこぼれだしていた。
これで新しい薬が市場に出回ることはないだろう。
俺と話をしている間にも、手下たちはデンに殴りかかっていく。
それを頭上にかざした片手で受け止め、同時に床にヒビが入る。どれほどの力で殴り掛かられたか、それだけでよくわかる。
だが、それを平然と受け止めるデンも相当なものだ。
それどころか無造作に腕を振って,殴りかかってきた手下の横っ面に裏拳をぶち込んでいく。
木の葉のように宙に舞い、クルクルと螺旋を描いて回転しつつ吹っ飛んでいく。
手下は人間ならば即死に近いはずのダメージを負いながらも、地面をのたうちまわっている。苦痛を遮断するだけでなく、その生命力もかなり強化されているらしい。
それだけならば素晴らしいと言えないこともないが、人の力というのは上限がある。
ここでそれだけの力を発揮しているということは、それだけどこかでしわ寄せがやってくるという証拠でもある。
直後、三人同時に殴り掛かられ、デンは二人までは殴り飛ばして弾き返す。
しかし残り一人に胸元を殴られ一歩後ろに後退る。だがむしろ、逆に殴り掛かった方が手下の方がダメージを受けていた。
殴った腕は肘の間でへし折れ、指も四方に曲がっている。
それでも手下は苦痛の表情を浮かべない。まるで何かに取り憑かれたかのように、攻撃をやめなかった。
「デン、ずっとこんな感じ?」
「はい。いささかやり辛いですね。殺してしまうのも哀れですので」
確かにカインが言っていたようにオーガ並みの力を発揮しているようではある。しかしデンはそれすら物ともしないほど進化していた。
しかし、ただ利用されていただけの手下や使用人を殺害することに、彼はためらいを持っているようである。
「なるほどね。じゃあ、まかせて」
俺は十本の糸すべてを伸ばして、次々と手下たちを縛り上げていく。
もちろん相手も激しく抵抗するが、俺の糸は使用者の力に対応してその力を発揮していく。
つまり今は、ニコルの力でもレイドの力でもなく、ライエルの力で縛り上げられることになる。これにはオーガ並みの力をもってしても、対抗できるものではなかった。
糸を伸ばした数秒後には、一階にいた全ての手下はエビ反りに近い形で縛り上げられていた。
「なぜ、この体勢に……?」
少々不格好な姿を晒す羽目になった手下たちに、同情混じりの視線を向けつつ俺に尋ねてくるデン。
「いや、だって、連中は手足がちぎれても襲いかかってくるだろ。だから力が入りにくい体勢で縛り上げたんだが」
腕を鶏のように背の後ろに捻じり上げられ、足も腰の後ろまで反らされている。
足に結ばれた糸は背中に繋がっており、足を伸ばそうとすれば背中が反り返って体勢を維持してしまう縛り方だ。
たった一つの難点は、見栄えが限りなく悪いことである。
「ま、このままってわけにはいかないから、衛士にでも連絡してこないと」
「わかりました、それは私が」
「その格好で?」
デンの執事服は激闘の結果、見るも無残な状態になっている。
見た目が美少年なだけに、見るものが見れば背徳的な妄想を抱きかねない格好だ。宿の受付にいた女性など、その筆頭である。
「しかたない。俺が通報してくるから、お前はここで手下を見張っていてくれ」
「その、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫、今の俺はライエルの姿だからな。それよりお前も捕まらないように姿は隠しておけよ? 後、上にいるクラウドとミシェルちゃんたちに解毒薬を飲ませておいてくれ」
「承知いたしました」
「事情は……そうだな、上にいる三人の見張り役は、俺たちに寝返った連中だ。そいつらに適当に言い繕うように、口裏を合わせておいてくれると助かる」
「口裏、ですか?」
「ニコルの名前を出しちまったからな。それに変身するところも見られてる。マクスウェルの爺さんに対応してもらうから、それまでの間は余計なことを漏らさないように釘を刺しておいてくれ」
「なるほど。いっそ口を封じるのは?」
デンの主張は確かに効率的だ。口を封じてしまえば、ニコルが変化していることや、一連の事情なども漏れることはない。
しかし、約束がある以上、それはそれで非情ではないかと考えていた。
「情状酌量の口添えを約束したからなぁ。さすがにそれは心が痛む」
「さすがはニコル様、非情なようでいてお優しい」
「それ皮肉?」
「まさか」
俺はデンに解毒薬の小瓶を投げつつ、細かな指示を出しておいた。
通報すれば、衛士はここに押しかけてくるだろう。
そこにボロボロの服を着た少年が一人佇んでいたとしたら、そりゃ疑われる。
俺もデンも後ろ暗い背景を持つので、衛士とはできるだけかかわりを持ちたくない。
俺が通報しに行っている間に、ミシェルちゃんたちに薬を飲ませ、三人に口止めをし、衛士に見つからずに姿を消す。
むしろデンの方がやることが多いのではなかろうか?
ともあれ、通報せねば、やじ馬が押しかけてくる。衛士に周辺を封鎖してもらわねば、無駄に薬を吸い込んでしまう者も出るだろう。
さいわい、変身した姿は二十四時間は持つ。
今から詰め所に向かい、事情を説明して兵を送ってもらう程度は充分な時間だ。
その途中で通行人などに顔を見られたら騒ぎになってしまうので、そこいらにあった布切れを顔に巻き付け、俺は倉庫を飛び出していった。
詰め所につくと、最初顔を隠していた俺を不審者扱いしていた衛士だったが、顔を見せた瞬間、いっそ見事なまでの手のひら返しを披露してくれた。
大雑把な事情を話し、兵を送ってもらうことで後始末を任せておく。
いろいろと聞きたいこともありそうだったが、そこはそれ、ライエルという顔の威力を発揮しておく。衛士もライエルに詰問するわけにはいかないので、渋々といった風情で倉庫の処理に向かっていった。
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