第523話 追及されるレメク家

 カインの死の翌日。魔術学院高等部の理事長室に数名の貴族が集められていた。

 カインの父親のトバル・メトセラ=レメク公爵にレティーナの父親のフランクリン・ウィネ=ヨーウィ侯爵、そして元公爵のマクスウェル。

 それとレティーナと、偽ハウメアに変装した俺である。

 レティーナは偽ハウメアの姿を見るのは初めてだったので、俺に会うなり『ニコルさん、眼帯はどうしましたの?』といって目潰しを敢行してきたくらいである。やることがいちいちダイナミックだ。

 なお父親のヨーウィ侯爵はその暴挙を見て顔面蒼白になっていた。

 ちなみにじっくりと説明して、微妙に偽ハウメアの方が大人であることから、別人であることは納得してくれた。

 もっとも、俺が変装用の魔道具を持っていることを知っているから、いまだに疑惑の目を向けてきてはいたが。


 俺は昨日の騒動のあと、マクスウェルに面会し、事情を話しておいた。

 その際にレティーナを呼び寄せておくことと、当事者として俺が偽ハウメアとして同席することをマクスウェルから命じられていた。

 それを聞いてレティーナは、マクスウェルと直接会えると喜んで参加を表明してくれた。


「さて、この場に集まってもらったのは言うまでもなかろう」

「無論。我が息子がライエル様を騙る何者かに殺害された事件についてであろう?」

「それとこの街ではびこる正体不明の薬のことであるな」


 マクスウェルが切り出した言葉に、レメク公爵とヨーウィ侯爵が牽制し合うように言葉を繋ぐ。

 先立ってフィニアから話を聞いていたが、どうやらヨーウィ侯爵も独自に密偵を送り込んで調査を行っていたようである。

 それに関して、どうやら有力な情報を得たらしい。俺にミシェルちゃんたちの監禁場所を知らせたのも、その筋からの情報らしい。

 一瞬、公爵と侯爵が互いに視線を交え、そして逸らす。正直、はたで見ている分には実に面白い。


「そのどちらにも関連したことではあるな。それにレメク公爵。ご子息の遺体は確認いたしましたかな?」

「ひどい有様だったな。何者があのような薬をを息子に盛ったのか、ぜひ知りたいところだ」

「その薬を誰が作っていたのかも、興味があるところですな」

「まったくだ。噂によると、現場にはライエル様の偽物の他にも、怪しげな冒険者がいたとか?」

「それは被害者と聞いておりますぞ」

「いやいや、何者かはライエル様の姿に変装し息子を殺害したのですぞ。その者が怪しいですな。いや、その偽物、まさか本物ではありますまい?」

「それより学生寮にあった隠し部屋について議論したいですね」


 まるで狐と狸の化かし合いだ。レメク公爵はあくまで息子は被害者で、つかまっていたミシェルちゃんとクラウドか、ライエルに変装した俺を犯人に仕立て上げたいらしい。

 対してヨーウィ侯爵は密偵が持ち帰った隠し部屋の情報を持ち出していた。

 どうやらマイヤー教員が俺に遅れて発見し、これを明確な証拠として結論を下した後、レティーナを保護することで安全を確保してくれていたらしい。

 それにしてもサリヴァンまで密偵だったとは……妙にレティーナより目立って彼女の注目度を奪っていたはずだ。

 奴が目立つことによって、レティーナを目立たなくし、彼女の安全を確保しようとしていたのだとか。

 それぞれ、サリヴァンが操糸、マイヤーが隠密のギフトを持っていて、明らかに俺を意識した密偵を送り込んでいた。


「ヨーウィ侯爵はどうやら私に何やら含みがあるようですな?」

「ハハハ、まさか。私は調査の結果を述べているに過ぎませんとも」

「待たんか二人とも。まずは調査結果を述べさせてもらおう。ワシが個人的に送り込んだ冒険者が調べた結果、残念ながらレメク公爵のご子息は、あまり褒められた行為を行ってはおらなんだようじゃの」

「それは穏やかではありませんな、マクスウェル様。私は息子を信じておりますぞ? もしやヨーウィ侯爵が縁談に乗り気ではなかったので、肩を持っておられるとか?」


 一転レメク公爵はヨーウィ侯爵に詰め寄った。爵位の高さを利用した圧力の掛け方だ。

 ヨーウィ侯爵もなかなかのタヌキ振りだが、いかんせん格下という弱みがある。

 多少理不尽な言いがかりでも、こうして圧力をかけられれば、ヨーウィ侯爵が引くしかない。たとえ娘の前でも、それは同じだ。


「お父様……」

「レメク公爵、密偵を送ったのはワシじゃよ。それともワシが捏造したとでもいうつもりかね?」

「い、いえ、そんなことは……」

「ハウメア、当事者の前じゃ、ちょうどよかろう。報告をしてくれんか?」

「ええ。カイン・メトセラ=レメクの私室内を調べた結果怪しい物はなかった。かわりに室外の廊下に隠し通路が。その奥には薬の在庫と取り引きの帳簿、それにファンガスとトロールが存在した」


 レティーナの前なので押し殺した俺の声が、淡々と調査結果を読み上げる。そんな俺に、レメク公爵は再び噛みついてきた。


「そんな何者かもわからない、流れ者の報告を信じることはできませんよ!」

「ん? 彼女が何者か聞きたいのかね?」

「当然でしょう! 根無し草に誹謗中傷される息子の身にもなってください。死人に口なしとはこのことだ!」

「根無し草というのは確かにそうじゃな」

「ほら見てください! いくらマクスウェル様でも、さすがに――」

「では紹介しよう。彼女はハウメア。元の名前は……レイドじゃ」

「は?」


 俺の前世の名前は、もちろんレメク公爵も知っている。そして現在、ハウメアという存在がレイドであることは、ライエルたちやコルティナにも知られている。

 ここで正体を晒したとしても、特に問題はあるまい。

 しかしレメク公爵は俺の正体を聞いて、一瞬六英雄のレイドに意識が向かなかったようだ。

 それくらい、俺が二十五年前に死んだことは知れ渡っている。


「マリアが転生リーインカーネーションの魔法を使ってな。蘇生は禁忌とされておるが、こちらはそうではない。八年前ほどからワシの手足となって動いてもらっておるよ」

「な、ななな……なん、だって!?」

「レイドなら信頼できるじゃろう?」

「そ、そんな大法螺を信じろと――」

「なら、これなら信じるか?」


 俺は愛用の手甲を転移させ、装着する。

 そこから糸を飛ばしてテーブルの上のティーカップを絡め捕り、手足のように操作してお茶を注いでみせた。


「う、うそ……!」


 レティーナも口元を覆って、驚きを表現している。

 俺はそんな彼女を無視して、腰に下げた小物入れ帳簿を取り出した。そこには父であるトバル・メトセラ=レメクの取引も記されたものだ。

 それを誰よりも早くマクスウェルが取り上げる。

 もちろん前もって彼は目を通しているのだが、ここで初めて目にしたと言わんばかりの小芝居をしてみせる。


「ほうほう、これはなかなか興味深いのぅ」

「そ、それは――」

「いけませんな、公爵。こういう物に自筆のサインを残してしまっては」

「なっ!?」

「これはさすがに庇いだてできんて。まず間違いなく陛下の裁可が必要になるじゃろうな。おっと余計なことはせん方が良いぞ? ワシとレイドの二人を敵に回したいか?」


 一瞬逆上して腰を浮かせかけた公爵に、マクスウェルは先制してプレッシャーをかけていく。

 レメク公爵も、襲い掛かるわけにはいかないと思い直し、再びソファへ腰を下ろした。しかしその顔は絶望に染まりつつある。


「この理事長室は、重要施設と同じく魔法の発動を禁じる術式が敷かれておる。ワシもお主も魔法は使えん。いや、ワシは力ずくで使うことができるがね? まぁ、そうなれば後は腕っぷし勝負。そこにレイドがいれば……どうなるかわかるな?」

「くっ……」

「モンスターを使った危険な薬の開発と流通。それを使って何をしようとしたのかまで、実はすでに陛下に報告済みじゃ。たとえ公爵家といえど、反逆者に厳しいのがこのラウム。お前たち親子のとがを一族にまで広げたくなければ、神妙にすることじゃな」

「ああっ、うぐあぁぁぁぁ……」


 マクスウェルに宣言され、頭を抱えたまま呻き声をあげて崩れ落ちる。俺はすぐさま、変な心変わりを起こさないようにその腕を縛り上げた。

 魔法が封じられている以上、両腕を封じればほぼ戦闘は不可能になる。

 その間にマクスウェルは隣の控室をノックして合図を送る。この部屋は防音性も高いため、こうでもしないと合図すら送れない。

 隣室からドアを開けて入ってきたのは、俺……ニコルだった。これはガドルスに俺が変化ポリモルフ巻物スクロールの予備を与え、俺に変身させた姿だ。

 こうすることでレティーナは俺とハウメアの姿を同時に見ることになる。俺とハウメアは別人という印象を、強く植え付けられるはずだった。

 そしてレメク公爵の顔にも絶望が浮かぶ。カインが俺にちょっかいを出していたことは、レメク公爵の耳にも入っていたのだろう。その当事者が、ここに勢揃いしてしまった。

 魔法が使えるようになる理事長室外であっても、六英雄のうち二人を敵に回すのは、さすがに無理がありすぎる。


 こうして領主トバル・メトセラ=レメク公爵の失脚により、メトセラ領のトラブルは幕を閉じたのだった。

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