第524話 根回しの中身
公爵の失脚が決定したと言っても、レティーナの婚約問題まで解決したわけではない。
レメク公爵家は当主を失ったが、他にも直系男子は存在する。
今回の一件で婚約は解消されるだろうが、ほとぼりが冷めた頃に再び申し込みが殺到するかもしれない。
もちろん、レメク公爵の血筋とレティーナの婚姻が今後成立することはないだろうが、ヨーウィ侯爵と同格、もしくは身分の高い貴族は他にもいる。
今回の問題で六英雄を引っ張り出したレティーナのコネは、他の貴族には垂涎の的となるはずだ。
「ふう、どうにかひと山超えたが……これでまた申し込みが殺到しそうですよ」
「なんだか、申し訳ありませんわ、お父様」
「いや、私の未熟でお前に手間をかけてしまったのが、心苦しい限りだよ」
今回はレティーナの暴走から、俺を通じ、マクスウェルまで引っ張り出す事態に発展した。
それは取りも直さず、彼女の六英雄への影響力の強さを証明した結果になっている。
「今回の一件は私も反省する点ばかりだよ。レティ、お前はもう子供じゃないのだな」
結果だけ見れば、今回侯爵は後手後手に回って、ほとんど何もできていない。
苦境を突破したのは、レティーナの築き上げた人脈の力だ。それにはもちろん、父であるヨーウィ侯爵の力もある。
それらの力を的確に使用して格上の貴族を破滅まで持ち込んだのだから、父親も認めないわけにはいくまい。
そして、それを認めるのは父だけではない。
「それだけに、お前の人脈を求めて求婚者が増えるかもしれん。いや、まず間違いなくそうなるだろう。私も厳選するつもりではあるが、その覚悟は決めておいてくれ」
「それは……はい」
侯爵の中でも今回の一件でヨーウィ侯爵の発言力は増した。だからこそ、誘蛾灯に群がる羽虫の如く、権力を求める者が群がってくるだろう。
それはまだ十五歳のレティーナにとって、あまり目を向けたくはない、生臭い世界の話になる。
特に今回は、俺たちと一緒に子供の頃のように活動したのだから、その思いはなおさら強くなったはずだ。
それでも彼女は目を逸らすわけにはいかない。それが侯爵令嬢として生まれた彼女の責務なのだから。
しかし、ここでマクスウェルが親子の会話に口を挟んだ。
「それなんじゃがのぅ。一つ解決策が無いわけではないんじゃ」
「なんですって!? いえ、何か策がありまして、マクスウェル様?」
半ば絶望的な気分で覚悟を決めていたレティーナが、マクスウェルの言葉にいきり立った。
六英雄に関しては尊敬の念を忘れない彼女にしては珍しいくらい、興奮していた。
それは、彼女にとって俺たちとの関係の方が六英雄への憧れを上回っている証拠でもある。正直言うと、目頭が熱くなるのを耐えられないほど嬉しかった。
「ぬぉっ! 落ち着け、ちょっと落ち着けぃ」
「こ、これ、レティ!?」
身を乗り出して詰問するレティーナに、両手を上げて制止するマクスウェルと、腰に抱き着くようにして引き戻そうとする侯爵。
こうやって見ると、レティーナ一人でマクスウェルとヨーウィ侯爵を引っ掻き回しているのだから、彼女も大したものである。
「まったく、レティーナ嬢は少々落ち着きが足りんようじゃな」
「いや、お恥ずかしい限りで」
「そんなことより、解決策とやらを教えてくださいませ!」
「これ、レティーナ!?」
全く反省のそぶりを見せない娘を、さすがに侯爵が叱責する。
レティーナも自身の醜態を自覚したのか、ソファに座り直してから、咳払いをしてごまかしている。
「ふむ、そうじゃな。要はレティーナ嬢に理解のない、権力目当ての男が寄ってくることが問題なのじゃろ?」
「それはまあ、そうですわね」
「例えば、レティーナ嬢に理解があり、六英雄とのコネを屁とも思わん男なら、レティーナ嬢も結婚に否はあるまい」
「それと家格に見合う相手でないと困りますな」
ようやく落ち着きを取り戻したヨーウィ侯爵が、割り込んできた。
確かに侯爵家に婿入りするのなら、相応の身分は必要になる。
「でも、そんな男性、いるとは思えません……あ、レイド様とか?」
「さすがにそれは無理じゃ。奴は今この通り女性だし、何よりコルティナを敵に回しとうない」
「それは私も一緒ですわ!」
「まあ、ちょっとした事情さえ無視すれば、一人だけ適任者がおる」
「心当たりがないのですけど……」
レティーナは本格的に首をひねり出した。俺だってマクスウェルの言う相手に心当たりはない。
レティーナに理解がある相手というのだから、すでに知己のある相手なのだろう。
そうなると、第一候補に挙がってくるのはクラウドなのだが、奴は孤児だ。侯爵家の家格には見合わない。
他の知り合いというと、ラウムの冒険者のケイルや、密偵のサリヴァンなどになるのだが、いくらなんでも理解があると言い難いし、家格も合わない。
ハスタール神は嫁持ちで問題外。やはり心当たりは……そこまで考えてからもう一人に思い当たった。
レティーナをよく知り、寛大で、権力に無頓着。そのくせ家格は侯爵と充分見合う。問題があるとすれば……年齢だ。
「レイドは思い当たったようじゃな。そう、ワシじゃよ」
「いやいやいや、確かに爺さんなら条件は見合うが、年齢が離れすぎだろう!?」
「え、マクスウェル様……?」
確かにマクスウェルならレティーナの性格に理解もあり、冒険者をすることにも寛大で、六英雄とのコネも気にしない。というか本人が六英雄である。元公爵なので、家格も合う。
唯一の問題は、爺さんが爺さん過ぎるだけである。
「レイド、ワシは何度もお主に言っておるじゃろう? ワシはまだまだ現役じゃ、とな」
「いや、そうだけど! 誰も本気とか思わねぇじゃん!」
気が付けば、俺の方がレティーナよりもエキサイトしていた。
それは取りも直さず、俺もレティーナのことを本気で考えていた証である。
当の本人の反応はどうかとこっそり視線を横に流すと、レティーナは顔を真っ赤にして硬直していた。考えてみれば、レティーナは幼い時より六英雄オタク。この申し出を嫌がるはずもない。
そしてヨーウィ侯爵も、あまり驚いていない様子だった。先ほどさらっと会話に割り込んできたところを見ると、すでにマクスウェルとの間に密約があったのかもしれない。
そういえば、この前マクスウェルの元を訪れた時、『根回しをする』といっていた気がする。つまり、こういう話の根回しをしてくるということだったのか。
「爺さん、本気か?」
「本気じゃ。ワシもまだまだ現役だし、余生も下手な人間以上に残っておる。一番重要な世継ぎを作るくらいなら、何とかなるじゃろ」
「レティーナはそれでいいの?」
「え、レイド様? えっと、その、光栄ですわ」
顔を染めたまま、小さく頷く。ダメだ、こいつは。
「侯爵様は?」
「私としては、実によい話かと思っておりますよ」
全方位で、肯定的意見しか返ってこなかった。なんとなくマクスウェルが根回ししたのなら、この返事は予想できていたが。
だが当事者の二人が乗り気で、父親が問題ないと言っているのなら、俺が口を出す問題じゃないのかもしれない。
あとは母親の説得だが、あの人も六英雄に傾倒しているので、おそらくあっさりと言いくるめられるだろう。
まあ、これでレティーナが幸せになれるのなら、俺も祝福してやらないといけないのかもな。
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