第525話 二つの酒宴

 その日、酒場に二人の女がいた。

 そのうち一人はまるでこの世の終わりでも来るかのように浴びるように酒を飲み、少々人に見せられない姿でクダを巻いている。


「なんでレティーナちゃんなのよぉ。そりゃあ、あの子は可愛いけど、別に私だっていいじゃない?」

「比べ物になんないでしょ、アンタじゃ」


 飲んだくれるトリシア女医を突き放すように、コルティナはグラスを呷る。

 ここは北部辺境の村。疲労が限界に達したコルティナの様子を診せるため、マクスウェルが彼女を連れてきたのだった。

 診察の結果、疲労は問題ないと診断されて、トリシアは彼女を連れて飲みにやって来ていた。

 実際のところ、狙っていた獲物に逃げられたトリシアの憂さ晴らしが主なのかもしれない。


「あの子はまだ若いし、素直で努力家で、それに美人に育ったもの」

「私だってエルフから見たらまだまだ若いわよ!」

「エルフと比べんじゃないわよ!?」

「アンタよりも若いのよ!」

「私も人間より寿命が長いでしょ!」


 結構な量の酒を口にしたトリシア女医は、すでに脈絡のない言葉を口にし始めていた。

 彼女もすでに三十を超えて、そろそろあとがない。それだけに非常に切羽詰まった訴えであった。

 コルティナの方も連日の疲労に加え、酒も入っていたので、トリシア女医への扱いが非常に雑になっていた。


「もうこうなったらガドルス様にアタックするしか!」

自棄ヤケになっているのか、前向きなのか、判断に困るわね」

「これで六英雄の半数が既婚者になるのよ。どうよ、残された身としては?」

「別に私は急いでいないし」

「そういや最近、目つきの悪い男と付き合ってるんだって?」

「べ、別に目つきが悪いってわけじゃ……ちょっと鋭いだけで」


 酔っ払い特有の唐突な話題転換に、コルティナは狼狽したような態度を示す。

 そんな彼女に、トリシア女医は胡乱な視線を送る。


「まさか、私に内緒でゴールしようってんじゃないでしょうね?」

「え、ま、まっさかー。私たち友達じゃない?」

「ちょっと。こっちに目を向けて言いなさいよ」


 露骨に目を逸らすコルティナに、トリシア女医は確信を覚えた。彼女が結婚を考えている相手がいると。

 しかしそれを表に出さないということは、すぐにどうこうということはないのだろう。

 おそらく何らかの障害があると考えられる。


「ねぇ、コルティナ。私たち友達よね?」

「そうだけど……?」

「私を置いて結婚したりしないでね?」

「それは保証できないわ」

「人でなしぃ!?」

「猫ですもの。にゃあ」


 あざとく猫真似なんかをしてみせるコルティナに、トリシア女医はついにキレた。

 相手が六英雄だというのに、その頭を容赦なく叩く。もちろん、日頃からそれを気にしない彼女だからこそできる暴挙でもある。

 そしてコルティナも、一般人に叩かれるほど鈍くはなかった。

 ヒョイと頭を傾けて、それを躱す。

 このやり取りに端を発して、酒場で壮絶な女同士の戦いキャットバトルが展開された。猫だけに。

 技量も身体能力もコルティナの方が圧倒しているのだが、本人のやる気と、なにより双方が深酒をしていたことが勝負をグダグダにしていく。

 結局この戦いは勝敗がつかないまま、店員につまみ出されるまで続いたのだった。




 別の日、ガドルスの酒場でも、四人の男(?)が酒を酌み交わしていた。

 参加者は独身の者、妻を持つ身の者、結婚を考える者、それぞれである。


「それにしても爺さん、レティーナを嫁に取るとは、思い切ったもんだな」


 四人の中で唯一の女であるニコルが、マクスウェルに問い詰める。彼女だけは体質的に酒に弱いため、オレンジジュースや蜂蜜入りのミルクなどを供されていた。

 問われたマクスウェルは、彼女とは逆にきつめの酒を入れたグラスを悠々と口に運ぶ。


「しかたあるまいよ。彼女を守る手段としては、これ以上の策は思いつかんかったしの」

「だがマクスウェル、お前も子供作る気満々じゃなかったか?」

「そりゃワシだって現役だと常々言って居ろうに。彼女が魅力的な女性になったのは認めんわけにはいかんし、好意も持ってくれておる。応えるのにはやぶさかではないわい」

「このエロ爺ィが」

「まったくだ」

「そういうな。若い嫁というのも、距離感がわからんで苦労しておるんじゃぞ」

「黙れ、幼女趣味め」


 吐き捨てるニコルと、それに同意するガドルス。マクスウェルの味方はこの場にいないかと思われた。

 しかし彼の隣で黙々と酒を口にするもう一人が、肩を叩いて親指を立てて賛同の意を示していた。


「そのポーズは何だよ」

「いや、俺も嫁には本当に苦労したからな」

「あー、そういやアンタの嫁はアレだったからな。ハスタール」


 なぜか男だけ(?)の酒盛りに自然に紛れ込んでいたハスタール神。

 彼の嫁は神話上では破戒神とされている。つまりあの白い神だ。

 破戒神の性格が破天荒なのは、ニコルたちもよく知るところである。そして外見的には、あまりにも年齢差があり過ぎるカップルでもあった。


「確かにあれは少々幼過ぎ……いや、なんでもない」

「そうじゃな。触れてはいかん領域もあるということじゃな。それよりガドルス、お主にはなんぞいい話はないのかな?」

「ワシか? 残念ながら、出会いが少なくてな」

「宿をやっとるなら、それなりに出会いはあるじゃろうに」


 ましてやガドルスの宿屋は、世話になりたい冒険者が山のようにいる人気店だ。

 中には女性の冒険者だって、かなりいる。まったく出会いがないというのは、明らかに嘘だ。

 現に今も、皆からは微妙に視線を逸らし、話題から逃げようとしている。


「それに、ワシ以上に美人というのも、そうそうおらんだろう」

「おいマテ。アレは俺の姿だ。変な趣味に目覚めたんじゃないだろうな」

「冗談だ」

「全然冗談に聞こえないから怖いんだよ!?」

「ふむ? ならば性転換魔法というのも、視野に入れて研究してみるか?」

「アンタが言うと、本当に作りそうで怖いからやめてくれ!!」


 破戒神ほどではないが、ハスタール神もそれなりに魔法に貢献したと伝えられている神である。

 確か飛翔フライトの魔法などは、起源を遡ると彼に辿り着くと魔術学院の授業で習った覚えがあった。

 その彼が口にするのだから、本当に実現の可能性があるのかもしれない。


「それよりもレイド。お主の方こそ、コルティナをいつまで待たせるつもりだ? ワシは負い目があるから協力しておるが、このままではあまりにも不憫だ」

「わかってるよ。俺の実力もかなり付いてきたし、そろそろ本格的に腰を据える時期かもな」


 ガドルスの言葉に、ニコルも思うところがあった。

 長年の修行で干渉系魔法の腕もかなり上がってきているし、そろそろ本腰を入れて学ぶのもいいかもしれないと、彼女はそう考えていた。

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