第526話 ラウムのお見合い
メトセラ領の事件解決から数日経って、ラウムでは奇妙な会合が開かれていた。
その日は休息日を利用してコルティナがラウムに戻ってきていた。その彼女発案の会合である。
「そういうわけで、ドーンと開いてみました。冒険者限定お見合い大会ー」
「コルティナ様、その、これはちょっと困ります!」
ホールに冒険者を集め、高らかに宣言したコルティナに、受付嬢が困ったような顔で口を挟む。
これは先日、トリシア女医の悩みを聞いて発案したことだった。彼女の救済も兼ねての会合である。
しかしコルティナは受付嬢を聞き、妙な顔をして見せた。ここで会合を開くことは事前に許可を取っていたのに難癖をつけられたからだ。
「なんで? 冒険者を集めてここでイベントを開くって、前もって言ってたじゃない?」
「それは聞いてましたけど! でもお見合いイベントは困ります!」
「別にあなたに参加しろとか言わないけど? っていうか、強制はしないわよ、私」
「そうじゃなくて! 冒険者が減るのが困るんです!」
「あ、そっち」
お見合いをすれば結婚する者も、もちろん出てくる。
そして結婚すれば引退する冒険者も、もちろん出る。
それは結果的に、ラウムの冒険者のレベルを引き下げることに繋がりかねなかった。
森に覆われたラウムの国土は、モンスターが生息するのに非常に適している。
冒険者の質の低下は、充分に死活問題になり得た。
「こういうイベントだって聞いてたら、許可しませんでした」
「なんだと、俺たちに彼女を作るなっていうのかー!」
「そうだそうだ、俺たちにも出会いを!」
「むしろあなたが俺と付き合ってください!」
「抜け駆けすんな、俺とに決まってるだろ!」
「じゃあ、俺はコルティナ様と!」
「身の程を知れ、バカ野郎!」
受付嬢の言葉に、一斉に反対の声が沸き上がった。それもそのはず、ラウム近辺の冒険者はモンスター対峙が主な仕事になるため、新たな出会いというモノは実は少ない。
関係施設で女性と出会うことはあるのだが、総じてそういう職場で働く者は身持ちが堅かった。
そして手を出しそびれているうちに、職場内結婚でいなくなってしまうのだ。
結果、彼らは常時女日照りと化しており、新たな出会いというモノに渇望していた。
「まー、みんなもこう言ってるわけだし、ここは少し多めに見てあげて、ね?」
「そんな風に可愛らしく拝んで見せてもダメです」
「そこをなんとかぁ!」
「ダメなものは――」
「邪竜の鱗、三枚納品するから」
「まあ、それくらいだったら目くじら立てることもありませんよね」
邪竜の鱗と聞いて、手のひらをクルリと華麗に翻す受付嬢。邪竜の鱗はそれ一枚だけで彼女の年収分以上の価値がある。
それを三枚も納品させるということは、ギルドにそれだけの恩恵を与えるということになる。
それは彼女の査定が、大幅に跳ね上がることに直結していた。手の平を返すのも、無理はない。
「そんなわけで、本日の参加者をご紹介します。まずは魔術学院の癒しの華、トリシアさんです!」
「よろしくー」
コルティナが入口の方を指し示すと、タイトな色気あるドレスに着飾ったトリシアが、しなを作りながら入ってきた。
それを見て、冒険者たちは一斉に真顔になった。
「はい、解散~」
「おつかれっしたー」
「いやー、今日もいい汗かいたな。冷や汗だけど」
「ちょっと、何よその反応は!?」
ぞろぞろとトリシアの脇を抜けて帰ろうとする冒険者。トリシアはそれに目くじら立てて苦情を申し立てた。
「いや、だって……」
「魔術学院のハエトリグサじゃん」
「え、食らいついたら放さないスッポンのトリシアって聞いたぞ」
「すっげナマケモノで、男を小間使いにしか使わないんだろ?」
「なんであなたたちが魔術学院の教員に詳しいのよ?」
「だってニコルちゃんが……」
「俺はミシェルちゃんから聞いたぞ」
「僕はレティーナちゃん」
これを聞いて、コルティナは頭を抱えていた。確かにニコルは医務室の常連で、それに付き添うためにミシェルやレティーナも頻繁に出入りしていた。
男子生徒を使いっ走りに使うことも、多々あった。
問題はその噂を広めたのが、彼女の非保護者であるニコルという点だった。
これではコルティナが、トリシア女医の交際の邪魔をしている形になってしまう。
「待って待って、この子にもいいところとかあるから、ちょっとだけチャンスをあげて」
「そんなこと言われてもなぁ」
「外見は悪くないんだけど、萌えがないよな」
「十歳以上は守備範囲じゃないんで」
言いたい放題の冒険者に、コルティナは頭を抱えそうになった。そもそもラウムの冒険者は性格は穏やかな反面、自由な気質の者が強い。
女を押し付けようとする行為に、本能的に身構えたところもあるのだろう。
これはコルティナの読み違いとも言えた。
しかしこのままでは、親友の将来に色々と関わってしまう。
どうしたモノかと頭を悩ませていた時、ギルドに一人の少年が入ってきた。
「ケイル兄さん、いますか?」
「なんだ、キースじゃないか。こんなところにどうしたんだ?」
ラウムにおいて最強を自負する第五位階冒険者ケイルが、少年の前に姿を現す。
少年は足を引きずっており、そして幼さを存分に残した華奢な身体つきをした、ケイルに全く似ていない美少年だった。年の頃はニコルよりも少し下というところだろうか。
トリシア女医は、少年を見て電流に打たれたように、身を震わせていた。
「トリシア?」
「な……」
「なに、どうかしたの?」
「ナイスショタ」
「………………………………」
コルティナは今度こそ、頭を抱えてその場にうずくまった。少年なら毎日のように見ているトリシア女医ではあるが、彼のように可憐な少年をというのは初めて見たらしい。
その反応に、どう対応していいかわからなくなったからである。
「ゴホン。それよりその子、足が悪いの?」
「あ? ああ、かなり前にモンスターに襲われてな」
「どうやら後処理が悪かったようね。少し診せなさい」
ともあれ、ここは彼女もプロの医師。怪我人を前に真摯な態度で診察に取り掛かっていた。決してショタの生足に触れたかったわけではない。
結局のところ、トリシア女医のお見合い会は失敗に終わった。
しかしキース少年を熱心に診断した結果、彼の好意を獲得することには成功していた。
この後の展開は、まさに当人たち次第という結末に落ち着いたのだった。
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