第527話 その後の二人

 とりあえず、レティーナの婚姻話がまとまって、しばらくの時が過ぎた。

 マクスウェルの婚約者に納まったことで、彼女への求婚はピタリと止まり、今では落ち着いた日々を送っているようだ。

 なにせ本人から聞いたので間違いはない。


「でね、でね! マクスウェル様ったらその日はお寝坊して、様子を見に行ったらおひげに涎が――」

「あー、そーねぇ」

「レティーナちゃん、うざー」

「俺、部屋に戻って寝てていい?」

「ダメですわ」


 マクスウェルの婚約者になるということは、奴の魔法も気安く『お願い』できるということだ。

 レティーナは今、マクスウェルの魔法を使って、三日に一度は首都のラウムからストラールの街にやって来ている。

 そして俺たちは、そのたびに彼女の惚気話を聞かされる羽目になってた。

 ちらりと視線を流すと、そこには素知らぬ顔でガドルスと談笑するマクスウェルの姿がある。

 まあここは、ガドルスの宿の食堂だから、二人がいてもおかしくはないのだが。


「おのれ……俺たちに色ボケレティーナを押し付けておいて、なんと暢気な」

「レティーナちゃん、どうしてこうなってしまったのかー」

「俺、はっきり言って眠いんだけど。最近身体の節々が痛いし」

「それ、成長痛だから。しね」

「ひでぇ!?」


 クラウドの身長はまだ伸びている。この調子だと百八十は軽く越えそうだ。ライエルに届く日も近い。

 ちなみに前世の俺は百七十程度で、戦士をするには少しばかり低く、そして非常に細かった。そして現世でも、体格はあまり芳しくない。

 すくすくと育つクラウドが羨ましい。


「レティーナ、わたし少しマクスウェルと話があるから」

「マクスウェル様と? 浮気は許しませんわよ」

「しねーよ」


 思わず素の口調が漏れてしまったが、これもやむなし。さすがにこの無為な時間を延々と続ける余力は、俺にはない。

 ミシェルちゃんには悪いが、レティーナの世話を彼女たちに放り投げておいて、俺は席を立ってマクスウェルの元に向かった。

 ここは食堂なので、ミシェルちゃんたちはいつものテーブル席にいる。対してマクスウェルはカウンターでガドルスと談笑していた。

 俺はマクスウェルの隣のスツールに腰を掛け、今もっとも言わねばならない言葉を口にした。


「リア充、しね」

「開口一番それか。他に話題はないのかの?」

「あるよ。その後、どうだ?」

「どうだとは?」

「レティーナと婚約して、周囲の状況とか?」

「ああ、面倒になったのぅ」


 マクスウェルの言葉に俺の眉がピクリと跳ね上がる。

 この爺さんは俺の前世からの仲間で、今でも大事な親友だと思っている。しかしレティーナもまた、俺の大事な仲間だ。

 もし婚約したことで、彼が面倒に思っているのなら、ここは心を鬼にして爺さんを諭さねばならない。


「勘違いするなよ、レイド。ワシはレティーナと婚約したことを面倒だと思ったことはないぞ。彼女は今時、珍しいくらいまっすぐで素直な、ワシにはもったいないくらいの良い娘じゃ」

「なら、何が面倒なんだ?」

「周辺の反応かのぅ。ヨーウィ侯爵と同格の侯爵連中とかは妬みの視線を向けてきよるし、ワシが現役と知った貴族がめかけの座を狙ってきたりと」

「ああ、そっち……」


 俺が安堵の息を漏らすと、今度はマクスウェルの方がニヤリと笑う。見るとガドルスまで笑いをこらえていた。


「あのレイドが、他人の心配とは」

「なんだよ。以前から俺は気のいい男だったぞ」

「そうじゃな。ワシらはそれを知っておったが、周囲の理解は及ばなかったのぅ」


 確かに前世の俺は自身の正義に殉じて敵を殺し、そして殺された。しかし世間の俺への評価は、誰にでも容赦なく噛み付く狂犬のような印象だったと言える。

 そんな血に塗れた印象を持つ俺が、親友の少女の心配をするというのが、こいつらには面白かったらしい。


「くっそ、勝手に笑ってろ。それよりその後というのは、あいつの話もあるんだよ」

「あいつ……ああ、レメク家か」

「そうそう。ミシェルちゃんたちの前じゃ、おおっぴらに聞けないからな」


 レメク家は王家に連なる公爵の地位を持っていた。これほど家格、では下手に取り潰すわけにもいかない。

 それは王家のメンツにもかかわる問題だからだ。

 俺にはその辺りの、深い話を探る術はない。いや、親のコネを使えば聞き出すことはできるだろうが、おおっぴらにコネを使える話題でもない。

 そんなわけで、こっそりマクスウェルに聞くしかなかった。


「さすがに謀反に違法薬物の流通まであると、そのままとはイカン。とはいえ取り潰しもできんとあって、陛下もかなり頭を悩ませたようじゃな」

「で、結局は?」

「当主のトバルは強制的に隠居させて、関連する血筋の者も僻地送り。追い払われておった妾腹の赤ん坊に家を継がせ、後見の侯爵に育てさせることになった。事実上の断絶ではあるかの」


 後継者が赤ん坊で、そこにレメク家の者が接触することができない。子供の頃からレメク家の思考に染まらなければ、赤ん坊自体の素養で育つことになる。

 血筋だけは最低限残しつつ、考え方やレメクという家への愛着を切り離す処置とも考えられた。

 それだけではない。おそらく隠居させられた当主のトバルは、近いうちに『不慮の死』を遂げさせられることになるだろう。その後もレメク家の者が次々と。

 そうすることで、表向きは断絶することなく、しかし事実上は断絶することになる。


「まったく、これだから貴族ってやつは……」

「そういうな。貴族にもヨーウィ侯爵やレティーナのような者もおる」

「それは知ってるよ」


 侯爵の方はあまり直接会った機会は少ないが、それでもここまでの行動から、彼が良識的な貴族であることは理解できる。

 そしてレティーナも、好感を持てる存在だ。貴族のすべてが腹黒いとは、俺も考えてはいない。


「まあ、いいか。でもレティーナを巻き込むんじゃないぞ?」

「それはわかっておるよ。もし手を出す輩がいたら、たとえ国が相手であろうと容赦せん」

「へぇ? 意外と入れ込んでるじゃないか」

「当然じゃ。ワシはこう見えても愛妻家なんじゃぞ」


 俺だったら恥ずかしくて赤面するような言葉を、平然と口にする。こういうところが、俺が爺さんに及ばないところなのだろう。

 そんな思いを隠すように、俺はカウンターにあった爺さんの酒を掻っ攫い、一息に口にしたのだった。

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