第66話 和解
そうして、英雄達五人と、俺達三人、そして女医のトリシアを交えた、計九人の大所帯による遠征が計画された。
と言っても、即日出立という訳ではない。
マリア達英雄三人はともかく、俺達には学院があるので、そう休んではいられないのだ。
事は俺の身体の問題なので、できるならばすぐにでも旅立ちたい所ではあったが……
「はーい、ここの単語わかる人ー」
「はいっ!」
「はーい!」
「せんせー、ぼくー!」
コルティナが黒板をパンと叩いて単語を指摘し、その読解を生徒に求める。
そこに書かれている文字は――『リンゴ』だ。
エリートとは言え、集められているのはしょせん十歳未満のお子様達。
文字の読み書きという基礎的な知識から教え込まねばならない。無論、幼少時からエリート教育を受けてきた子供は読めるのだが、そんな生徒ばかりとは限らないので、こういう授業もカリキュラムに入っている。
そこでクラス担任のコルティナは、大陸共通語の読み書きを教えているのだが……そんな授業は既に習得している俺にとって、退屈極まりない物だった。
それだというのに――
「はい、じゃあニコルさん」
「えっ、また?」
「成績優秀者ですもの。みんなに模範を見せてあげてね?」
と、事ある
おかげで俺は学業優秀、虚弱体質の美少女新入生という、少しばかり間違った認識が学園中に駆け巡っている。
いや、虚弱体質は間違いじゃないのだが。
席を立って、答えを述べ、そそくさと席に座る。
その度に腿周りにスカートがひらひらと纏わり付き、違和感が半端ない。
村では長めのスカートがほとんどで、訓練はズボンだった。
そのせいでこういう学院の制服のような短めのスカートは、どうにも慣れない。
というか、フィニアが短めのスカートを更に詰めて、ニーソックスとの絶対領域を強調させようとする。
しかも、下にスパッツ状の体操着を履こうとすると、今度はコルティナが嫌がるのだ。
その主張が、『そんな絶対防壁の向こう側にさらに壁を立てる真似は許しません』だったのだから、救いがない。
幼女のパンツ見て何がうれしいのだ、貴様は。
結局、遠征は週末まで待ち、それまでに体育で三度ほど気絶を経験したりしながら、日常を送っていた。
週末、俺達はマクスウェルの屋敷に集合していた。
マクスウェルは転移魔法も自在に使いこなすので、それぞれ自身の武装と水と軽めの保存食しか持っていない。
宿泊する必要性が出てくれば、街まで戻ってくればいいのだ。
中身はボケジジィ寸前だが、魔術の腕だけは反則級である。
「それじゃ、こちらはほとんど集まったかの?」
「ええ。後はマリア達の到着を待つだけね」
そう口にしたコルティナの表情は、やや渋い。
今回の遠征、結局ガドルスも参加する事になったからだ。
彼女自身ガドルスを嫌っている訳ではない。長年一緒に死線を潜ってきた仲だ。嫌うはずがない。
問題は彼女の感情的な部分だけだ。それだけなのだが、そのたった一つがままならない。
「だいじょうぶ?」
「ん? ええ。別に彼が嫌いな訳じゃないから」
彼女の背中に手を当て、尋ねる俺に無理矢理な笑顔を返すコルティナ。
そこへ転移光と共に三人の人影が現れた。
言わずと知れた、ライエルとマリア、それにガドルスである。
マリアは俺の姿を見るや否や、抱き着いてきた。
出遅れたライエルが、マリアの後ろで物欲しそうにオロオロしている。
「ニコル、元気にしてた!」
「ママ、昨日も会った」
マリアは転移魔法を習得してから、毎晩のように俺の様子を見に、村から飛んで来る。
高位の干渉系魔法だけあって、魔力の消耗も半端ないと言うのに、ライエルすら
元々彼女の魔力内包量は頭抜けて高いので、この魔法程度では負担にもならないのだろう。
そんな
「あー、その……元気じゃったか?」
「え、うん。ガドルスも元気そう」
「ドワーフじゃからな。寿命は長いし、身体も頑丈じゃ。そう簡単にはくたばら――ああ、その……」
くたばる、という単語が俺を連想させるのだろう。それを察してガドルスも、珍しく口籠る。
ドワーフ族らしく頑固で面倒見のいいこの男が口籠ると言うのは、めったに見ない光景だ。
そんなガドルスを見て、コルティナも大きく深呼吸した。
「いいわよ。それに謝らないといけないのは私の方。あの時は感情的になってゴメン」
「いや、いいんじゃ。調査の甘かったワシの責任でもある」
「それを調べるのがあの依頼でしょ。そういう可能性を排除して軽装で現場に行ったのは、私達のミスよ」
「ならば互いに気を抜きすぎていたと言う事で手打ちにしよう」
クシャリと皺顔をさらに深くしかめさせて、仰々しく右手を差し出すガドルス。
ドワーフらしく偏屈な男ではあるが、狭量な男ではない。
むしろ、気が利きすぎて誤解される事が多いくらい、頼りになる男なのだ。
「そうね。もうレイドの事は……忘れるなんてできないけど、後を引かないようにしましょう」
「うむ。すでに新しい世代もできている事じゃしな」
ガドルスはそう言って、俺の方を見やる。
英雄達の第二世代。そういう意味では俺は彼等の後継者なのだろう……どちらかというと当事者だったりするのだが。
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