第65話 ジジィ乱入

 扉を開けた勢いに、ガシャンとドアについていた覗き窓にヒビが入る。

 同時に大人しく話を聞いていたミシェルちゃんとレティーナが、ぴょこんと跳ねた。驚いたのだろう。

 暴挙を行ったのは――ヒゲジジィ、もとい、マクスウェルだった。


「り、理事長? なぜこんなところに!」

「うむ、ライエルの娘の身体を隅々まで調べると聞いての」

「なんだか卑猥な風に聞こえるんだけど? あと、珍しく執務室から出てきたと思ったら、ドアを壊さないでよ」

「ヒビくらいでガタガタ言うな。皺が増えるぞい」

「死にたい!?」


 軽くコルティナを煽りながら、医務室に入ってくるマクスウェル。

 この爺さんが動いたとなると、また騒動が大きくなりそうだと、俺は溜息を吐いた。


 ズカズカと室内に乗り込んできて、勝手に引き戸を開けて茶葉を取り出すマクスウェル。

 その様子を、ミシェルちゃんとレティーナはあんぐりと口を開けて眺めていた。


「あれくらいで驚いちゃダメよ? 理事長とコルティナはよくここに逃げ込んできてお茶してるんだから」

「そ、そうなんですか?」

「外じゃ注目され過ぎて、気が落ち着かないだけよ」

「まったくじゃ。ワシャ、気の小さいジジィじゃというのに」

「アンタはこの国の王族だから、注目されて当然でしょ!?」


 さっそく口喧嘩を始めたコルティナを制して、俺はマクスウェルに話を聞く。

 この二人を放置しておくと、いつまで経っても話が進まないのは、前世からよく知っている。


「それでなにしにきたの?」

「うむ。まずはニコルや。こっちゃ来い」

「はぃ?」


 傍若無人に茶を入れ、椅子を取り出して腰を下ろすマクスウェルに呼ばれ、てくてくそばに寄っていくと、ひょいとその膝に乗せられた。


「あ、ズルいわよ。私が乗せようと思ってたのに」

「早い者勝ちじゃ」

「あの……それはともかく」

「おお、女王華じゃったな。それなら南方の森に一体おるぞ」

「本当!?」


 膝の上からマクスウェルを振り返る。希少モンスターの所在まで掴んでいるとか、さすが王族である。


「トレントは敵対的とは言わんがモンスターじゃからな。それに数も相応に多い。それが万が一ワシらに反旗を翻してきたらどうする? 情勢を把握しておくのは当然じゃろ」

「それもそっか。女王華は知性があるって話だから、トレントを率いる可能性は十分にある話ね」

「こちらから害を加えん限りはないがな。そしてその蜜を手に入れようと言う話は……」

「その引き金になる可能性は高いか。知性があるらしいし、平和的に交渉できればいいんだけど」

「なんの後ろ盾もないお主じゃ、それは望み薄じゃろ」


 コルティナは俺と同じで、特に後ろ盾を持っていない。

 ガドルスやライエル、マリアなどもその国の有力者と血縁を持っていたのだが、俺とコルティナだけはそう言う血縁はない。

 代わりにコルティナの場合、軍との関わりが深かった。その関りは国を出奔した時に失っている。


「勢力と言っても原始的な物じゃ。どちらかと言えば村落のそれに近い。それだけに個人の縁が大きくモノを言うじゃろ」


 そう言うとマクスウェルは、自分の胸をドンと叩こうとした。

 ちなみにその位置は俺の頭があるので、寸前で拳を掴んで防御しておく。


「そこでワシも女王華の元へ向かおうと思おう!」

「はぁ? アンタ学院はどうするのよ?」

「そんなもん、元より放置気味じゃから、どうとでもなるじゃろ?」

「いやいや! それに荒事になるかも知れないじゃない」

「そういう時のためのお主じゃ」

「私も後衛だっつーの!」


 コルティナもマクスウェルも、基本的に近接戦闘は弱い。

 もし女王華との交渉がこじれて荒事に発展した場合、矢面に立たねばならなくなり、非常に危険だ。


「それだけじゃないですよ。女王華の蜜はその場で加工して、薬にしてできるだけ早く摂取しないといけません。つまり……」

「ニコルちゃんも現地に連れて行く必要がある、という事ね」

「そうよ。だとすれば、私達を守る前衛の存在は必須になるのではないですか?」

「ならライエルを呼びつければよかろ。娘のためじゃ、アヤツ張り切るぞ」

「って事はマリアも来るわね。後衛が多過ぎない?」

「ふむ、ガドルスも呼ぶか」


 守備のスペシャリスト、ガドルス。大陸東方のマタラ合従国出身の勇者の一人だ。

 聖盾を持ち、あらゆる攻撃を跳ね返す、防御の達人。


「それは……」


 今回のケースでは確かに適任。だがコルティナは激しく渋い顔をする。

 彼女とガドルスによる確執は、十年を経ていまだ続いていたらしい。


 俺の死のきっかけを持ち込んだ事。

 それはガドルスには決して知り得ない情報であり、あの状況はコルティナでもどうしようもない状況だった。

 その責をガドルスに浴びせる事は、八つ当たりに近い感情である事は、彼女自身も理解していた。


 それでも、感情というモノは自由に制御できるものではない。

 ガドルスもそれを知っているからこそ、黙って彼女から距離を置いてくれている。


「まだ引き摺っておるか。まぁ、わからんでもないが、そろそろ……いや、しかしこうなると人手が足りんの」


 俺達……いや、マクスウェル達のレベルになると、要求される前衛のレベルは果てしなく高い。

 こうなると俺の死やガドルスの不参加が激しく響いてくる。

 元々ギリギリの人員でやりくりしてきた俺達は、戦力不足に陥りやすかった。


「わたしも戦える」


 だからこそ、俺は前衛に立てる事を主張した。

 どうせ俺の健康のためには、女王華の元に向かう事は必要不可欠。

 ならば今のうちから前衛をこなせることを主張しても、悪くはないだろう。


「ほほぅ、そういえばニコルは人攫いを倒したんじゃったか。それは将来、期待大じゃな!」

「だから――」

「気持ちはありがたいが、大人しくしておいてくれるとありがたいの」

「は、ハイ……」


 まぁ、そういう反応が返ってくるのは、想像通りである。

 だが俺の声に便乗してくる者がいた。


「わたしも! わたしも行く! ニコルちゃんのためだもの、戦って見せるよ!」

「わたしも行きますわ! 火属性魔術なら自信がありますもの」

「ちょ、ちょっと待てい!?」


 鼻息荒く手を挙げたのは、俺の友人二人だ。

 ミシェルちゃんの友情の厚さと、レティーナのノリの良さは理解しいているが、こんな危険にまで首を突っ込んでくるのは予想外だ。

 さすがに俺も、それは賛成できない。


「危ないよ。実戦なんだから」

「お友達の危機に知らんぷりなんて、そんなのできないわ」

「そうよ、そうよ!」


 俺に反対されて、逆に闘志に火を付けてしまったようだ。

 二人して拳を握って抗弁してくる。

 ミシェルちゃんの頑固さは俺も散々思い知らされている。こうなったら、テコでも動かない。

 それに、彼女を連れて行って、レティーナを連れて行かない訳にもいかない。

 そんな二人の勢いに、マクスウェルも背を仰け反らせて引いている。


「わ、わかった、わかったから大人しくせぃ」


 不承不承という態で同行を許可した。

 この二人の参戦。それは庇護者の増加を意味する。俺やトリシア女医を含めて庇護者は四人。半端な前衛では守り切れない。


「ハァ……仕方ないわね。ガドルスに連絡入れてくれる?」

「いいのか?」

「この際、背に腹は代えられない。それに、もう区切りをつけてもいい頃合いよ」


 大仰に肩をすくめるコルティナに、マクスウェルは満足そうな笑みを浮かべる。

 こうして俺達はラウム南方へ旅立つことになったのだ。

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