第64話 解放力の増やし方
解放力を増やす。
本来なら有り得ない薬の存在を暴露して、女医は『してやったり』という表情を浮かべていた。
それは明らかに、俺達の反応を見て楽しんでいる顔だった。
「ちょ、ちょっと待って、トリシア! そんな薬、私も聞いた事がないわよ!」
「……………………一つといったな?」
「うん?」
「あれはウソよ!」
「どっちなのよ!?」
珍しくコルティナの方が手玉に取られている。随分とこの女医――トリシアと呼んでたな。彼女と仲が良いらしい。
コルティナを前にすると、他の教師でもどこかに緊張が見て取れるのだが、彼女にはそれが全く見受けられない。
ここまで緊張がないということは、ひょっとしたら日常的に顔を合わす仲なのかもしれない。
「そうね。一つじゃないのは、解放力を増やす手段の事よ」
「他にも手があるって言うの? そんなのあったら魔術師志望者は大騒ぎするわよ」
「それがそうでもないのよね。私が知るだけでも三つはあるんだもの」
「お・し・え・な・さ・い!」
トリシアの首を締め上げるコルティナ。
彼女としても、魔術師の技量が上がればできる事は増える。この情報は是が非でもほしいはずだ。
「ぐえぇ……お、落ち着きなさいよ。いい? まず一つ目、常識的に不可能なら常識ではない存在を頼る事」
「常識ではない存在って何よ?」
「ズバリ神様」
「いる訳ないでしょ!」
いや、いるぞ。しかもわりとホイホイその辺を歩いてるし。
現にミシェルちゃんの腰には、その神から授かった大弓が下げられている。
「まぁ、これは現実的ではないわよね。そこで二つ目。これは現実的よ?」
「もったいぶらないでさっさと言う!」
「せっかちねぇ。婚期を逃すわよ? ああ、もう逃してたんだっけ?」
「アンタは! 人の古傷をグリグリと……」
「落ち着きなさいって。二つ目は超常の力を持つ存在を取り込む事」
「超常の存在?」
「具体的に言うとドラゴン」
「ブホッ!?」
コルティナが噴き出したが、これもわからないでもない話だ。
ドラゴンはそれだけでも超常の存在だ。中でも邪竜コルキスや魔竜ファーブニル、神竜バハムートという存在は神にも等しい力を持っている。
その力を取り込むと言う事は……
「肉を喰らうって事?」
「ニコルちゃんは察しがいいわね」
「倒せるわけないでしょ。あんなのと対峙するなんて二度とゴメンよ。岩すら溶かしちゃうのよ?」
「でも倒した経験があるって事は、その素材も持ち帰ったんでしょ?」
「そりゃ、まぁ……」
とは言え、コルキスの最期はほとんど自爆の態を為して、肉はまったく手に入っていない。
せいぜい鱗と牙と角とと爪、あとは皮くらい。
これは俺達六人で分配し、それぞれの隠し場所に保管してある。この場所は俺達ですらお互いに知らない場所だ。
削って粉末にすれば、確かに取り込む事くらいはできるだろう。
「でもそれも不可能よ。邪竜ほどになると、その力は強大過ぎるわ。身体に取り込んだ段階で、なにが起きるかわかった物じゃない。最悪、死すら有り得る。むしろそっちの方が可能性が高いわね」
「そうね。私としても患者にそんなリスクを冒して欲しくないわ。そこで三つ目」
「もう……随分ともったいつけるわね」
「せっかくの見せ場なんだもの。これくらいいいじゃない。三つ目は女王華の蜜を飲む事」
「女王華――トレントの上位種か」
コルティナは顎に手をやって思案する。
女王華はトレントの上位種、エルダートレントのさらに上の存在とも呼ばれ、枯れ木のようなトレント種の中にあって唯一花を咲かせるモンスターだ。
そしてそこから生み出される種は、新たなトレントに成長するという話だ。
もっとも、それを実際に目にした者はほとんどいない。それ程に希少なモンスターなのだ。
「発見報告そのものがレアよね。そっちも望み薄なんじゃない?」
「ところがどっこい。このラウムという国ではそうでもないのよ。エルフ達の住まうこの森の国では、トレントはそう珍しいモンスターじゃないわ」
「そうね。敵対的なモンスターでもないから、あまり討伐依頼も出てないけど……待って、数が多い?」
「そう。さすがに察しがいいわね。トレントの発生理由は女王華の繁殖以外にも色々あるけど、このラウムでは特にトレントが多い。それはつまり――」
「ラウムに女王華が存在する……」
森という特殊な環境にあるラウム森王国では、植物系や魔獣系のモンスターが多数出現する。
特に植物系のモンスターは他国よりも遥かに多い。
そんな中で中立的な反応を返すトレントは、あまり敵とはみなされていない。それよりも倒さねばならないモンスターが、他に存在するからだ。
そういう環境故か、穏和な植物系モンスターがこの国には多数存在する。アルラウネやトレント、ドライアードなどがその代表である。
つまりこの国は、女王華にとっても、非常に暮らしやすい環境とも言える。
「確かにこの国なら、根城にしてもおかしくないわね」
コルティナがポツリと呟く。その直後――
「話は聞かせてもらったぞおぉぉぉ!」
ズパンと勢いよく医務室の扉が叩き開けられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます