第63話 虚弱の原因

 生徒達が身長や体重を測っては、次の測定に向かっていく。

 体重測定の列に並びながら、俺は手元にあるファイルに記入された数値を見て、こっそり溜息を吐いた。


「……背、あんまり伸びてない」

「ニコルさんは小さいですものね」

「小さい言うな」


 そういうレティーナのファイルを覗き込むと、俺より十センチ以上も背が高い。

 彼女はクラスでも特に背が高い方だから、俺と並ぶと非常に大人っぽく……というか歳より上に見える。

 逆に俺は、まるで人形のような印象を受けるだろう。


 しかしここまで体格の伸びが悪いとなると、精密検査で異常がある方がありがたいかもしれない。

 マリアには悪いが、天然でこれというのは、少々将来性に不安がある。

 隣に立つレティーナは歳にしては背が高いので、俺と並んで立つとこちらが見上げないといけない。結構……いや、かなり癪に障る。


 今日は放課後にようやく精密検査の準備が整う。

 俺だけ二回、ここに来なければならない。


「せめてコルティナくらいの身長は欲しい。マリアまでとは言わないから」

「それは望み薄ですわねぇ」

「なにおぅ!」


 コルティナは猫人族なので、人間の平均値よりは少し背が低い。マリアは華奢な体格だが身長は平均的だ。肉付きも悪くはないが、やはり細さの方が目を引く感じである。

 ライエルの体格の良さは、言うまでもない。長身で、それでいて暑苦しくならない程度の筋肉を併せ持つ。

 その子であるにも関わらず、俺の身長はその三人のそれよりも低くなりそうだ。


「まて、レティ!」

「ヤですわ!」


 皮肉をぶっ放したレティーナを追いかけるべく、俺は列を離れた。

 しかしその俺の脇に手を差し込んで持ち上げた人物がいる。言うまでもなく、担任のコルティナだ。


「こらー、ちゃんと並んでないとダメでしょ」

「でも、レティが」

「言い訳しないの。ほら」


 俺は人形のように抱え上げられながら、体重計に乗せられる。

 そこに出てきた数値は、やはり平均的児童よりも少ない。


「ハァ……」

「おかしいわねぇ。家でもご飯たくさん出してるのに」

「たくさん出されても食べられないから」


 この身体の胃袋は非常に小さい。トースト半分でお腹が一杯になってしまう。

 活動に必要な最小限の食事しかとれないかのように、限界値が低い。


「うーん、食が細いとは聞いていたけど、ここまで太らないとは」

「太る言うな」


 俺は拳をコルティナの腹に叩き付けるが、全く効いた風な素振りを見せなかった。

 個人的にはドスッという感じだったのだが、実際はぽこんという間の抜けた音しか鳴らなかった。

 まぁ、今の俺の筋力ではそんな物だろう。





 そして放課後。俺は再び、医務室に訪れていた。

 俺の他には付き添いのコルティナと、隣の学舎からミシェルちゃんが来ている。後、オマケでレティーナ。


 扉を開いて中に入ると、そこには様々な測定器具が配置されていた。

 恐らく身体測定を終えた後、大急ぎで準備を整えたと思われる。


「いらっしゃい。それじゃさっそく始めましょうか」


 俺の顔を見るなり、女医は注射器を取り上げてニタリと笑って見せた。

 少し大きめの注射器をわざとらしく見せつけてくる。それにミシェルちゃんは一歩引いた。


「わざとやってる?」

「うん」


 ミシェルちゃんの反応に満足そうな笑顔を返す女医に、俺はじっとりとした視線を向けた。


「普通の子はこれを見ると、少しは怖がるんだけど……あなたは平気なのね?」

「痛いのはわりと慣れてるし」

「それは感心だけど、実はよくない事なのよ?」

「しってる」


 痛みは生命の危機を知らせる重要な信号だ。それを無視する事に慣れるという事は、命の危険に無頓着になると同義である。

 前世の俺はそれに慣れていた。その結果があの暴走……魔神との対決という結果を招いたのかもしれない。

 溜息を吐く俺の手を取り、女医は手早くアルコールを塗り付け、ぶすりと注射器を刺した。

 こちらが俯いた隙を突いて、滑らかな手付きで採血する。


「あうっ」

「油断大敵ね。じっとしておいてね」


 それから俺はいくつかの検査を受けた。

 血液検査に魔力検査。果ては視力測定まで。

 その結果を受けて、女医は考え込んでしまった。


「どう、結果は?」

「うん、だいたいわかって来たわね」

「そう! それで?」

「たぶん、魔力蓄過症」

「魔力蓄過症?」


 博識なコルティナですら、聞いた事が無いようだった。

 文字からすると、魔力を貯め込みすぎる症状か?


「これは魔力を体内に貯め込みすぎてしまう症状よ。内包量の限界を超えて貯め込んじゃうのが原因」

「それは、どういうこと?」


 俺は女医の言葉の先を促す。

 この貧弱体質の原因が分かるとあって、俺も気が急いていた。


「本来、魔力の内包量と解放力はそれなりにバランスが取れているものなの。それなのに、あなたはそれが取れていない」

「ふんふん」

「子供の頃には稀に起きる症状なんだけど、成長と共に解放力は成長して、症状は緩和されいずれは消える」

「ふん、ふん!」

「ところがあなたの場合、その差が大きすぎて、成長するまで持たないのよ。結果意識を失うまで貯め込んでしまい、気絶中にそれをゆっくりと放出する事でバランスを取っているの」

「ふむ、ふむ?」

「なにこの子、かわいい。頂戴」

「ダメ」


 拳を握り締めて話を聞きいる俺に、女医は唐突に方向転換した。

 俺の頭を抱え込む女医にコルティナは迷いなくNOを突き付ける。


「それはともかく、このままだと危ないのよ」

「危ないって? 気絶して解放しきれるのでしょう?」

「命の危険はないわ。気を失っている間の放出量は、平時のそれより大きいから」

「なら……」

「でも、それも限度があるの。貴方の場合は解放力の成長よりも内包量の方が伸びが高い。このままだと一日中気絶なんて状態になりかねない」

「そんな……」


 まだ幼いうちだから、これで済んでいる。このまま悪化すれば、事態は悪くなる一方だ。


「なおせるの?」

「治せない事は無いわ。要は解放力さえ大きくなればいいのよ」

「そんな真似ができりゃ、苦労はしないわよ」


 コルティナは『何を今更』と言わんばかりの表情で呆れて見せる。

 彼女も魔法に挫折した身だ。解放力の小ささという問題の大きさは、十全に理解している。


「本来なら訓練か成長でしかそれを伸ばす事はできない。だけど、特効薬が一つだけ存在するのよ」

「え?」


 女医はそう言うと、ニッコリと人の悪い笑みを浮かべたのだった。

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