第62話 身体測定の日

 それからしばらく、俺は学院に通いながら操糸による身体能力の補助の訓練を続けていた。

 初日にいきなり医務室送りになった事を受けて、俺はどうやら周囲に虚弱体質の箱入り娘として認識されたようだった。


「やはりライエル様に大切に育てられてたから……」

「ほら、この間も放課後に音楽室に出入りしていたそうだぞ」

「音楽室?」

「しばらくしてバイオリンの綺麗な曲が流れてきたとか」

「へぇ、さすが英雄の御令嬢は教養が違うなぁ」


 なぜかあの日、レティーナが引いたバイオリンが俺の演奏という事になっている。

 初年生に音楽はあるが、リコーダーによる基礎技術の習得しかないのが救いだ。もし実際に演奏する羽目になれば、ボロが出てしまう所だった。


 一々修正するのも面倒なので、俺はそれを修正する事無く、自席で編み物を続けている。

 この編み物は指先の動きを鍛えると共に、操糸の練習にもなる。

 ついでに出来上がったマフラーやセーターはプレゼントしてやれば喜ばれるので、一石二鳥だ。


 そんな訳で我が家にはマフラーやセーターが大量に存在していた。

 凝った所だとミトンの手袋なんてのもある。


 今編み物をしているのも、コルティナの物欲しそうな視線に負けたからとも言える。

 原因は簡単で、気軽にラウムまでやってこれるようになったライエルとマリアが、コルティナに俺の編んだセーターを見せつけて自慢したのがきっかけだ。

 それを見せつけられたコルティナが『私も欲しいなー、編んでくれないかなー』としつこくプレッシャーを掛けてきたのだ。

 無論強要ではないのだが、大家の要請ともなれば、断るのも気が引ける。


 おかげで俺は、朝から編み物に励まなければならなくなった。

 せっせと編み物に励む俺を、レティーナが珍しそうに見ている。


「珍しいですわね。貴方が女性らしい事をこなせるなんて」

「失礼な。というか、編み物は別に女性の専売特許というわけじゃないし」


 前世でも、人目の付かない所ではこうして指先の鍛錬をしていたし、つくろい物も俺とマリアで修繕していた。

 ちなみにライエルとガドルス、コルティナにこういう行為は無理だ。

 マクスウェルに到っては、針穴や糸目が老眼で見えないので、不可能である。


 こうして席に座って編み物していると、周囲のなんだか羨望するかのような視線が飛んで来る。

 そう言えば、今はその視線が無いな?


「ところで準備しなくていいのですの?」

「は? なにを?」


 そう言われて俺は視線を上げる。

 すると周囲には服を脱いだ生徒達がソワソワと待機していた。


「あれ、なんでみんな服脱いでるの?」


 男女同じ部屋で脱いでいるのだが、全員十にも満たない年齢なので、全く嬉しくない。

 話しかけてきたレティーナもパンツ一丁というありさまである。ウム、下は見事なカボチャだ。


「今日は身体測定の日でしょ?」

「あ、そうだっけ?」


 授業内容が文字の勉強とか、国の歴史とか、基本知識の授業ばかりなので、俺は授業を聞き流している事が多い。

 だから身体測定があるという話も、一緒にスルーしてしまっていたのだろう。

 俺一人遅れるというのも恥ずかしいので、即座に編み物セットを通学用のきんちゃく袋に詰め込み、スポンと服を脱ぎ放つ。

 基本ジャケットとシャツとスカートだけなので、脱ぐのは非常に楽だ。


 女性としては少々慎みの無い行動ではあるが、なにせ周囲も俺もまだ子供だ。

 更衣室すら用意されてない歳なのだから、羞恥心も持ちようがない。


「そう言えば今日は放課後にも検査だっけ?」

「検査……ああ、この間の」

「うん。精密検査」


 俺の精密検査と聞いて、教室内がざわざわとさざめいた。

 クラスメイトの女子生徒がおずおずと尋ねてくる。


「あの……ニコルちゃん、身体悪いの?」

「んー、ちょっと疲れやすいから、一度調べてみようという事になってね」


 胸の前で手を組んで、全身で心配してますって言うオーラが出ていて、子犬みたいな印象の子だ。

 ミシェルちゃんみたいな元気系の犬ではなく、甘えてくる愛玩系の子犬。


「えと、ゴメン。名前――」

「あ、そうだよね。まだ自己紹介してなかったし。わたしはマチス・ホールトンって言って、ホールトン商会の娘」

「ああ、あの」


 このラウムでも結構大きな商会だ。前世でもこの国を訪れた時、俺も何度か世話になった事がある。

 そうか、娘という事は当時のあの若頭の娘なのか。


「じだいを感じる」

「は、はぃ?」

「気にしないで。心配してくれてありがとう」


 俺は彼女に右手を出して握手を求める。彼女もおずおずとその手を握り返してくれた。

 ふむ、肌が白くてぷにぷにしてて、将来有望そうで大変よろしい。今は俺の好みから大きく外れているが。


「あの、お友達になってもいい?」

「もちろん。わたしはミシェルちゃんって子しか友達がいなかったから、うれしい」

「ちょっと、わたしは!?」


 後ろでギャイギャイ騒ぎ出したレティーナはスルーだ。お前はどちらかというと、面倒な子分。

 そこへ勢いよくドアを開いて、コルティナが乱入してきた。


「よっし、諸君。準備はきちんとしたようだね。そいじゃ身体測定に行ってみよう!」

「コルティナ先生、なんでそんなにテンション高いの……」

「女子はきちんとバストサイズを私に報告する事」

「いや、まだおっきくなってないし」

「男子諸君は今のうちにじっくり見とくんだぞ。将来は見たくても見れないんだから」


 コルティナの問題発言の直後、クラスの男子生徒の視線が一斉に俺に向かって集中した。

 さすがにその感触に全身鳥肌が立って、思わず胸元を隠してしまう。


「……コルティナ、余計なこと言わない」

「あはは、ごめーん」


 相変わらず戦時以外は騒々しい奴だ。

 俺は溜息を吐きながら、身体測定の場に向かったのである。

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