第61話 深夜の特訓

 その日の夜、俺は隠密の能力ギフトを使用して、コルティナの家を抜け出していた。

 昼に盗み出したピアノ線を活用してみるためだ。


 街の外に出るには門を抜けるか、壁を超えるしかない。

 そのため街中での実験になる。

 

 以前、人攫いと戦った貯木場。

 そこは既に衛士による調査が入り、現在は閉鎖されている。

 おかげで今は人目がなく、しかも障害物が多い。訓練にちょうどいい場所になっていた。


 あの神の言っていた、俺が最強になれるための能力。

 今まで俺は操糸の能力を、そのまま糸を操るために使っていた。

 だがそのままでは最強には程遠い。恐らく、使い方を工夫しないといけないはずだ。


 そこで考えたのが、自身に糸を纏わせる方法。

 俺に足りないのは筋力と持久力だ。だが糸を操る上では、スタミナの消耗は存在しない。

 俺の手足を糸によって操れるようになれば、スタミナ不足を補えるようになるかもしれない。


 そのための実験として、この場所にやってきたのだ。


「さて、と――」


 まずは腕に糸を纏わせて、カタナを手にする。

 俺の筋力ではカタナを片手で持つ事はできない。しかし、操糸で俺は自分の筋力と同じ程度の力で操れる。

 元の筋力と糸の助力があれば、片手でも剣を振れるかもしれないと考えたのだ。

 手始めにゆっくりと刀を持ち上げてみると、片手でも充分に保持する事ができる。


「お、意外といけるか……?」


 そう思って軽く剣を振る。持つだけではなく、剣を振れねば話にならない。

 するとたった一振りで――俺の腕が裂けた。


「あっつぅ!?」


 上着の袖口を裂いて、螺旋を描くように血が飛沫いている。

 しかもその勢いはかなり激しい。


「ま、まず――」


 俺は慌てて操糸を解除し、ピアノ線を腕から剥がした。

 腕の傷は結構深く、布を巻いた程度では誤魔化せないほどの出血をしている。


「まずいな、これ……どうしたら……」


 俺に治癒魔術は使えない。この怪我を隠し通すのは不可能だろう。

 明日の朝になればフィニアに気付かれる事は間違いない。


「あーあ、ギフトは強力な物ほどバックファイアも激しいんですから、気を付けないと」

「誰だ!」


 突然、背後から能天気な声が響く。だがその声には聞き覚えがあった。

 そこには想像通り、白一色の姿をした自称神がいた。

 相変わらず、見た目だけなら絶世の美少女。それがややヤボッたい眼鏡と、なぜか大型犬用の首輪を着けている様は奇妙な印象を与えてくる。


「お前……」

「ほら、手を出してください。本来こういう干渉はよくないんですけどね」

「どういう事だよ」

「ほら、わたしはこう見えても神様ですからぁ。大っぴらに人前に姿を見せるのはよくないんですよ」


 俺の手を取り、軽く叩く。それだけで俺の傷は消え失せた。

 呪文の詠唱も、魔法陣を展開する様も見えなかった。いや、一瞬だけ魔法陣が光ったか? なんにせよその一瞬で展開を終えるとか、信じられない熟練度だ。


「怪我もそうですけど、無理しちゃダメですよ。貴方は現在、色々不安定な状況にあるんですから」

「不安定?」

「魔法を使えない前世のあなたの魂を、魔法の素質ある素体の中に押し込めた訳ですから、そりゃ不都合も出るって物です」

「……どうしてそこまで、俺に目を掛ける?」

「ん~、ナイショです」


 愛嬌一杯の表情で、ウィンクを寄越す神。

 幼い少女のような姿をしているが、そういう仕草は妖艶さを感じさせる。


「それより、糸を外部動力に使うのは間違いじゃないですけど、糸ってそれだけじゃないですよ?」

「は?」

「あまりヒントを与えすぎるのは問題なので、これ以上は内緒ですけど」


 トンと、後ろに跳ねて俺から距離を取る。


「それじゃ、今後は気を付けて。レイド・アルバイン君」

「俺の姓まで知ってるのかよ」

「そりゃ、もちろん」


 アルバイン。それは俺が邪竜退治のために国を出る前に名乗っていた姓だ。

 貴族ではないのだが、それなりに裕福な一族だった。

 しかし俺は半魔人として生まれた鬼子だった。それであっさりと孤児院に捨てられた経緯がある。


 名を言い当てられた隙に、神はさらに一跳びする。影に紛れた一瞬で、この場から姿を消した。

 その痕跡はまったく残されていない。

 いや、完治した俺の腕だけがその痕跡と言える。


「どうせなら服も治していってくれよ、神様……」


 俺の上着はピアノ線でズタズタに裂かれていて、しかも血塗ちまみれだった。

 これでは洗濯にも出せやしない。この上着は廃棄しないといけないだろう。


 と言っても上半身裸で帰る真似は避けたいので、袖の部分だけ切り落として羽織る事にする。

 そして先ほど神に言われた事を吟味する。

 糸はそれだけじゃないと言っていたが、よくわからない。ただ、糸で筋力を補助するのは間違いじゃないとも言っていた。

 ならばこの使い方でも、考え方は間違っていないはず。


 ピアノ線ではなく毛糸を使って腕に纏わせ、先程と同じ要領で剣を持ちあげてみる。

 今度は毛糸の柔らかさもあって、腕が裂かれるような事態は起きなかった。


「剣を振る事はできるな……」


 しかし二度、三度と振っていくうちにブチブチと音が鳴り始め、やがて毛糸がぶつりと千切れてしまう。

 筋力補助に使うには、強度が足りなかったようだ。


「ふむ……朱の一、群青の一、山吹の三――強化エンチャント


 毛糸を強化してから先程と同じように剣を振る。

 二度、三度――十度。二十を超えても毛糸は千切れる素振りを見せなかった。


「これなら実戦でも行けそうだな。片手で剣を振れるだけでも、大きな進歩だ」


 片手で剣を振れるという事は、もう片方の手を自由に使えるという事だ。

 とは言え片手は糸を使うために開けねばならないので、実質的には似たような物か。


 続いて足に毛糸を巻き付け、機動訓練をしてみる。

 俺の操糸の能力は接触さえしていれば、自在に操る事ができる。つまり片手で最大五本まで扱う事ができる事になる。

 左手で糸を使い、右手と両足を操作すれば、大幅に戦闘力を増す事ができるだろう。


 毛糸の数を増やし両足を糸で強化して軽く一歩踏み出してみる。

 すると俺の身体は自身の想像以上の勢いで前に飛び出した。


「うおぉぉ!?」


 ブレーキを掛けそこなって、貯木所の木材に頭から突っ込んでしまう。

 ガツンと言う衝撃が鼻先に走り、目の前に星が散った。





 翌朝、俺は朝食を摂るために食堂へ向かった。

 顔を洗って、服を着替え、今のテーブルに着いた俺を見て、フィニアは不思議そうな声を上げる。


「ニコル様、その鼻はどうしたんです?」


 俺の鼻は、トナカイもかくやという程赤く腫れあがっていたのだ。

 その顔を見て、驚きの表情を浮かべるコルティナとフィニア。


「ちょっとベッドから落ちた」


 憮然とした表情で俺はそう告げ、フィニアの運んできたホットミルクに口を付けたのだった。

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