第67話 風格の崩壊

 転移テレポートを使える術者が二人という事もあって、それぞれの装備はかなり軽めになっている。

 水とオヤツ代わりの保存食程度しか持っていないメンバーが大半だ。

 そもそも、このメンバーで長期戦になるとはほとんど考えられないので、それも当然と言える。


「それじゃそろそろ……もぐ、行くとするかの?」

「干し肉齧りながら言ってんじゃないわよ。相変わらず緊張感のない」

「このメンツが集まって、何事が起きると言うんじゃ?」


 むしゃむしゃ干し肉を齧りながら、転移魔法を唱えようとするマクスウェルにツッコミを入れるコルティナ。

 それを懐かしそうに見る、ライエル達三人。

 この街に引っ越した俺達にとっては日常の光景なのだが、彼等にしてみれば十七年振りの光景なのだ。 


「すぐ慣れるよ?」

「そうね。もう毎日のように見ていた光景だったから、少し懐かしくなっちゃったわ」


 俺を抱いたまま、マリアは感慨深そうにそう呟く。

 彼女もまた、パーティを解散するきっかけになっただけに、後ろめたい気持ちは少なからず持っていた。

 少ししんみりする俺達の感情などどこ吹く風で、マクスウェルは今後の予定を説明し始めた。

 この空気を読まないところも、奴の持ち味だ。


「この後、南の女王華のいる森まで飛んで、そこから徒歩じゃ」

「直接いる場所には飛べないのか?」


 真っ先に反応したのはライエルだ。

 邪竜の鱗の鎧を身に纏ったライエルとガドルスは、通気性に問題がある。前世でも湿度の高い森の中では、いつも愚痴を漏らしていた。

 今回も森の中を徒歩で進むと聞いて、嫌な表情をしたのも頷けた。


「奴らもトレント種だからの。放っておくとホイホイ出歩いてしまうんじゃ。以前いた場所にまだいるとは限らんわい」

「それもそうなんだが……森の中か」

「蒸し暑いのぅ」

「お前は暑さに慣れてるだろ。マタラの出なんだから」


 マタラ合従国。大陸東方にある非常に峻険な山と広い港湾部の海に囲まれた、蒸し暑い国である。

 そこ出身のガドルスは、暑さには多少耐性があった。


「それでも不快な事には変わりないわい」

「あんた達はまだいいわよ。私なんて、毛がぺったりしちゃって大変なんだから」

「剃れ」

「猫人族の誇りの尻尾の毛を剃れと!? あんた、少しそこに直りなさい。その髭を剃り落としてあげる」

「ドワーフの自己同一性アイデンティティを剃り落とすな! ヒゲこそドワーフで、ドワーフとはヒゲなんじゃ!」


 ヒゲと尻尾を掴んで取っ組み合いを始めたコルティナとガドルス。

 これも昔はよく見た光景なのだが、十七年振りの光景だ。

 そこへ仲裁に割り込むライエル。


「まぁまぁ。久し振りでテンション上がるのはわかるけど、出発前だから……」

「なにを他人事みたいに。ライエルも剃りなさい!」

「どこをだよ!?」

「髪」

「まぁ。ハゲは少し嫌ねぇ。ただでさえ、この頃少し薄くなってきてるのに」

「え、ライエル薄毛になってるの? マジで?」


 マリアの衝撃発言にピョンピョン飛び跳ねて頭頂部を見ようとするコルティナ。

 だがライエルもそれなりに若く見えているが、実は五十が見えている。寿命の長いドワーフや猫人族とは違い、老いが目に見え始めているのだ。

 その気配が欠片も見えないマリアが異常なだけである。


「なんか……予想してたのと違いますわね」

「ン、なにが?」


 騒々しい英雄達を目にして、レティーナがポツリと呟いた。

 彼女としては、理想の体現者たる英雄は、重厚にして寡黙。お互い目と目で通じ合うような、そんな光景を期待していたのだろう。

 だが実際の俺達なんて、こんなモノだ。


「ライ――パパ、わりとダメ親父」


 マリアに人形のように抱え上げられたまま、俺はビシリとライエルを指差し、そう言った。

 確かに奴は戦闘では他に類を見ないほど頼りになる存在だが、家庭内ではかなりダメだ。

 小器用に日曜大工を行うでもなく、休み無く周囲のモンスターを狩るために呼び出されるため、家族サービスも少ない。

 無論、俺達を愛している事は充分に理解しているのだが、それを体現するのが非常にヘタクソである。

 結果過剰なスキンシップに出る事が多く、俺に鬱陶しがられているのが実情だ。


「その……さすがにそれはないと思いますわよ? ほら、予想以上にフレンドリーというか、庶民的とか、そういう感じで――」


 身も蓋もない俺の指摘に、レティーナは必死に取り繕おうと頑張ってみるが、心にもない用語は無駄な抵抗に終わった。

 村でも見ない光景に、ミシェルちゃんは笑いを噛み殺すのに必死である。


「ほれ、ジャレるのもその辺にしておけ? そろそろ行かんと日が暮れてしまうわい」

「まだ朝よ、マクスウェル。ひょっとしてボケが始まっちゃったのかしら?」

「マリア、お主も言うようになったの……」


 滅多にないマリアからの毒舌に、マクスウェルはショックを隠せない。

 だが俺は知っているぞ……俺達の中で一番黒いのは、間違いなくマリアだ。


「まぁよいわ。ほれ、『門』を開くぞ」


 個人指定で座標に干渉して空間を転移するテレポートと違って、九人の大所帯となると、魔力の負担があまりにも大きい。

 そこでマクスウェルは、個人の位置情報に干渉するのではなく、地面の位置情報に干渉するさらに上位の魔法転移門ポータルゲートを使用するらしい。

 奴の魔力ならば九人だって送れるのだが、消耗は少ない方がいい。


 地面に開いた薄い銀色の揺らぎが、『門』が発生した証明である。

 ここにライエルが飛び込み、続いてコルティナ、マリア、マクスウェルと飛び込んでいく。


「ワシは最後に飛ぶから、先に行くがよい」

「え、あ……はい」


 ガドルスが最後に残るのも、いつも通りだ。

 飛んだ先の危険に対処するため、真っ先にライエルが。続いて高度な判断を行うためにコルティナが。危険な状況ならライエルを補佐するためにマリアが。

 そういう想定で転移していったのだ。

 ガドルスが最後に残っているのは、後発組に危険が及ばないようにするためである。


 こういうコンビネーションは、何年経っても未だ変わらない。

 ミシェルちゃんとレティーナ、トリシア女医が相次いで飛び込んでいき、最後に俺が『門』をくぐる。その俺の後にガドルスが続いてきた。


 こうして俺達は、ラウム南方の森林地帯までやってきたのだった。

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