第68話 南の森


 ゲートをくぐると、周囲の光景が一気に変化した。

 四月だというのにムッとするほどの熱気。じっとりと肌に纏わり付く様な湿度。青臭い、鼻を突くほどの緑の臭気。

 先に待ち受けていたマクスウェルが、全員の到着を確認して口を開く。


「女王華の住む森は環境が安定しての。周辺の生態系を制圧するので、危険なモンスターもいなくなるんじゃ」

「へぇ……」


 その説明を聞き、耳を澄ます。


「グギャアアアアアアアアア!」

「クケケケケケ! クケケケケケ!」

「シャギャギャギャギャ!」


 聞こえてくる獣達の猛々しい声。ところどころで争うような地響きの音も混じっている。

 背の高い樹木で日光は遮られ、薄暗い光景と相まって、とても平和な森とは思えない。


「マクスウェル、どう見てもここに女王華はいない」

「……………………そのようじゃの」


 俺の指摘に、マクスウェルは悄然しょうぜん項垂うなだれたのだった。

 生態系を女王華が掌握して、均衡が保たれているのなら、このようなモンスター同士の争う音は聞こえてこないだろう。

 そうなると、この近辺には女王華がいないという事になる。


「捜索に時間がかかるかもしれないな。非戦闘員の四人は固まって中央へ。俺が先頭を行くからコルティナはその後ろを、マリアとマクスウェルは左右を固めてくれ」

「ワシは例によって一番後ろじゃな」

「ガドルス、頼むぞ」


 手早くライエルが指示を飛ばす。

 かつてはコルティナの代わりに俺がライエルの横に立ち、罠の検索なども請け負っていた。

 しかし今は俺がいないので、ライエルが前線を一人で引き受けねばならない。


「なぜ守りの要のガドルス様が最後尾ですの?」

「あ、それはね――」

「それは後方からの襲撃に備えるから。森の中とか視界の悪い場所だと、むしろ後ろからの襲撃の方が危ない」


 レティーナがパーティの配置について疑問を呈していた。これは新人が良く持つ疑問だ。

 コルティナが何か言いかけていたようだが、俺がその先を制して説明してやる。


「へぇ?」

「野生動物は警戒心が強いから、先頭を正面から襲い掛かるって事は、ほどんどない。だから警戒する重要性が他の場所より高くなる」

「ほぉぉぉ」


 感心するレティーナと、ミシェルちゃん。

 おい、ちょっと待て。


「ミシェルちゃんは狩人だから知ってるでしょ?」

「そんな理由があるとか知らなかったぁ」

「惰性でやってた!?」


 ある意味素直な彼女は父親に教えてもらったセオリーを、そのまま飲み込んでいたようだ。

 意味を知らずに継承するのは、あまりよくない傾向だ。状況への応用力を奪う。


「そうね、惰性はよくないわよ。それに警戒も――」


 コルティナがそこまで語った所で、俺は背中のカタナを引き抜き、一閃――しようとした。

 しかしそれより早く、コルティナの長杖が振り抜かれていた。反応したのは俺の方が早かったのだが、彼女の方が攻撃速度が速かったので、追い抜かれたのだ。


「必要ね!」

「ひゃっ!?」


 ゴッという衝撃音と共に赤い飛沫が散った。

 そこには木の枝からぶら下がり、鎌首をもたげて襲い掛かろうとしていた蛇が一匹。

 レティーナに襲い掛かろうとしていたそれは、コルティナの一撃で見事に頭を潰されていた。


「こんな風に森の中は危険が一杯なのよ」

「それにしても、コルティナはともかく、ニコル……だったか? 嬢ちゃんの反応は早かったな」

「そうね。私より早く動き出したからびっくりしたわ」


 元々斥候職を担当していた俺は、周辺への警戒心が強い。

 野生動物の襲撃なら先手を取られる事はほとんどない。ヴァルチャーの時のように、索敵範囲外から急襲されない限りは、だが。

 しかし、レティーナの安全が掛かっていたとはいえ、迂闊に動いたのはよくなかったか?


「えっと、ミシェルちゃんと森によく行ってるから」

「そういえば、ニコルちゃんは獲物見つけるのが上手いの。わたしより先に見つけて、こっそり近付いてシュバッてやっつけるんだよ」

「へー、猟師のミシェルちゃんより狩りが上手いなんて、将来有望ね」

「斥候職の才能があるのかもなぁ。どっちに似たのやら」

「ニコルは有能なのよ」


 感心するコルティナとガドルスに、マリアが胸を張って自慢していた。

 俺を褒めてくれるのはありがたいが、あまり注目を浴びるのは正体がバレる危険性がある。

 どう話を逸らそうか、そう俺が思案していると、かすかに地面の揺れる振動を感知した。


「ん?」


 地震のような、継続的に揺れる感じではなく、地面を定期的に叩くような振動。

 これは明らかに大型獣の歩く地響きである。

 先程の件も有るし、報告するべきかどうか、俺はそれに頭を悩ませた。

 しかし、結論を出すまでもなく、ライエルがその振動に気付いた。


「静かに、どうやら敵が来たぞ。それも蛇と違って……大物だ」


 敵を警戒して聖剣を引き抜き、襲撃に備えるライエル。それに呼応してガドルスも盾を構えて前に出た。

 メキメキと大木をへし折りながら、やがてその巨体が視界に入ってくる。

 森の木々を薙ぎ倒しながら現れたのは、身体の各所に炎を纏った巨人……ファイアジャイアントの姿だった。

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