第69話 英雄の実力

 炎の巨人――ファイアジャイアントは、こちらの姿を認めて、声にならない雄叫びを上げる。

 一応知性はあるモンスターのはずなのだが、交渉する余地は全くなさそうだ。


 ファイアジャイアントとは、火山地帯に住むモンスターで、火に対して強い耐性を持つ。

 それどころかドラゴンのようにブレスを吐く事もでき、非常に危険な攻撃力も持っている。

 気性は荒く、知性はあれど、穏便に事を済ませられる事はほとんどない。

 五メートルを遥かに超える肉体は強靭の一言で、その剛腕から繰り出される一撃は岩をも砕く。


 コイツが現れたら、半端な冒険者では太刀打ちできない。

 下手をすれば軍隊の出動すら必要になるほどの、危険なモンスター。それがファイアジャイアントである。


「なんだ、ファイアジャイアントか」


 天をくような巨体。その威容を前にして、ガドルスはがっかりしたような声を上げた。


「ああ。あの地響きならアースドラゴンくらいは来るのかと思ったけど、そうでもなかったな」

「作戦は必要ないわね。正面からねじ伏せなさい」

「ワシ、サボってていい?」


 ライエルも期待外れを口に出し、ぶらりと剣を下げた。

 コルティナに至っては思考を放棄し、マクスウェルはそばにあった石に腰を下ろしている。


「――お前ら、ちょっとは警戒しろよ」


 そのあまりのだらけっ振りに、俺は思わず前世の口調でツッコミを入れるが、幸い誰の耳にも届かなかったようだ。


「な、なにを……ファイアジャイアントだなんて、人間の手には……」

「早く逃げなきゃ、逃げよう、みんな」


 ガタガタと震えて抱き合っているミシェルちゃんとレティーナ。トリシア女医に至っては腰を抜かしてへたり込んでしまっている。

 まぁ、これが普通の反応だろう。一般人には対処の仕様のない災厄。それがファイアジャイアントなのだ。


「しかし、俺達は一般人じゃないんだよな」


 ポツリと口の中だけで呟く。

 それを証明するかのように、ライエルとガドルスがぶらぶらとファイアジャイアントに近付いていく。

 まるで散歩するかのように、気楽な歩調。

 自身を恐れる素振りすら見せない二人に、警戒しつつもブレスを吐き掛けるべく大きく息を吸い込む巨人。


 両者の間に――いや、巨人の側にだけだが――緊張の糸が張り詰める。

 逆に、ライエルに至っては欠伸すら噛み殺していた。

 その様子に怒りを覚えたのか、ファイアジャイアントは怒りの叫びを上げつつ炎の吐息を吐き掛けた。


「ブルルルルオオオォォォォォォォ!」


 吐き出された炎がライエルに到達する直前、ガドルスが奴の前に踏み出し盾を構える。

 その盾に弾き返され二つに分かれるブレス。

 掻き分けられたブレスは勢いは衰えさせる事無く後ろへ逸れていき、俺達に襲い掛かる。

 そして俺達が炎に巻かれる直前に、マリアが一言で魔法を発動させた。


神の檻ホーリージェイル


 光の檻を生み出す魔法。檻の中と外を完全に遮断する、マリアの持つ最大級の防御魔法。

 かつて邪竜のブレスすら防ぎ切った、あらゆる物を隔絶する防御魔法。

 俺たちはマリアの魔法に守られ、周囲を炎に囲まれたにも拘わらず、欠片も熱気を感じさせる事は無かった。


 やがて巨人の息も途切れ、ブレスが収まる。

 そしてそれと同時にライエルが踏み込んでいく。

 ブレスは呼吸の一種でもある。息が続か無くなれば吐き続ける事はできない。

 しかし攻撃できない訳ではない。ファイアジャイアントにはその剛腕が残されている。


 踏み込むライエルに向けて、振り下ろされる拳。岩すら撃ち砕くそれを、軽々と躱し巨人の足元へと滑り込んでいく。

 そのまま擦れ違い様に剣を一閃。

 一瞬遅れて、巨人の膝裏から血が飛沫いた。


「グギャアアアアアア!?」


 擦れ違い様に膝裏の腱を切られ、片足の自由を奪われる巨人。

 悲鳴を上げて態勢を崩し、かろうじて片手を地に着いて転倒を防ぐ。

 だが地面に手を着き、片膝を着いた恰好は、言うなれば頭を下げた姿勢でもある。

 そこへガドルスが飛び掛かり、手にした大戦斧グレートアックスを一振りした。


 ゴキン、という骨と鋼のぶつかる重い音。


 同時にファイアジャイアントの頭部から派手に血が飛び散った。

 しかしガドルスは攻勢に秀でた男ではない。一撃で巨人を仕留めるまでには至らない。

 それでも頭部の傷からは大量の出血があり、その血飛沫が視界を塞ぐ。


 狭い視界の中、自分に痛撃を加えたガドルスに拳を振るおうとする巨人。

 だがガドルスはその拳を軽々と盾で受け流した。


「フン、この程度なら邪竜の足元にも及ばんな」


 普通ならば肉体ごと叩き潰されてもおかしくない一撃。しかしガドルスにとって、それほど重い物でもなかった。

 むしろそよ風のように受け流し、巨人の姿勢を崩させる。

 そこへ擦れ違ったライエルが戻ってきて、聖剣を一閃させた。


 一拍の間を置き、ずるりと巨人の首がずれ落ちる。


「グ、グォ――?」


 背後からの一閃に、なにが起きたのか理解できずに間の抜けた声を上げる巨人。

 その声は、首が地面に転がってから、ようやく発せられた。

 それ程に、ライエルの一撃は鋭く、鋭利だった。


「ま、こんなもんだな」


 聖剣を一振りして、血糊を払い、鞘に納めるライエル。

 ガドルスも斧を振って血を払ってから背中に吊るし直していた。


 軍隊の出動すら必要とするモンスターも、この二人に掛かれば赤子の手をひねる様に、容易く首を落として見せるのだ。


 ファイアジャイアントというモンスターは、これほど簡単に倒せる敵ではない。

 その皮膚は硬く、体力は豊富で、本来なら膝を着かせることも難しい。

 それを容易く為せたのは、ライエルの技量と聖剣の切れ味のおかげだ。


「こ、こんなもんって……ファイアジャイアントをあんなに簡単に……」


 ようやく正気を取り戻したのか、トリシア女医が呻くように口にする。

 だが俺にしてみれば、ライエルやガドルスの実力をもってすれば、この程度は想定内だ。


「別におかしくないわよ。だってライエルだし。それにレイドがいれば、接近すら許さなかったかもね」

「そうだな……あいつがいれば、近付く前に足をざっくりやって、動きを封じてくれたものな」


 確かにかかと辺りに糸を絡めれば、腱を切る事もできただろう。

 後は身動きできなくなったファイアジャイアントを、好きなように料理すればいいだけだ。


「これが六英雄の実力……想像以上だわ……」


 トリシア女医の感想に、ミシェルちゃんとレティーナが人形のようにコクコクと頷いて同意したのだった。

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