第532話 迷宮からの脱出路
クファルが次に意識を取り戻したのは、どれほど時間が経った頃なのか。
少なくとも入り口から差し込む光は存在しなくなっていたので、半日は経過していたと判断できる。
どうやら核の近くで戦闘が起き、その際の流血が彼の元へ流れ込んだことで、わずかながら核を修復し、スライムの液体の身体を取り戻すに至ったらしい。
「今、は……よ、るか……」
液体の身体を取り戻したことで、ようやく発声が可能となっていた。
そのままズルズルと力なく這い回ることで、道端の埃などを吸収していく。
迷宮の隅にはやはりゴミなども豊富に積もっているため、どうにか自由に行動するだけの体積を取り戻すことができた。
「まったく、酷い目に遭ったものだ」
愚痴を漏らしながら、少し離れた角から入り口の方向を見やる。
今はバハムートの姿は存在しないが、前回一歩踏み出そうとしただけで目の前に現れたことから、こちらの存在には気付いているかもしれない。
夜だから大丈夫などと考えるのは、さすがに楽観的すぎるだろう。
「これはあそこから外に出るのは不可能だな……」
とはいえ、他の出入り口など、クファルの知識には存在しなかった。
いや、一つだけ心当たりがある。この世界樹は半ば過ぎでへし折られている。つまりそこから先は外ということだ。
上空まで竜神が見張っているかは未知数だが、このまま一層の入り口から出ようとするよりは可能性がある。
それに、千を越える階層があった頃なら登頂は不可能だっただろうが、半分ほどに折れた現在ならば、それも可能かもしれない。
ましてや隠密能力に優れたスライムに、人の知能を持つ自分なら、どうにかなるかもしれなかった。
そう考えて、クファルはさらに奥へと歩を進めることにした。
擬態を駆使してモンスターの遺体などを吸収することで、どうにか元のサイズに戻ることができた。
しかし、急激に体積を増やしたことにより、成分が薄まってしまい、毒素が減っていた。
この状態では、クファルは通常のスライムと大して変わらない能力しか発揮できないことになる。
「しばらくは不意打ちくらいしかできそうにないな」
真正面からでは冒険者どころかコボルド相手でも危ないかもしれない。それほどにクファルの力は弱っていた。
だからと言って、いつまでもこの迷宮に居座るわけにはいかない。
しかし唯一の出口はあの竜神が見張っており、ひょっとしたら他の出口も監視している可能性がある。
登頂すればどうにかできるかと考えていたクファルだが、上層に登れば敵の能力も上がり、生存が難しくなる。
「くそっ、どうにも八方塞がりだな。他に良い手は……」
そこで、ふと気が付いた。
自分は知能あるスライム。その特性をどうにか活かせないか、と。
例えば不定形の身体は、核さえ通れれば通り抜けることができる。そしてその核の大きさも指の先ほどしかないので、かなり自由に潜り込めるはずだ。
たとえば……
「この、世界樹の道管の中とか?」
世界樹の道管は、その巨体に相応にかなり太い。主道管にもなると、人が潜れるほど太くなる。
それは街からの脱出路として、枯れた根を調べた時に知っていた。
さすがにこの迷宮内でそれほどの規模の道管を見つけるのは難しいかもしれないが、核を通せる程度の道管ならば、見つかるかもしれない。
「いや、ひょっとすると、どうにか穴を開けるくらいなら出来るかもしれないな」
物を侵蝕することにかけては、スライムはこの世界有数の能力を持つ。
この世界の根源たる世界樹とて、完全無欠ではない。破戒神に破壊されたことが、その証左である。
クファルにはこの世界樹の外壁に穴を開けることは不可能かもしれないが、細い道管に核を通すだけの穴を開けることなら、可能かもしれなかった。
「物は試し……いや、むしろそれしか手が無い状況か」
覚悟を決めて、クファルは迷宮の壁に取り付き、侵蝕を開始した。
一瞬で穴を開けるという真似は、さすがにできない。じわりじわりと壁を溶かしている間にも、他のモンスターに襲われるかもしれない。
それでも、無策でこの迷宮を登るよりも、遥かに生存の可能性があった。
「クッ、やはり硬いな。侵蝕が捗らない」
じわり、じわり、と木でできた壁を溶かし、取り込んでいく。
どうにか核が通れるほどの穴を壁に開けたが、その先に道管は存在しなかった。
みっしりと詰まった樹木の壁だけが続いており、近くに道管はなさそうだった。
「ハズレか。しかし別の場所にないとも限らないし、当たりが出るまで続けるだけだ」
そうして、別の場所に向かい何度も穴を開けていく。
どれほど時間が経ったのか、何度穴を開けたのかわからなくなってきた頃、ようやく穴から樹液が噴き出してきた場所を発見した。
「やったぞ! しかもこの道管、かなり太い!」
噴き出してくる水の勢いは強い。それもそのはずで、壁の向こうに広がっていた空間は数十センチはありそうだった。クファルの核を通すのに充分な太さである。
水の勢いに負けないよう、ねじ込むように核を滑り込ませる。その際に再生した身体の大半を捨てることになってしまったが、道管の中にある樹液を取り込めば、すぐに補填できるだろう。
後は水圧に身を任せながら、上層へ向かって駆け上がるだけだった。
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