第478話 フィニアの取り合い
誰が潜入捜査するか。そこに思考を巡らせた俺は、隣のテーブルに目をやった。
そこには使用人の三人と早食い勝負を繰り広げるクラウドとミシェルちゃんの姿があった。
口いっぱいに肉を詰め込んだ彼女の姿は、元気いっぱいで実に彼女らしくはあるが、貴族の駆け引きが要求される学院高等部に向いているかというと、明確にノーだ。
「アレは……ダメだ」
「そうですわね」
「そうなると、わたしとレティーナなんだけど」
「待て、おぬしら、ひょっとして自分で潜入する気なのか?」
「そりゃ、マクスウェルやコルティナが、こっそり調査なんてできるはずもないし? 時間がないなら潜入してさっさとカタをつけなきゃならないし?」
「確かにレイ――ゴホン、ニコルならその辺は上手くやれるかもしれんが、レティーナまで一緒というのは、さすがに危険だ。ライエルやマリアのことも考えてやれ」
「ム、そういわれるとさすがに……でも、レティーナのためだし」
「他に人材はいないのか?」
ガドルスに問われ、俺は近い年頃の仲間を思い出す。
二十歳くらいのマークたちなら、何とか潜り込めなくもないだろうが……
「マークが魔術学院の高等部に? ぜったい無理だ」
「うぬぅ……」
そもそも彼らは魔術が使えない。『魔術』学院に侵入するのはさすがに無理がある。
同じ理由で、ラウムの冒険者たちも難しいだろう。特に十四歳くらいの病気をこじらせ続けているケイルでは不可能だ。
「まかせる、しかないのか……いや、しかし……」
「無茶はしないよ。それに貴族のボンボン相手に、わたしが後れを取るとでも?」
「そうやって慢心して、痛い目を見たばっかりだろう」
「それはまた痛いところを。でも、慎重にやるし、調査だけで済ませて後はマクスウェルに任せるから。相手は貴族の公爵様だからね」
「正確にはその息子だけどな。まあ、それくらいしか手はないか?」
「いえ、もう一つ問題がありますわ」
「というと?」
どうにかガドルスを説得したところで、レティーナから指摘が飛んできた。
「メトセラ領の魔術学院高等部は全寮制ですのよ? そして入学者の大半は貴族」
「ふむふむ?」
「普通は身の回りの世話をする者が、数名ついていますわ」
「それならフィニアがいるじゃない」
「あら、フィニアさんはわたしの付き人になってもらう予定でしてよ?」
「はぁ!? ちょっと待って、レティーナも一緒に来るつもり?」
「いったでしょう。舞台は貴族たちしかいないような学園ですのよ? ニコルさん、そこで貴族の作法とか、ちゃんとこなせます?」
「うっ……一応、マクスウェルから淑女教育は受けてる……」
「ぶげほっ!?」
「んぐっ、こほっ、けほっ!」
俺が淑女教育を受けているといったところで、ガドルスとフィニアが飲み物を噴き出していた。
俺がレイドだと知っているだけに、そのミスマッチに
こっちを見るな。俺だって記憶から消したいんだ。
「何年前の話ですか。それに付け焼刃ではあっさり見抜かれましてよ。そんな時のフォローにわたしの手は必要不可欠ではありませんこと? それに、わたしの顔は相手にも伝わっています。こんな時期に転入生なんて目立たないはずはないのですし、わたしが一足先に転入すれば、カインの注意はわたしに向きますわ。少しでも注意を逸らしませんと」
「それは確かにありがたいんだけど……でも、なんでフィニア?」
「わたしもできるならば、ニコル様に付きたいのですけど」
「うちの使用人の質は、見ての通りですもの。ましてや従者となると、荒事にはとことん向いてませんの。その点、フィニアさんなら戦えて、しかも従者としての素養は満点ですし。それに囮として動くなら、護衛には信頼できて、腕の立つ方が欲しいですもの」
「確かにフィニアなら適任だけど、ならわたしはどうするの?」
「どなたか、心当たりはありませんの?」
「うーむ?」
貴族の作法をきちんとこなし、しかも従者としての能力が高い知り合いなんて、俺にはいない。
しいていえば、マリアがそうかもしれないのだが、マリアを引き連れて行ったりすれば、死ぬほど目立ってしまう。
大人しい外見といえばマチスちゃんもそうだが……そういえば彼女も今は何をしているのか。
「とんと心当たりがな――」
ない、といいかけて一人、思い当たった。
しかしいいのか、アレ?
「――くもない?」
「あら、従者の心当たりがあるとは思いませんでしたわ」
「いや、フィニアを横から掻っ攫っておいて、何その言い草」
「ニコルさんなら、最悪従者なしでも大丈夫かな、と」
「それだと目立っちゃうでしょ」
「そうですわね。だからうちの使用人を派遣しようかと。荒事はできませんけど、ニコルさんなら自衛できますから」
「それはそうだけどね。心当たりの人物なら、少なくとも荒事には対応できそう」
「それはなによりでしたわ」
問題は――人じゃないってところなんだけどな。
まあ、それはなんとかなるだろう。そうと決まればさっそく交渉に向かうと……
「あの、ニコル様。我々はいつラウムに送っていただけるのでしょう?」
「あ、わすれてた」
早食い勝負はミシェルちゃんの圧勝で幕を閉じたようだ。
クラウドと使用人二人ほど、腹を抱えて悶絶しているが、この結果も想定内である。
ミシェルちゃんの胃袋は、俺にとっても未知の領域なのだ。
「どのみち動けなさそうだから、もう少し食休みしておきなよ。その間に、こっちは人を集めてくるから」
「わかりました。ですが御屋形様に早くお知らせしたいので、できれば早めにお願いします」
「りょーかい、りょーかい。待っててね」
軽くウィンク一つ返して、俺は
行先はアレクマール剣王国のマレバ山。アストこと、風神ハスタールが隠遁する山である。
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