第479話 学院長の誤解

 エスコートする金髪の少年――デンの案内で俺は魔術学院高等部メトセラ校の理事長室にやってきた。

 元々オーガのデンだが、今ではかなり背も低くなり、角も目立たないほどの大きさになっている。

 濃い色の肌も白くなり、髪も生え、サラサラの金髪も相まって白皙の美少年といってもいい外見をしていた。

 アスト、もといハスタール神の教育で、執事としての能力も高い。今回の任務には最適といえる存在だ。

 そんな彼に、一見たおやかな俺がエスコートされているのだから、当然目立つ。

 途中の廊下でも、注目度は異様に高かった。多少愛想よくするために眼帯を外してきたが、ここまでの目立ちようは計算外……いや、デンがここまで美少年化を進めていたということ自体が計算外である。

 理事長室の前までやってきて、デンは俺の代わりに扉を四度叩き、中からの返事を待つ。


「誰かね?」

「本日より本校に転入いたします、ニコルと申します。理事長に挨拶に参りました」

「ああ、話は聞いているよ。入りたまえ」


 なるべくしおらしく、丁寧に挨拶をした俺に、どこか横柄な印象を与える声が返ってきた。

 もっともこの学院内で、有数の権力を握っている理事長なのだから、それも当然かもしれない。

 ちなみにおそらく最高の権力を握っているのは、カイン・メトセラ=レメクである。

 一生徒ではあるが、公爵家の長子という立場と、黒い噂が事実だった場合の金の力を考えれば、理事長を軽く上回るだろう。


「失礼します」


 デンが許可を待ってから扉を開け、そのエスコートに従って俺は中に進み入る。

 執務室の内装はマクスウェルの部屋のそれと違って、あちこちに華美な装飾が施されていた。

 有名画家の描いたと思しき絵画や、入り口脇に飾られた豪奢な全身甲冑など、どこか権威に寄った印象を受ける。

 正直言って、悪趣味の一言だ。


 そんな感想をおくびにも出さず、窓際の執務机のそばまで歩み寄り、軽く膝を折って一礼する、いわゆるカーテシーという淑女の礼の一つだ。

 マクスウェルの教育で得た知識であり、レティーナのスパルタ教育で完成させられた、完璧な一礼。


「お初にお目にかかります。ライエルとマリアの娘、ニコルと申します。貴族号は受けておりませんゆえ、姓はございません。こちらは従者のデンと申します」

「ああ、私はこの学園の理事長を務めるジャック・オルソンだ。君のことは聞いているよ。ベリトで名を上げたそうだな」

「暴動の件ですか? いえ、必死に止めようとしただけです」


 視線を伏せ、できるだけ目を合わせないようにして俺はそう謙遜してみせた。

 これはデンが『最初に好印象を与えるためには、魔眼の力を利用した方がいい』と主張したためである。

 確かに潜入捜査するならば、周囲から好感を持たれていた方が都合がいい。しかし俺の目はその効果が強すぎる。

 軽く望みを口にしただけでも、その者の思考を捻じ曲げて、行動を強制しかねない。

 俺のそんな態度に不審なものを感じたのか、オルソン校長が眉を顰めるような気配が伝わってきた。

 さすがにやり過ぎたかと、顔を上げようとしたとき、デンが会話に割り込んできた。


「失礼します。理事長様、会話に割り込む無礼をお許しください」

「ん、なんだ?」

「ニコルお嬢様は見ての通り、右目が弱く色素が薄くございます。そのため日の光は毒になりますので、こちらの眼帯を着ける許可を戴きたいのです」

「なんだ、そんなことか。しかしなぜ、最初から着けて来ない?」

「傷があるわけでもなし、初対面の、しかも格上の方に顔を隠すというのも無礼……というお嬢様の意向によるものです」

「フム、そういう考え方もあるか」


 正確には第一印象を良くするためだけの小細工である。

 しかしそれを素直に告げてやる必要もない。ここはデンの機転に任せるとしよう。

 するとデンは立て板に水のごとく、俺の長所を理事長に話し始めた。

 いかに慈悲深いか、美しいか、その心根が素直か。正直言って聞いている方が恥ずかしくなる。


「デ、デン、もうそのくらいに……」


 俺は顔を赤くして制止した。もじもじと肘に手を掛けたりしたものだから、その姿は育ちのいい令嬢そのものに見えただろう。

 現にオルソン理事長もやや顔を赤らめているように見える。


「失礼いたしました。ではニコル様、これを」


 そういうとデンは俺の顔を少し上に向け、眼帯を着けてくれた。

 元オーガのデンは小柄になったとはいえ、俺よりは少し背が高い。今は百六十センチ程度はあるだろうか。

 そのため彼に顔を触ってもらうときは少し上に向く必要があった。


 武骨だった指はすっかりと繊細になり、眼帯を着けた後は俺の顔を撫でるようにして髪を整える。

 その感触がくすぐったく、思わず俺は吐息のような声を漏らす。


「んっ……」

「君たち、そういうことは学内では遠慮してもらいたい」

「はぃ?」

「睦言は寮の部屋でやりたまえといっているんだ。まったく、英雄の娘といえど、ふしだらなものだ」

「ししし失敬な!? デンは従者で、そういう関係ではありませんし!」

「そうかね? そうとしか見えなかったのだが」

「理事長様。失礼ですが、私とニコルお嬢様ではいささか釣り合いが取れません。ニコルお嬢様の名誉にもかかわる問題ですので、そのような誤解は口外なさらない方がよろしいかと」

「ふむ……確かにライエル殿やマリア殿の不興を買うのも、面倒だな」

「はい、そのように理解していただけると幸いです」


 その後、理事長から必要事項を伝達され、俺たちはようやく寮へと向かうことになった。

 本来なら教室に向かうところなのだが、まずは部屋の整理からである。

 短期の潜入工作とはいえ、数日以上は過ごすことになる場所だ。多少は整えておく必要があるだろう。

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