第480話 入寮

 俺とデンはそのまま、自室の用意されている寮に向かっていた。

 荷物は先に送ってあるので、今は手ぶらではある。

 貴族が多い魔術学院高等部ということで、用意されている学生寮も相応に巨大だった。

 正直言って、ラウムの魔術学園の校舎よりでかいかもしれない。こういうところにも、貴族の見栄が見え隠れしている気がする。


 まるで宮殿のような玄関で待ち構えていた寮母に挨拶をし、教えられた部屋に向かった。

 俺たちの部屋は三階に用意されていて、階段をかなり登る必要があった。これは新入生が、風呂や食堂から遠い、高い位置に追いやられた結果である。

 例外的に四階の少数の部屋は高位貴族の私室となっており、ここは各部屋に風呂などの設備がしつえられていた。

 やはり高位貴族となると、他の生徒より下に住むという環境に思うところがあるのだろう。


「ニコルさん、待ってましたわよ!」

「レティーナ、授業はどうしたの?」


 階段を登ろうとしたところで、上の階からレティーナの元気な声が掛けられた。

 前もって転入し、注目を集める役目だった彼女が授業をサボってこんなところで俺に声をかけては、逆に俺が目立ってしまうではないか。

 俺のそんな思考が顔に出たのか、レティーナは慌てた様子で言い訳する。


「わ、わたしとニコルさんが知り合いなのはすでに周知の事実ですし、それなら最初っから包み隠さず親交を温めておく方が不自然ではないと思いましたの!」

「そう?」

「レティーナ様は、ニコル様の到着を、それはもう心待ちにしてましたのですよ?」

「フィニアさん!?」


 レティーナの後ろからフィニアが顔を出す。

 いつもは私服をアレンジした作業服を身に着けている彼女だが、ここでは完全に黒を基調としたメイド服を身に纏っていた。

 そのカッチリとした服装が、華奢な彼女の身体と柔らかな表情のミスマッチを誘い、不思議な魅力を醸し出している。


「うん、フィニア可愛い。悪戯したい」

「ええ、ぜひ。お待ちしてます」

「え、そこ認めちゃうの?」

「フィニアさんってば大胆ですわ!」


 俺の冗談に、珍しくフィニアが乗ってきた。

 それを真に受けたレティーナがあわあわと手を振っている。これを見て、フィニアは珍しく屈託のない笑みを浮かべていた。


「申し訳ありません。レティーナ様の反応が面白くて、つい。ミシェルちゃんとは別方向に、素直な方ですね」

「レティーナは箱入り娘だからね。悪い冗談で染めないように」

「心得ました」


 俺とフィニアにからかわれただけと知り、レティーナは顔を真っ赤にしていた。

 拳を胸の前で固め、きつく目を閉じて怒り出す。

 この仕草は、子供の頃から変わらない。その光景に、俺は郷愁にも似た懐かしさを感じていた。


「もう、二人して酷いですわ! わたし、本気で悩んでしまったじゃありませんの!」

「悩むところかなぁ?」

「祝うべきか、怒るべきか、真剣に考えましたのよ?」

「そこで祝うのって何か違うと思うんだ」

「ニコル様、そろそろお部屋の方へ」


 俺とレティーナの歓談に、デンが割り込んでくる。

 確かにここは、寮の階段ホールで、授業中とはいえ、人目が皆無ではない。

 病欠した者や寮母を始めとした使用人など、今の寮にも人はいる。


「っと、そうだね。迷惑にならないうちに部屋に行こう」

「それならわたしが案内しますわ。こっちですわ」

「いや、階段登るのはわかってるから」


 てってけ階段を駆け下りてきて、俺の手を取るや否や、強引に上へと引っ張っていく。

 すでにレティーナの方が体格が良くなっているため、俺はつんのめるように階段を登って行った。

 この構図もなんだか懐かしい。彼女と初めて出会った時も、俺はこうして彼女に引きずられていった。

 その感傷を悟られるのも恥ずかしかったため、俺は俯いたまま階段を駆け上がる。

 レティーナが変わっていないことが、何よりうれしかったのだ。





 自室で荷物の整理をするとあって、さすがにレティーナには退場してもらった。

 悪いが俺の荷物には、レイドに繋がるいろいろなアイテムが存在する。

 手甲だけなら隠せたかもしれないが、予備のミスリル糸に男物の衣装は、さすがに見つかると問題になりそうだ。

 特に黒ずくめの衣服は、レティーナの気性からすると、あらぬ疑いを掛けられるかもしれない。

 それがマリアかライエルに伝わった日には、目も当てられない事態になるだろう。


「ニコル様、こちらの荷物は?」

「それは下着類が入ってるから、そっちの衣装ケースに。そっちのは制服とか入ってるからクローゼットにかけておいて」

「承知いたしました」


 荷物の整理といっても、運び込まれた衣服や荷物を部屋の収納にしまい込むだけだ。

 基本的な家具は揃っているので、私物だけを運べばよかった。

 問題になるのは教材と、魔法道具のたぐいだ。

 こちらは魔法の実験や授業に使うことも有るので、厳重に管理しなければならない。

 この管理も、教育の一環として生徒の差配に任されていた。


「あ、一応自室に金庫とかあるんだ?」

「そのようです。魔法道具は高価なものも多いので、この配慮はありがたいですね」

「デンに管理してもらわなくていいもんね。でもこの程度の施錠じゃあ、ちょっと心配だな」


 部屋に据え付けられていた小型の金庫は、貴重品や危険な道具を収めるための物らしい。

 しかし俺から見れば、このダイヤル式の鍵なんて簡単に破ることができてしまう。せめてシリンダー錠も併用する造りなら、信頼も置けたのだが。


 俺の言葉が理解できないデンを無視して、金庫の前に座り込む。

 右手をダイヤルのそばに置き、左手で慎重に回していく。右、左、右……何度か回したところで右手の感触から必要な数値を割り出すことができた。


「右に三、もう一度右に二、左に六、右に四っと」


 俺がクルクルとダイヤルを回すと、あっさりと解錠されて扉は開く。

 それを見てデンは目を丸くして驚いていた。


「ニコル様、確か番号はまだ知らされてなかったのでは?」

「この手の鍵なら、二、三分で解除できるよ。こう見えても六英雄で斥候を担当してたんだからね」


 もっとも斥候に解錠の技術はあまり必要ない。どちらかというと、これは暗殺業を営む関係で覚えた技だ。

 敵をただ殺すだけでなく、その罪を明らかにしておく。

 そのためには金庫の一つや二つ、破る必要があった。だから覚えたに過ぎない。


「素晴らしい、さすがわが主。この程度の金庫など、障害にもならないということですね」

「まあ、俺以外の生徒が開けられるとは思えないし、貴重品はそこに放り込んでおいて」

「承知いたしました……ニコル様、どちらへ?」


 デンに指示を出した俺は、そのまま部屋を出ようと歩きだしていた。

 こればかりはデンでもついてこられては困る。


「トイレ! その辺は少し気を使ってほしいなぁ」

「も、申し訳ありません!」

「ついでに寮の造りも調べてくるから、デンはそのまま荷物の整理を続けておいて?」

「はい、ごゆっくりどうぞ」

「いや、それは忘れよう?」


 生真面目なデンに警告だけしておいて、俺は部屋を出たのだった。

 少なくとも、今のうちにカインの部屋の場所くらいは把握しておきたい。そのためにはレティーナにも少し手伝ってもらおうと考え、彼女の部屋に向かったのだった。

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