第481話 調査開始

 俺は部屋の整理をデンに任せて、部屋を出た。

 まずはこの寮の構造を知ることが優先だ。標的の位置を知るのも、自分の身を護るのも、すべてはここから始まるといっていい。

 この学院にいる目安として、コルティナの特訓が終わる三か月後を目途にしている。

 そうでないと、高等学院に入学したと聞きつけたライエルやマリアが押しかけて来かねないからだ。

 連中が押しかけると、もはや捜査どころではなくなってしまう。

 それまでに、ひとまずの解決を目指したい。


「まずは一階からかな?」


 寮母とは先ほども顔を合わしているが、正式に挨拶したわけではない。

 この寮のしきたりや規則なども含め、詳しく話を聞いておく必要もある。

 そして、世間話から構造や要注意の生徒の情報なども聞き出すとしよう。


 寮母の私室の扉をノックし、中からの返事を待つ。


「どなた?」

「先ほどお世話になりました、ニコルです。改めてご挨拶に参りました」

「あら、ちょうどいいわね。今お茶を入れたところだからお入りなさい」


 平民の俺に対し、比較的好意的に対応してくれるのは、今となってはありがたい。

 ドアを開けて中に入ると、小ざっぱりした部屋が視界に入る。

 愛想よく一礼してから素早く視線を室内に走らせるが、怪しいものは見当たらない。もちろんあったとしても、簡単に目に付くところには置かないだろう。

 しかし一見したところでは地味ながらもセンスの良い家具が配置されており、実直な性格が表れている。


「先ほどは失礼いたしました。到着したばかりで、少々混乱しておりまして」

「あら、ベリトの英雄と呼ばれたあなたでも緊張するのですね」

「その話は勘弁してください。あの時は必死だったので」


 半魔人たちの暴動を止めた一件は、結構大きな話題になってしまっていた。

 しかもそれが、『あの』ライエルとマリアの娘というところが、特に興味の的となっていた。

 俺自身にその意識がなかったこともあり、その話題を出されるたびに、どこの目立ちたがりだと叫びたくなる。

 その衝動を抑えるために、スカートの裾を弄って気を紛らわせていた。


「そんなに恥ずかしがらなくてもいいでしょう。こちらに来てお茶でも飲みなさい」

「はい、でも恥ずかしがっていたわけではないんで」

「あなたは見かけによらず、気が強い性質のようですね」


 そうして小一時間ほど、彼女と世間話に興じていた。

 こういう情報収集のための話題の豊富さも、暗殺者としては必要な能力だ。

 そういえば前世でも、こういう時は普通に女と話せていたのに、私生活となるとさっぱりだったな。

 特に邪竜退治のために北部に入ってからは、その傾向が激しくなっていた気がする。


 ついでに寮内の噂などを聞き出してみたが、不審な行動をとる生徒には気付かなかったらしい。

 しかし考えてみれば、こういう人物の目につくような行動をとるはずもないと思い直す。


「いろいろとありがとうございました。このまま少し寮内を見て回ってもいいですか?」

「ええ、かまいませんよ。しかし四階は位の高い貴族の方もいらっしゃいますので、振る舞いには気を付けるように」

「承知しました。ご忠告ありがとうございます」


 礼を述べてから退出し、一階から順番に見て回ることにした。

 一階は最高学年の三年が住んでいて、食堂や浴場なども存在し、かなり広い。

 ラウムほどの生徒数はないが、その分全寮制なので、寮の大きさもラウムの学舎並みに大きかった。

 

「こりゃ、見て回るだけでも一苦労だな」


 俺は独り言ちてから、足早に各部屋の配置を見て回った。さすがに中を調べる時間はない。

 一階は最上級生の部屋といっても、本命の最上階にいない連中なのだから、それほど警戒することもないだろう。

 それでも手足になって使われている奴がいるかもしれない。

 部屋の表札を見ながら、ここはあそこの伯爵、ここは向こうの子爵と、評判のよくない貴族の子弟の目星だけ付けて二階へと移る。

 同様に、二階、三階と上がっていく。もっともこの辺になると、入学しても間もないため、黒幕と思しきレメク家の影響を受けている可能性は少ない。

 ここまで見たところ、一階に数名の要注意人物がいるくらいで、それほど危険な感じはしない。

 悪評があるといっても、実家に多少の横流しや横領の噂がある程度で、それくらいならどの国にでも存在する。

 レティーナの送り込んだ冒険者を消すような、危険な人物はいなさそうだった。


「やはり本命は最上階か」


 俺は気を引き締めて階段を昇っていく。

 その先に、金色に輝くドリルが待ち受けていた。いや、レティーナが待ち受けていた。


「まったく! わたしを追い出したと思ったら、すぐさま寮内を徘徊するんですから!」

「いや、レティーナ。普通なら君は学舎の方にいる時間だから」

「転入生の世話をすると、担任に届けてますから問題ありません!」

「……すさまじくメンドクサイ」


 これだけ張り付かれては、何のために時期をずらして転入したのかわからないではないか。

 まあ懐いてくれるというのは悪い気はしないが、時と場合を考えて欲しい。


「まあ、今は人目がないけど、ある時はちゃんと考えてね?」

「そこまで節操が無いわけじゃありませんわ。お任せくださいまし」

「だといいけど……」


 大きく息を吐きながらも、俺は階段を登り、すれ違いざまにレティーナの肩を叩く。

 それを受けてレティーナは満面の笑みで、背後から俺を胸に抱えこんできた。


「レティーナ、胸板が痛い」

「きぃぃぃ! 自分がちょっと膨らんだからといって!?」


 まあ、騒々しい奴だが、こういう態度もどこか懐かしいと思って、安心するのだった。

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