第477話 メトセラ領魔術学院高等部
◇◆◇◆◇
ガラガラと、騒々しい音を立てて馬車が走る。やがてその馬車は巨大な門の前で動きを止めた。
そこは、ラウム森王国北部にあるメトセラ領レメク公爵が治める街で、ラウムでも数少ない魔術学院高等部が存在した。
その学院の前で馬車は停車し、中から一人の少女と、付き従う少年が姿を現す。
何事かと馬車を注視していた生徒たちからは、まるで絵画のように美しい二人を目にして、うっとりとした吐息が漏れていた。
青銀の髪を持つ少女は色違いの赤と碧の瞳を持ち、まるで夜の女神のように輝いて見えた。
その少女の後ろに従う少年は、明るい金の髪をなびかせ、中性的な笑みを浮かべている。
こちらも稀に見る美少年で、その微笑みに女子生徒たちは歓声を上げてその所作を見守っていた。
少年にエスコートされて門をくぐった少女は、可憐で儚げな、過剰とも見える愛想笑いを浮かべたまま、こういった。
「どうして、こうなった……?」
鈍い痛みを訴える頭を抱えるのをかろうじて我慢しながら、ニコルたちは校長の待つ執務室へ向かったのだった。
◇◆◇◆◇
レティーナの婚約。それ自体は祝福すべきものなのだが、トバル・メトセラ=レメク公爵にはかなり後ろ暗い噂があった。
領内で違法薬物を栽培し、それを国外に売り捌いているという噂だ。
もともとメトセラ領は多彩な植物が繁茂し、そこから採取される豊富な種類の果物が主な収入源となっていた。
その中には中毒性を持つ植物もあり、これだけを狙って枯らせるという真似ができない以上、採取する人間を取り締まるしかできない。
その取り締まる責任者ともいうべき存在が、このメトセラ領を統治するレメク公爵家である。
問題はレメク公爵がかなり金に汚い性格をしているというところだ。
彼は王権には興味を持たないため、公爵家の中ではかなり王に忠実な派閥と目されていた。そのため多少の汚職は見逃してもらっていたのだが、違法薬物の売買となれば話は変わる。
しかし王家に連なる血を持つ公爵家ともなれば、大っぴらに捜査もできない。
そういう状況なため、これまで公的な捜査機関は事なかれ主義に身を任せ、見逃されていたと言われている。
だがヨーウィ侯爵との縁談が持ち上がったことで、すこし状況が変わってしまった。
黒い噂は領主のトバル・メトセラ=レメク公爵だけでなく、その息子のカイン・メトセラ=レメクにまで及んでいたからだ。
レティーナはこの話を調査しようとし、そして差し向けた冒険者二組は、誰一人として戻ってはこなかった。
これに身の危険を感じたレティーナは、父であるヨーウィ侯爵に直訴したのだが、さすがに格上の公爵家の婚儀ともなれば、格下の侯爵から待ったはかけられない。
レティーナとしても父の苦境を知るだけに、我儘を通すわけにもいかず、かといって大人しく輿入れするわけにもいかず、たまりかねて自ら調査に乗り出すという暴挙に出たのだった。
無論、これを黙って見ているわけにはいかないヨーウィ侯爵は使用人たちに連れ戻すように命じ、そこへ俺たちが行き合うこととなってしまった、ということらしい。
「なんとも、偶然とは恐ろしい」
思わず俺が呟くのも無理はない。
レティーナは逃げ惑いながら国境を越え、北部三か国連合にまで踏み込んでしまった。しかもそこには偶然採取依頼を受けた俺たちがいた。
神の悪戯ともいえるレベルの偶然である。いや、実際神の依頼だったわけだけど。
ガドルスの宿の食堂で、俺たちは話し合いを行っていた。
もっとも俺たち四人にレティーナと使用人の三人、さらにはガドルスまで参加しているので、テーブルは二つに分けている。
そして難しい話に参加する気のない使用人三人とミシェルちゃんとクラウドは別のテーブルで、先に食事していた。
なんだか使用人たちと楽しそうに談笑しているのが、妙に腹立たしい。
「それにしても伸びたね、レティーナ。また身長越されちゃった」
「わたしは性徴期に一気に伸びるタイプだったみたいですわね。おかげで毎日、身体が痛くて痛くて」
「なんて贅沢な悩みなのか」
俺はゆっくりと伸び続け、コルティナと同じくらいでぴったりと成長が止まってしまった。
ちなみにコルティナは、小柄な猫人族である。それと同じくらいというのが、どれほど悲しいことかおわかりになるだろうか?
せめてあと十センチは欲しかった。
「ま、でも胸は圧勝みたいだから、別にいいけど」
「クッ、これはエルフの種族的特性だから、しかたありませんわ!」
「フィニアより堅そうだよね、胸板」
「胸板っていうな!」
お嬢様の演技を投げ捨て、両手を上げて抗議するレティーナ。うん、彼女はこうじゃなきゃいけない。
一瞬、学院時代を思い出して、ほろりと来てしまった。
「それはそうと、どうやって調査するつもりだったの?」
「直接カインの入学しているレメク領の魔術学院に乗り込もうかと」
「脳筋すぎ! ライエル父さんだってそこまでじゃないよ? いや、やるかも?」
「ライエル様並みといわれたら、喜ばないわけにはいきませんわね」
「喜んじゃうんだ、そこ」
「むろん」
彼女の六英雄マニアもここに極まれりというところか。
そこにガドルスが頭を抱えて、割り込んできた。
「正直、ワシはその手の話は苦手なんで、持ち掛けられても困るんだが……」
「権謀術数は苦手そうだもんね」
「そういうのはコルティナかマクスウェルの役目だ。ここに来られても困る。なぜ大人しくラウムで相談せんかった?」
「さすがにお家のごたごたを皆様に持ち込むのはためらわれまして……」
「それでこれなら逆効果としかいえん。まあ、事は貴族の話になるからマクスウェルに伝えてはおくがな。ワシには期待するなよ?」
「申し訳ありませんわ」
しおらしく頭を下げるレティーナ。
しかし聞いた話では、それほど時間も残っていなさそうだった。しかも相手は学院高等部。マクスウェルがこっそりと調査をするというのは、さすがに難しいだろう。
「となると、誰かが潜入することになるんだけど……」
年の頃なら、俺たちが一番目立たず侵入できるだろう。しかし……
俺は別テーブルで食事するミシェルちゃんたちを見て、再び頭を抱えたのだった。
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