第476話 火燐石の依頼人

 俺たちはそのまま、レティーナを連れてストラールの街に戻ることにした。

 もちろん、そのままでは彼女に追っ手が付いたままになってしまうので、屋敷の人にも事情を話しておく。

 彼らも長年ヨーウィ家に勤めていた人たちだったので、俺の顔はすでに知っていたらしい。

 つまり、ミシェルちゃんに足を射られた人たちは、射られ損というわけだ。俺の顔を見せれば、戦闘は起きなかったはずなのだから。


「というわけなので、今後はガドルスやマクスウェルと話をして、何とか落としどころを探ってみることになったから。それまではレティーナの身柄を、わたしたちで預からせてもらえないかな?」

「それは……マクスウェル様が手を打っていただけるとなれば、私共としても、否はありません。しかしながら、その判断は御屋形様が行うものかと存じますゆえ……」

「うん。だから彼女はとりあえずガドルスの宿に預けておく。その許可を取ってくるまでの安全は、六英雄の名に懸けて保証してくれると思うよ、多分。だから安心してラウムに戻るといい」

「承知いたしました。ニコル様のご厚情、感謝の念に堪えません。御屋形様にもその旨、ご報告させていただきます」


 どうやら彼らも、今回の話には乗り気ではなかったのか、多少強引な俺の説得にも、ほとんど異論を唱えることなく同意してくれた。

 これでしばらくは、レティーナの安全は確保された。

 その後、俺は怪我をした使用人の人の傷を癒して回った。回復魔法ならフィニアの方が上なのだが、彼女は手が離せないので仕方ない。


「ゴメンね。わたしはあまり、回復魔法は得意じゃなくて。フィニアの方が得意なんだけど、今は手が離せないから」

「いえ、事情は承知しております。むしろ放置されてもおかしくない中、わざわざ癒していただき、ありがとうございます」

「そういってもらえると、こっちも気が楽だよ」

「はい、ニコル様に癒してもらえるとは、他の使用人に自慢ができますよ!」

「はぃ?」


 その使用人は気を良くしたのか、ペラペラと今の屋敷の状況を話してくれた。

 どうやらレティーナと俺、そしてミシェルちゃんの三人は、学院に通っていたころから使用人たちのアイドルにされていたらしい。

 ましてや三人ともが見る見る美しく成長するとあっては、その人気に拍車がかかるのも道理だろう。

 そんな中で、俺に手ずから治癒魔法をかけてもらったとあって、他の使用人に羨ましがられることは間違いないとか?


「ま、まあ、それはどうでもいいとして。そんなわけだからレティーナのことはもう少しそっとしておいてあげてくれると嬉しいな?」


 そういうと、俺は使用人の手をそっと包み込むように手に取り、上目遣いに懇願した。

 エリオットをも一撃で落とした俺のお願いである。効かないわけがない。

 ちなみにライエルの場合は、上目遣いだけで充分効果ありだ。


「承知いたしました! この身に代えましても御屋形様を説得してみせます!」

「いや、そこまで命かけなくてもいいから」


 こうして俺たちは、仲良くストラールに戻ることになった。

 レティーナは冒険者ギルドの登録証があるし、彼らもヨーウィ家の身分証があったので、街中には問題なく入ることができた。

 それどころか、本来ならミシェルちゃんに御者を任せっきりになるところを、彼らが交互にその任を引き受けてくれたので、かなりの強行軍で帰還出来たのは、こちらとしても利になることだった。

 本来なら帰路は三日を想定していたが、なんと一日半で踏破できたのだから、その恩恵は言うまでもないだろう。


「やー、まさか二日かからずに戻ってこれるとは」

「さすが人海戦術はパワーだよね」

「ニコルさん、あなたまだ馬車の扱いできませんの?」

「他に覚えることが多くって」


 ぞろぞろとストラールの門をくぐりながら、そんな無駄話に興じている。

 しかしここからはきちんと仕事モードに戻らねばならない。


「それじゃ、わたしたちは依頼品を収めてくるから、レティーナはガドルスの宿に向かっておいて。場所は前に教えた通りだから」

「わかりましたわ」

「使用人の人たちは、後でラウムまで送ってあげるから、それまではレティーナの護衛をしっかりね?」

「お任せください」


 ベリトの一件を乗り越え、俺の魔力はさらに上がったらしく、今では自分以外に二人まで同時に転移させることができる。

 つまり自分を除けば三人まで転移できるということだ。

 転移テレポートは別に自分が対象ではなくてもいいので、彼らをまとめてラウムに戻してやることは、ギリギリ可能である。

 歩いて帰るよりよほど早く帰還できるのだから、問題はあるまい。


 俺たちはその後、火燐石の納品に街を縦断し、南門のそばへとやってきた。

 ここに今回の依頼人がいるはずなのだが……


「いやっふぅ!」

「お前かよ」

「なんとつれないお言葉。ベリトでは世話してあげたじゃないですか?」

「いや、それに関しては本当に心から感謝しているんだけどね。なんというか、もうありがたみも何もないな、と」


 そこにやってきたのは、白い髪の少女。破戒神ユーリだった。


「お前なら余裕で採掘してこれただろうに、なんで俺たちに依頼したんだ?」

「いや、時系列を考えていただきたい。その依頼を出したのはあなたたちがここに戻る前なんですよ?」

「じゃあ偶然っていうのか?」

「はい。わたしはその間、南の方でちょっとお仕事があったので」


 そういえば、俺が治る頃には彼女たちは南へと旅立っていたっけ。


「で、火燐石を何に使うつもりなんだ?」

「そりゃもちろん、いろいろと? 詳しい内容は秘密ですけど、銃とか内燃機関とか?」


 なんだかよくわからない単語が飛び出してきたが、理解できなかった。

 まあ相手は様々な魔法や魔道具を世に残した破戒神である。専門外の単語が俺に理解できないのも、道理だろう。

 要は犯罪なんかに使われなければいいだけのことであり、その辺はこの神も把握しているはずなので信頼ができる。


「それじゃ、今回の報酬ですけど――」

「ああ、それなら三人分にしてくれ。俺は前回、あんたたちに世話になってるから」

「いいですよ。そんなはした金じゃ、到底足りませんので」

「ぐっ、それはそうだが、心意気というかなんというか……」

「それであなたが極貧生活に陥ったら、わたしがあの両親から恨まれるじゃないですか。ライエルさんはともかく、マリアさんには正直嫌われたくありません。怖いので」

「わかる」


 俺は思わず同意の声を漏らした。

 だがまあ、今は報酬の話である。

 確かに俺が受けた恩は報酬程度で賄えるものではない。ならば別の何かを用意する必要があるだろう。


「そっか。じゃあ今回はおとなしくいただいとく。お礼はまた別の機会に」

「ふふ、期待してお待ちしていますよ」


 そういうと、軽く手を振ると、火燐石があっさりと姿を消した。

 転移魔法か、それとも異空間収納か、どっちにしろ俺には何をしたのかわからない。


「ではまた。近いうちに」

「ああ、また」


 そして俺たちに背を向けると、雑踏の中に紛れ、瞬く間に見えなくなってしまった。

 あの神出鬼没の破戒神は、きっと言葉通り、また姿を現すだろう。

 そう思うと、別れの寂しさも半減である。そういった台無し感が、実に彼女らしいと思えたのだった。

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