第475話 逃亡の理由

 なんにせよ、危険物の処理が最優先である。

 レティーナとの再会は俺も嬉しい誤算だったが、この爆発物がそばにあっては、落ち着いて話もできない。

 麓の馬車まで戻り、荷物を乗せ換えてようやく一息つくことができた。

 幸いステラやスピカ、エリザベスも逃げずにその場に待機していた。


「それで、なんでレティーナがお屋敷の人に追われてたわけ?」

「それは、その……それよりニコルさんのその目はいったい?」

「ああ、これ? ちょっと面倒な事態になっててね。魅了とか?」


 あの白いのから受け継いでしまった魅了の瞳。下手をすれば意思すら捻じ曲げてしまいかねない力を持っている。

 とりあえず仲間内はあらがいの指輪という、魔道具で対応しているが……そういえば、レティーナには渡していなかったな。確か予備があったはず。


「そうだ、レティーナ。これ、受け取っておいて」


 俺は懐から予備の指輪を取り出し、レティーナに渡す。

 抗いの指輪は、性能を超えた精神攻撃を受けると、耐えきれず破損してしまう性質がある。資産に余裕がある冒険者なら、予備も用意しているのが普通だった。


「ありがとうございますわ」

「ちなみに左手の薬指は不可ね」

「そんな真似しません! って、した人いるんですの?」


 レティーナの言葉に一斉に視線を逸らすフィニアとミシェルちゃん。いや、ミシェルちゃんは前を向いて運転してね。危ないから。


「それより、話を元に戻すけど、なんで追われていたの?」

「うっ……さすがにいつまでもごまかせませんわね。いいですわ。それは、わたしが家出したからです」

「家出って!? 仮にも侯爵令嬢が迂闊に口にしていい単語じゃないと思うんだけど……」


 そもそもヨーウィ侯爵は俺も面識がある。

 その性格は、放任主義というより懐が深い人物という印象が強い。

 娘が俺たちと一緒に冒険者紛いの狩りを行っても、広い目で見守っていてくれたし、ゴブリンの大繁殖が起きた時も、平民の保護に庭を解放してくれたり、馬車を用立てたりしてくれた。

 そんな彼が、溺愛する一人娘に無体な要求をしたとは思えない。


「なんか、イメージが湧かないんだけど。詳しく話して……いや、やっぱいい。貴族様のゴタゴタに巻き込まれたくないし」

「ニコルちゃん、冷たーい。レティーナちゃんのおウチの問題なんだよ? わたしたちも無関係じゃないし」

「ぐぬ……それはまあ、そうなんだけどぉ」


 御者台のミシェルちゃんが、荷台の会話に参加してくる。

 俺が馬車を扱えないため、馬車を扱えるのはミシェルちゃんだけになる。

 フィニアも扱えるが、現在は消火の魔法の維持のため、手が離せない。帰路がきつくなるのはこういった理由もあった。

 そのためミシェルちゃんは御者台から離れることができない。

 だがレティーナと話ができるように、荷台の境の幌を開いていたので、会話はできる。


「さすがミシェルさん、話がわかりますわね」

「親友じゃない。とーぜん!」

「いやわたしも友達とは思っているんだよ?」

「ならお話、聞かないと」

「うぅ、後が怖そう……」


 貴族の問題というのはいろいろと後に引く。できるなら関わりたくない問題だ。

 しかしミシェルちゃんのいうことも一理ある。レティーナは俺の親友であり、今でも仲間だ。そんな彼女を放置するのも後味が悪い。


「ハァ、わかった。理由、話してくれる?」

「それでこそニコルさんですわ! 事は三週間ほど前にさかのぼりますの」

「ふむ?」


 三週間前というと、丁度俺たちがラウムに到着したころだ。

 レティーナが顔を出しに来なかったのは、トラブルが起きていたからなのか。


「わたしはお父様に呼び出されて、ある提案……というか、命令を受けたのです」

「命令? あの温厚な侯爵が?」

「ええ……お見合いの」

「お見合いぃぃぃ!?」


 いや、レティーナの性格を知るからこそ驚きはしたが、彼女ももう十五歳を超えている。そういった話が来てもおかしくはない年頃だ。

 侯爵という立場を考えれば、もっと早く来てもおかしくはないだろう。


「でもでも、レティーナちゃんはまだ十五だよね?」

「侯爵令嬢……という立場ですから、そういう話が来るのはわかりますわ。わたしもその時は話を受けようかと思っていたのですが……」


 レティーナの話によると、相手は格上の公爵家の子息。

 歳も二十歳とそれほどおかしな組み合わせではなかったらしい。しかし、その公爵領では黒い噂も絶えず、世間での評判は決して良いとは言えなかった。

 そこで二組の冒険者を雇い、調査に赴かせたところ、そのすべてが消息を絶ってしまったらしい。

 レティーナも、これは怪しいと思い父親に直訴し、考え直してもらおうとしたところ、先方からの強い要望により、断ることが難しいと却下されてしまったとか。

 そこで彼女は、家出という強硬手段を取り、詳細に調べる時間を作ろうと画策していたところへ、俺たちと遭遇したというわけだ。


「うわぁい、すっごいドロドロしてるぅ」

「でもなんで、その公爵様はレティーナちゃんをそこまでお嫁さんに欲しがっているのかな?」

「エルフの女性というのは、人間にとってはいろいろと便利らしいですわよ。なにせずっと若いままのお嫁さんなんですもの」

「ふぅん?」

「女性を装飾品のように扱う貴族も多いですもの。エルフの貴族も多いこのラウムでも、そういった傾向は否めませんわ。ほんと殿方はどうしようもない……」

「うっ……」


 男性に関していろいろと思うところのあるらしいレティーナだが、その批判は元男の俺にも結構響く。

 確かにラウムは人口におけるエルフの比率が高く、貴族たちの中にもエルフは多い。

 そんな中、容色の衰えないエルフの妻というのは、一種のステータスともいえる扱いを受けていた。

 レティーナがこれまでそういった話を受けなかったのは、侯爵が頑張ってシャットアウトしていた結果だろう。

 しかしそれも格上、王に連なる血筋を持つ公爵家が相手ともなれば、さすがに断り切れなかったらしい。


 こればかりは、侯爵の苦労がしのばれる。

 レティーナの気持ちもわかるが、これをぶち壊せば、父である侯爵の立場が悪くなる。

 下手をすれば、ヨーウィ侯爵家の存続にかかわる問題にも、発展しかねない。


「これ、正直言ってただ壊せばいいって縁談話じゃないよねぇ?」

「それはわたしも理解していますわ。だからこそ、公爵領に広がる黒い噂とやらを調査しようとしたんですわ」

「なるほどね。このタイミングで醜聞が飛び出せば、侯爵にとっても縁談を断る口実になる、と?」

「そういうことです」


 なるほどなっとく、と言いたいところだが、まだ甘い。

 貴族、それも王家に連なるほどの高位貴族ともなれば、多少の醜聞は簡単に揉み消される。

 たとえレティーナ個人が何か真実らしきモノを掴んだとしても、あっさりとねじ伏せられてしまうだろう。

 こうなると、そういったことができない相手に話を持ち込むのが、一番手っ取り早い。


「でもレティーナだけで証拠を握っても、潰されて終わりだよ」


 ガドルスとマクスウェル。彼らの力を借りれば、如何なラウムの公爵といえど、下手な手出しはできまい。

 かといって、唐突に割り込んで縁談を破談させては、公爵のメンツも潰れてしまう。

 穏便にヨーウィ侯爵有利な状況に持ち込み、そこへマクスウェルかガドルスの援護を頼めば、後腐れなく断ることができるはずだ。


「とにかく、その黒い噂というのが真実か、調べるのが先決だね」

「ええ、手伝ってくれます?」

「もちろん」


 レティーナは今も、大事な親友だ。それが黒い噂のある公爵に、むりやり輿入れさせられるなんて、俺には見過ごせるはずもなかったのである。

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