第474話 思いがけない再会
どこをどう走ったのか、俺も記憶していない。
とにかく背後の爆炎に巻き込まれないよう、そして足元の火燐石を踏みつけないよう、がむしゃらに逃亡ルートを検索し、駆け抜けていった。
その結果、フィニアもミシェルちゃんたちも、怪我一つすることなく、麓にまでたどり着いていた。もちろん積み込んだ火燐石も無事だ
しかし、この状況になったことにミシェルちゃんは非常に立腹していた。
「もう! 誰よこんな場所で火の魔法なんて使ったの! ぜぇったい許さないんだから!」
プンスカ怒りながら
彼女は怒ってもあまり怖くない。その旨を前にクラウドに話したら『それはない、絶対に』と力強く否定されたことがある。
それはつまり、あいつはミシェルちゃんを本気で怒らせたことがあるという証拠だ。
温厚な彼女を本気で怒らせるなんて、本当にどうしようもない野郎である。
「顔を出したら脳天射抜いてやるんだから!」
「まあ、それくらいで。それより早く街に戻らないと、フィニアの負担が大きくなっちゃうよ」
「あ、そうだった! フィニアお姉ちゃん、ゴメンね?」
「これくらいなら、全然問題ないわよ。でもトラブルが近くにあるなら、早く立ち去った方がいいかも」
「そうだな。エリザベスたちも心配してるだろうし、早く戻って安心させてあげなきゃ」
「そうだね。ステラとスピカも、さっきの爆発できっと驚いてるよ」
確かに馬は非常に憶病な動物だ。繋いでいるとはいえ、先の爆発で恐慌をきたし、暴れて怪我している可能性も、皆無ではなかった。
様子を見に行ってやりたいのはやまやまではあるが、その前に……俺は腰のカタナに手を添えた。
誰かがこの近くに近付いてきている。
まだ足音は微かだが、軽く、しかし不規則なリズムが俺の耳に届いていた。
音が軽いのは体重が軽いからだろう。おそらくは子供か女性。それもほぼ非武装。
そして不規則なリズムは、かなり疲労している状態を俺に予測させた。
そんな俺の警戒を、ミシェルちゃんたちも察する。
クラウドはフィニアの乗った板を、俺の視線の反対側……すなわち後方へと移動させてから、俺の前に出る。
ミシェルちゃんはその板の近くに移動し、いつもの狩猟弓に持ち替えていた。
しばらくすると、女の声とガサガサと藪をかき分ける音が聞こえてきた。
「まったく、しつこいったらありわしませんわ! 知っていまして? しつこい男は嫌われますのよ!」
「お嬢様、お待ちを! せめて話だけでも――」
「しつこいっていいましたわ!
愚痴りながらも追手の声の合間に魔法を詠唱し、流れるように発動させる手際は見事だ。
そして何より、この声には聞き覚えがあった。
「……この声?」
「まさか……レティーナちゃん?」
「でも、なんでこんなところに?」
「わかんない。でも追われているみたいだから、助けないと!」
「ま、待って、ミシェルちゃん! さっきの会話聞いてた?」
「え、なに?」
「ほら、お嬢様って呼んでたでしょ。多分追っかけてるのは使用人の人だよ」
「なるほど。じゃあ殺しちゃダメなんだね」
「そういうこと!」
俺の返事を待たず、ミシェルちゃんはすでに駆け出していた。
繁みのそばまで駆け寄り、一息にその近くにあった木によじ登る。その動きは子供の頃のドン臭さが嘘のように敏捷だった。
クラウドも、相手が繁みから飛び出してくるのを警戒し、大盾を構えている。
しばらくすると、藪をかき分け背の高い女性が一人、飛び出してきた。
「きゃ! え、あなた――」
「レ、ティーナ? うそだぁ」
前世の俺とそう変わらないほど長身の女性は、確かにレティーナの面影を残していた。
特徴あるドリルヘアも健在である。だが身長が明らかに違う。三十センチは確実に伸びている。
その変貌ぶりに、思わず俺は魔の抜けた声を漏らしてしまった。
「ニコルさん、ですの? その目――?」
突然の再会に、レティーナも呆けたような声を漏らす。言葉の後半は、おそらく俺の付けた眼帯に向けた物だろう。
しかし追っ手はすぐそこまで迫っていた。のんびりと会話を楽しんでいる余裕はない。
追っ手の位置を知ることができたのは、最も高い位置に陣取ったミシェルちゃんだ。
矢を
そして容赦なく解き放たれた矢は、決して狙いを外さない。
「ぎゃっ!?」
「なんだ? 敵か!」
「伏兵がいるぞ、身を隠せ!」
ミシェルちゃんが放った矢は、先頭を行く男の足を掠めるように傷つけていた。
決して外したわけではない。彼らがレティーナの使用人だと知っているから、掠り傷で済ませるように撃ったに過ぎない。
しかしそれでも、動き続ける人の足の皮一枚を狙い撃つなんて、俺だってできやしない。
「いや、もう……ミシェルちゃん、バケモノじゃね?」
「最近は外しているところ見たことないしなぁ」
「それは結構前からだよ」
俺がクラウドと呆れ声で無駄話に興じている間も、ミシェルちゃんは二度、三度と矢を放っていた。
それはもう一人の足を斬り裂き、もう一本は木に音高く突き刺さった。その木の陰には最後の追手の男が隠れている。
この一発が牽制になって、男は木の陰から出て来れなくなってしまった。
「とぅ」
三人の追跡を無力化したと見るや、ミシェルちゃんは木の枝から勢いよく飛び降りた。
高さも二メートル程度だったので、飛び降りても支障はない。
「く……ブランドン、マシューズ! 無事か?」
「あ、ああ。足を切っただけだ。運が良かった!」
「こっちもだ。相手が下手で助かった!」
ミシェルちゃんを挑発する目的なのか、男たちはそんなことをいっている。
おそらく彼らはミシェルちゃんの姿を捉えることができなかったのだろう。だからこうして攻撃を誘発させ、その出所を探ろうとしている。
もちろんこれは命懸けの行為だ。それを厭わないくらい、彼らはレティーナの奪還に全てを懸けていた。
「俺たちは動けない。ロレンス、お前は追えるか?」
「ああ、しかしこうも狙い打たれては身動きが取れん」
彼らの中で動けるのは一人。ならばその一人は是が非でもレティーナを追わねばならない。
しかし、飛び出したらミシェルちゃんに狙撃される……と思い込んでいた。
見事に身動きを封じられた状態である。
「むぅ、わたしが下手とかちょっと許せないかも。当ててくる」
「いや、当てちゃダメだから! 今のうちに逃げるよ。レティーナも、とりあえずついてきて」
「わ、わかりましたわ。それにしても、ミシェルの腕前、また一段と上がりましたわね」
「そりゃもう。わたしのミシェルちゃんだもん」
ミシェルちゃんの頭を抱き寄せ、ちらりとクラウドに牽制を入れておく。
最近二人の仲が接近気味なので、こういう牽制はこまめにしておかねばなるまい。
「あ、そっちの板は危ないから揺らさないでね。火燐石を積んでるから」
「ぴゃ!?」
俺の言葉に飛び退くレティーナ。この仕草も、幼い時の面影が残っている。
こうして俺は、懐かしい友を連れて、馬車に戻ることになったのだった。
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