第473話 飛んできた災難

 ちらりと視界の端に赤い光が閃く。

 一瞬俺は敵かと思って警戒を強めたが、こちらに何かが迫るということはなかった。

 代わりに麓の森林部分に、また一つ赤い光が灯り……即座に消えた。


「なんだ、魔法?」


 ちらちらと覗く光は、明らかに自然の物ではなかった。

 魔法、それも火系の攻撃魔法による物だ。一拍遅れて届く爆音が、その証明である。

 どうやら誰かが何かに追われながら戦闘しているようで、その爆発は少しずつ移動していた。


「また、面倒なことにならなきゃいいんだけど」


 その魔法の痕跡は、こちらに近付いてくるルートを取っていた。

 このままでは麓に降りたあたりでかち合いそうだ。


「ミシェルちゃん、クラウド。どうも厄介ごとの予感がするから、積み込み、急いで」

「オッケー、でもこっちはほとんど終わってるよ?」

「フィニア姉ちゃんの魔法のおかげで、かなり楽に積み込み出来たよ」

「なんだか、久しぶりに役に立てた気分ですね」


 フィニアはミシェルちゃんやクラウドほど目立った活躍はしていなかったので、すごく充実した顔をしていた。

 しかしフィニアが役立たずというわけではないことは、ここに断言しておこう。

 彼女は尖ったオンリーワンではなく、あらゆる局面をサポートできるオールラウンダーだ。

 俺たちは皆、揃って尖った能力を持つから目立たないだけで、彼女も充分に一流の能力を持っている。


「んー……よし。それじゃ少し少ないかもしれないけど、この辺で撤退しよう」

「はぁい」

「オッケー」

「フィニアはつらいだろうけど、魔法の維持、がんばってね」

「お任せください」


 そういうと、板の上に乗り込み、火燐石を詰めた袋と一緒に運ばれる体勢を取った。

 彼女が消火エクスティンクションの魔法を維持している限り、火燐石はただの石ころと変わらない。

 この魔法、本来長時間維持する魔法ではないため、そういった効果を付与する術式は組み込まれていない。

 それを強引に維持するため、フィニアは常時魔力を消費し続ける状態になってしまう。

 このままではすぐに魔力が枯渇してしまうため、魔力を回復しやすい姿勢を取り続ける必要があった。

 休息による魔力の回復と、維持による消費。これらのバランスを調整し、長時間の効果の発現を実現しているのだ。

 そのため、移動や戦闘という行為はほとんど行えないといっていい。


「それじゃミシェルちゃんとクラウドは、帰りは徒歩ね。わたしの後をついてきて」

「りょうかーい!」

「こんな怖い場所で脇に逸れたりしないって」

「それをするのがクラウドだから、心配してるんじゃない」

「お、おう……?」


 なぜか顔を赤くしたクラウドと、その脇腹をつねり上げてるミシェルちゃん。

 まあ、そんな二人の様子に何も感じないほど俺も鈍感じゃない。不埒な真似をしない限りは、大目に見てやるとするさ。仲間だからな。


「あっ!?」

「ん?」


 その時、ミシェルちゃんが唐突に大きな声を上げた。

 この場所では大声で驚き、一歩踏み外しただけで大爆発なんて事態もあり得るため、大声は極力自粛していた。

 それなのに、彼女はそれを押さえることができなかった。

 俺はそれを疑問に思い、彼女に振り返る。


「ミシェルちゃん、どうかした?」

「ニコルちゃん、あれ! あれ!」


 珍しく、切羽詰まった必死の形相で、俺の背後を指さす。

 この周辺に敵がいないことは俺も理解しているので、何が危険なのかとのんびり視線を移すと……そこにはこちらに飛来する火の弾が存在した。

 おそらくは麓の戦闘の流れ弾なのだろう。この距離まで飛ばせるとは、術者の卓越した技術が見て取れる。

 しかし今はそれどころではない。先日雨が降ったせいで、火燐石が水に溶け出し、それが蒸発した可燃ガスが周辺に滞留している可能性もあるのだ。


「た、たいきゃーく!!」

「きゃあ!?」


 俺はミシェルちゃんも顔負けの必死の形相で、駆け出した。

 俺の腰には板に繋がれたロープが結ばれていたため、フィニアと火燐石も一緒に運ばれていく。

 こちらは浮遊レビテートの魔法が維持されているため、ちょっとした力で運ぶことができる。

 急発進した衝撃に、フィニアは甲高い悲鳴を上げた。


「きゃあ!?」

「ま、待ってよぉ!」

「こんな場所に置いてくなぁ!」


 そんな俺たちを追って、ミシェルちゃんとクラウドも駆け下りてきた。

 数秒して、俺たちのいた辺りに火弾ファイアボルトと思しき魔法が着弾する。

 本来なら着弾点を焼いておしまいの魔法。しかし、ここではそれすら命取りだ。

 ジュッという、まるで水に火のついた薪ををとしたような音。そして――


「ぬわあああぁぁぁぁぁぁ!?」

「きゃあああぁぁぁぁぁぁぁ!」

「うげえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 三者三様の悲鳴。直後に起きた大爆発。

 それは着弾点だけにとどまらず、連鎖的に周囲の火燐石を巻き込みながら、延焼していく。

 もちろん、逃げる俺たちの背後にも、その爆発的燃焼は迫っていた。

 ちなみに悲鳴を上げなかったのはフィニアだけ。彼女は今、火燐石が板から落ちないよう、目をつぶって必死に押さえているため、背後の惨状を理解していなかったらしい。

 俺としては羨ましい限りである。

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