第472話 危険な山登り
火燐石は水に溶ける性質を持つため、植物が繁茂する環境では存在しない。
植物と水は常に同じ場所に存在するからだ。
よって、山をかなり上まで登らねばならない。だが火燐石のような危険な鉱物がある場所に、山道など存在するはずもなかった。
「むぅ……結局徒歩で上る必要があるか」
「俺の馬なら登れないこともないけど、馬って結構揺れるからなぁ」
「火燐石の運搬には、少しばかり不向きだね。それに馬が火燐石を踏み付けて爆発する危険性もあるし」
「厄介な石ころだなぁ」
「だからこうして仕事になるんだよ。ほら、さっさと歩く」
馬と馬車を麓に繋ぎ、徒歩での登山の準備を整える。
火山だから
行動にはなおさら、慎重さを要求されるはずだ。
それに馬も、草や水が確保できる場所に繋いでやらないと、餓えや渇きで体調を崩してしまう。
さいわい、この麓はまだ緑豊富な場所なので、その点に関しては問題はなかった。
最大の問題は、馬を狙って現れるモンスターの存在である。
「さっさと登って、さっさと戻ってこないと、馬が襲われちゃうぞ」
「うわ、それは勘弁!」
「レイドとコルティナが死んじゃうのはやだー」
「だからミシェルちゃん、馬にその名前はよそう?」
「じゃあ、ニコルちゃんが決めて」
「え、うーん……」
今まで馬とだけ呼んでいて、名前までは決めていなかった。
本来冒険者というのは、徒歩での移動が多い。それに今回のように馬の入れない場所に踏み入る事も多いので、愛着を持たないように名前を付けることは稀だ。
前世でも、俺は馬を使い捨てにしたことが何度もある。
だから、名前をつけろと言われても、少しばかり戸惑ってしまう。
どちらも栗毛の、綺麗な馬だ。旅先で繁殖しないように、両方とも牝馬である。
「そうだ、クラウドの馬は何て名前?」
「こいつ? エリザベスだけど」
「なんか偉そうな名前!?」
だが、さすがに男の名前を付けるミシェルちゃんよりは、マシだ。
俺は馬の顔を撫でてやりながら、その模様を眺める。
額に白いひし形の模様が入っているのが特徴的だ。
二頭とも、その模様が入っていたので、血の繋がりがあるのかもしれない。
「そうだな……星みたいな模様が入ってるし、ステラとスピカなんてどうだろう」
「あら、素敵な名前ですね」
「ステラとスピカ、かぁ。うん、可愛くていいんじゃないかな! じゃあ、こっちがステラ、でこっちがスピカ」
「いいんじゃない?」
ミシェルちゃんは右前足に白い模様が入っている方をステラ、左前脚に白が入っているのをスピカと呼んでいた。
どっちをどう呼ぶかまでは決めていなかったので、これはむしろ助かる。
「それじゃ行ってくるね。ステラ、スピカはおとなしくお留守番しててね!」
ブンブンと手を振って駆け出していくミシェルちゃん。待て、この先は危険な石がごろごろしてるんだぞ。
まだ麓とはいえ、駆け出すのは危ない。
「あ、待って。走ったら危ないから!」
「そーだった!」
慌てて足を止め、凍り付いたように動かなくなるミシェルちゃん。
そりゃ、足元に爆発物があると知ればそうなるだろうけど……まあ、見てて可愛いからいいか。
山道をクラウドが先導して歩く。そのクラウドの腰にはロープが結ばれており、その先は大きめの板に繋がっていた。そしてその板には、女性陣三人が乗っている。
「らくちんだね!」
「まさか
「前に荷物を運んだことがあったからね。わたしたちも運べるかなぁって思って」
女性陣は
それをクラウドが引っ張ることで、すいすいと移動できる。かつて意識を失った子供たちを板に乗せ、同じように移動したことを思い出したのだ。
山道すらない山を登るとなると、どうしても体力の温存という問題が出てくる。
特に俺は持久力に劣り、すぐ疲労してしまう欠点を持っている。
それにフィニアは今回の依頼の鍵となる技能を持っている。できる限り疲れないように配慮してやらねばならない。
そして最後に、俺たち二人が楽に移動しているのに、ミシェルちゃん一人を歩かせるのは心苦しい。
以上をもって、こんな珍妙な移動が実行に移される運びとなったのである。
「でも、いつまでも乗ってるわけにはいかないか」
「え、もういいのか?」
「うん、こっからはわたしの仕事」
周囲の木々はすでにかなり
そこへクラウド一人つっこませたら、確実に踏み付け爆発をさせてしまう。
そうなる前に、俺が先導して安全なルートを確保せねばならない。
俺は足元を確認しつつ板から降り、代わりにクラウドを板に乗せた。
「それじゃ今度は私が引くから、板から降りちゃダメだよ? あぶないから」
「了解了解。楽できるんだから、いうこと聞くって」
「クラウドだけ放り出してやろうか……」
「冗談だから!」
板に乗っている限り、浮いているのだから火燐石を踏みつける危険性は少ない。
とはいえ、風に吹かれて転がるだけでも爆発しかねない危険物が相手だ。
板の上でも万全と言い切れるものではなかった。
「もし至近で爆発したら、クラウドが庇うんだよ?」
「まかせとけって。そのための大盾だからな!」
身体の成長に伴い、クラウドの盾も、相応に大きな物に変わっている。
そのたびにハスタール神の手を煩わせたのだから、感謝もひとしおだ。
俺は足元を注意しながら、慎重に歩を進めていく。
火燐石は特徴的な赤い色をしているため、一目で見分けることができる。
とはいえ、ここは火山。赤っぽい石なんて、そこら中にある。それを見分けて進んでいくことが重要になる。
要求されている火燐石の量は結構多い。
途中にある火燐石を少量拾って回るより、どこか鉱脈を見つけた方が危険度も低い。
俺は数時間もかけて山道を登り、ようやくお眼鏡にかなう鉱脈を発見することができた。
「よし、それじゃフィニア。この近辺で採取するから、集めた火燐石に
「承知しました」
俺の合図を待ってから、ミシェルちゃんとクラウドが採取を開始する。
それぞれ魔法の防壁を掛けてもらっているとはいえ、至近で爆発されたら大怪我をする。
それを理解しているので、動きも慎重を極めていた。
俺はその間、周囲を警戒しておく。
この近辺は地を這うモンスターはほとんどいない。火燐石の過敏ともいえる特性のおかげで、生物が生存できる環境ではないからだ。
しかし空を行くモンスターは話が違う。ヴァルチャーを始めとした鳥類のモンスターにとって、この近辺は見通しのいい狩場になる。
動きの鈍っている今の俺たちは、さもおいしそうな獲物に見えることだろう。
そんな俺の視界の隅に、何か光るものが見えたのは、その時だった。
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