第471話 ハウメアとの別れ

 なんにせよ、エリオットとプリシラのことは、俺にとってはすでに過去の話。もはや縁のない話である。

 すでに俺はライエルの庇護を離れ、冒険者として独り立ちしている……仲間はいるけど。

 ということは、俺の身は権力者とは縁がない。生まれは基本的に平民なのだから。

 それにそういう筋の依頼はガドルスが入念にカットしていた。


 エリオットの方も、ハウメア(偽)という幻想を追うのを諦めたわけだから、こちらも現実的な相手を選んだといえる。

 これで世継ぎができれば、腹心たちも一安心というところだろう。


 ともあれ、やはり隣国……いや、故郷の国王の結婚となると、話題性は大きい。

 講義を受けていた三日間、ミシェルちゃんとフィニアはその話題で持ちきりになっていた。


「それにしても、あのプリシラとねぇ?」

「なにかおかしい?」


 御者台にはフィニアが座っているため、俺の横にはミシェルちゃんがいる。

 彼女はプリシラとは直接的な接触はないので、生真面目な彼女についての知識はない。


「うん、すっごく任務にまじめな人だったから、ちょっと意外かも」

「そーなんだ」


 正直、互いに好意は持っていたようだが、それが実を結ぶまで、もうしばらく時間がかかると思っていた。

 それがこの電撃結婚。いや、ひょっとして……


「いや、デキたから結婚したのかも?」

「え、王様は結婚、まだできてないよ?」

「そういう意味ではなく」


 ミシェルちゃんはまだ、ヤればデキるという現象には思い至らなかったらしい。

 最近クラウド汚染が著しい彼女だが、まだ純粋な部分は残ってると知って安心した。


「それよりあそこの山、あなたたちの目的地よね。ということは相乗りもここまでかしら? 楽させてもらったわ」

「いえ、こちらこそ。ご指導ありがとうございました」


 ハウメアさんの言葉に、俺は深々と一礼する。

 たった三日の講義だったが、それでもミシェルちゃんの動きは格段に良くなった。

 特に軸足を起点に身体を回す、独特の体捌きは、非常に無駄がない。

 成長期の彼女にとって、この三日の講義はかけがえのないものになったはずだ。

 クラウドも、弓で殴りかかってくる相手の対処を学び、より慎重な動きができるようになっている。


 油断せず仕留めきるというのは、重要事項だ。俺も、先のベリトで煮え湯を飲まされている。

 しかしこれは、言葉だけでは実感しにくいことだ。自戒していても、どこかにそういう綻びはできてしまう。

 これは痛みをもって思い知らないことには、矯正できない。

 クラウドはこの三日、ハウメアさんとコールさんに、その痛みを存分に叩き込まれていた。


「ありがとぉございましたぁ!」

「あっしたー!」

「お手数をおかけしました。ご指導、深く心に刻んでおきます」


 フィニアも魔法の短縮発動を彼女たちから学んでいた。

 短縮といっても、手順が省けるわけではない。照準、魔法陣、魔力放出、発声。それらの工程は必要不可欠。

 それを攻撃や防御と並行して行い、しかも最小限の動作で発動させる。または柔軟に運用するという技術を教え込まれていた。


 今までのフィニアは、バリエーション豊富な魔法を使えたとはいえ、動きながら使用できなかったし、魔法陣も正面にしか描けなかった。

 だが今の彼女は、コルティナのように背後や側面に魔法陣を描くことができる。

 それも大きなものではなく、小さく描くことで。

 これは魔法陣をより緻密に、素早く、どの方向ででも描けるということで、実戦の場では使い道は多い。

 俺やクラウドを壁に使わないと使えなかった魔法が、乱戦になっても使えるようになったというわけだ。


 ミシェルちゃんは勢いよく、フィニアは御者台から振り返って礼儀正しく頭を下げ、クラウドは軽く手を上げただけ。

 それぞれの方法で感謝を示す三人に、ニコリと笑みを返して、二人は馬車を飛び降りた。

 まだ動いている馬車から飛び降りたので、フィニアが慌てて馬車を止める。

 そんな俺たちを振り返りもせず、片手だけ挙げて挨拶を返し、北へと歩いて行った。

 その道は、北部三か国連合の首都、トライアッドに続いている。


「なんか、カッコいいおねーさんだったね」


 その背を見送りながら、ミシェルちゃんは小さくつぶやいた。

 どこか寂しそうに聞こえるのは、彼女の人懐っこさを考えれば当然の話か。


「あれは飄々としているというか、マイペースなだけなんじゃ?」

「エルフでも高齢の方になるとそういう人が増えますね。マクスウェル様とか」

「アレは特別。あんなのばかりになったら、エルフの風評被害が激しくなる」


 あの爺さんの悪戯好きは、俺も困らされた。だからこそ当たりが強くなる側面もある。

 それは俺が、仲間だったから辛口にできる気安さでもあるが、それを知らないクラウドは戦慄した表情を浮かべていた。


「いや、ニコル。前から言おうと思ってたけど、マクスウェル様とかライエル様に対してキツ過ぎじゃねぇ?」

「む、そうかなぁ?」


 ちなみに俺がレイドであることを知っているフィニアは、平然としている。

 身分に関してやや無頓着なミシェルちゃんも同様だ。

 しかしクラウドはそうではなかった。訓練の時は必死なので、そういった意識はなりを潜めているが、やはり六英雄と被差別種族の違いというのは、ベリトでも思い知らされている。


「ま、本人が気にしないんならいいんじゃない?」

「そりゃそうだけどさ……一応外聞という物もあるし」

「クラウドがそういうところを気にするなんて珍しい」

「フィニアさん、俺ってそんなに非常識?」

「え、いえ、そんなことは……」

「フィニアに泣きつくなんて、卑怯」


 泣きそうな顔でフィニアに話を振るクラウドに、俺は苦情を申し立てておいた。

 その間にも、ハウメアさんたちの姿は見えなくなっている。

 山の近くであるこの場所は、結構木々が茂っており、少しだけラウムを思い出させた。


 目の前には煙がたなびいている火山。

 ここに火燐石が存在する。危険な作業なので、今から気を引き締める必要があるだろう。

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