第309話 面接

  ◇◆◇◆◇



 ハウメアとコールは緊張を隠せないまま、応接室に向かった。

 貴族などの面会に配慮を必要とする相手にだけ、使用が許される特別な部屋だ。

 そんな部屋、自分には生涯関わることはないと思っていた。現にこれまでの長い人生でも、足を踏み入れたことはない。


「うう、胃が痛くなってきました」

「エルフの方でも緊張なさるんですか」

「もちろんです! しかも相手は駐在大使。いわば北部三か国連合の国王陛下の代理。あまりにも身分が違いすぎますから」

「下手なことをすれば国際問題になってしまい――」

「やめて、本当に!?」


 無論、案内をしてくれているギルド職員の言葉は間違いではない。ここで下手を踏めば、国際問題に発展する可能性は充分にある。

 冒険者である以上、その尻拭いはギルドが受け持ってくれるだろうが、今後の居心地は悪くなるだろう。

 これから先の接見、一歩間違えれば冒険者生活の終焉にも直結しかねない。


「うう、でもすっぽかすわけにもいきませんし」

「覚悟を決めてください。ここが応接室です」

「はい……」


 悲壮な表情でハウメアは扉に手を伸ばす。

 その肩をコールはポンポンと叩き、気安く声を掛けた。


「安心しろ。もう冒険者も充分長くやっただろう。そろそろ引退しても悪くないはずだ」

「わたしはもう少し気楽に旅したかったんだけど」

「それもまたいいさ。やらかした時のことを言っている」

「あなたが慰めようとしてることはわかりました。成功しているとは言えないけど」

「悪かったな、口が上手くなくて」


 しかしその言葉で緊張が解れたのか、ハウメアは幾分明るい表情で扉を叩く。

 貴族相手ということで、丁寧に二回、そしてもう二回。平時であれば三回叩くだけでいい。トイレなどの緊急の時は二回。

 二回を二度繰り返すのが、正式な儀礼らしいと聞いたことがあった。


「ハウメアです」

「どうぞ」


 重々しい男の声が、呼びかけに応える。その声はあまり機嫌がいいようには聞こえない。

 一瞬逃げ出したい欲求にかられるが、そんな真似をすればそれこそお尋ね者になってしまう。

 ハウメアは覚悟を決めて、扉を開ける。

 日頃自分たちが使う部屋とは違い、シンプルながらも清潔感がある、小綺麗な部屋。磨き上げられた大理石のテーブルと、向かい合わせのソファが置いてある。

 そこに白髪交じりの髪を丁寧に撫でつけた、初老の紳士が座っていた。


「あなたがハウメアさん?」

「ええ、こちらは仲間のコールです」

「そうでしたか。私はラウムの駐在大使を任じられております、バルトと申します。その……失礼ですが、間違いなくあなたですか?」

「え? ええ、そうですけど?」


 不審そうに彼女を見やる大使。

 その意図を量りかねて、失礼にならないように小さく首を傾げる。


「いや、失礼。疑ったわけでは――違いますな。正直言うと話に聞いていた姿と違うもので、疑ってしまいました」

「話と違う、と申しますと?」

「いや、詳しく話すのはやぶさかではないのですが……そうですな、まずはお掛けください」


 促され、断ることもできず、ハウメアとコールはソファに腰を掛ける。

 そして同時に扉がノックされ、職員が茶と茶菓子を持ってきてテーブルに並べる。

 ハウメアたちには一瞥もせず、そそくさと部屋を出ていくところが、関わりたくないという心情を、ことさら強く表していた。


「まず、お呼びだてして申し訳ない。我々、北部三か国連合は一人の女性を探しています。その女性はハウメアと名乗っておりまして」

「あの、私は北部三か国連合とはあまり関わりはないのですが……」

「そうでしょうな。その女性は輝くような青銀の髪に赤い瞳の少女と聞いておりました。そしてエルフでもなかった」

「それでしたら、確実に人違いでしょうね。ですがなぜその女性を?」


 ハウメアは青銀の髪と聞いて一瞬ニコルのことを思い浮かべたが、彼女の瞳は赤と緑のオッドアイだ。ここまで目立つ特徴を言い間違えるとは思えない。

 返された問いに、バルト大使は眉間にしわを寄せて悩む仕草をした。

 自分の質問が相手を不快にさせたかと、ハウメアは焦る。


「あ、あの、その無理に答えなくても結構ですので……」

「いや、この場にご足労願ったのに何も説明せずお帰り頂いたのでは、こちらの面目も立ちません。説明はしますが、できれば口外無用に願いたく」

「……わかりました」


 こちらから切り出しておいて『じゃあいいです』とは言いだせない。

 ハウメアは危険な話ではないことを願いつつ、先を促した。


「実は我が王――エリオット陛下の想い人がハウメアと名乗っておりまして」

「陛下の想い人!? では未来のお后様で?」

「いや、その方は陛下の前から姿を消してしまったのです。どうやらマクスウェル様の密偵だったらしく」

「それは、そのなんというか……」


 北部三か国連合の国王と、六英雄の一人、マクスウェル。

 そんな世界の重要人物たちが関わる問題に、自分が口を出していいかどうか逡巡する。

 そもそもマクスウェルの密偵というだけでも凄まじい存在なのに、さらにエリオット王の想い人ともなれば、自分であるならばまず逃げ出す。

 その女性が姿を消したのも、その辺りが理由じゃないかと勘繰ってしまう。


「正直言いますと、非常に申し訳ありませんが……逃げ出してしまう心境はわかってしまいそうです」

「まあ、そうでしょうな。その女性の立場といい、後ろ盾といい、私どもとしても対応に苦慮しております。しかもその女性、実にその、非常に腕が立ちまして」

「それほどお強いのですか?」

「強さもですが、痕跡を全く掴ませないのです。ラウムで見たという話もあれば、北部に現れる」

「まさに神出鬼没ですね」

「ええ。それほどの機動力を持つ方となれば、悪用しようと考える者も現れるでしょう」

「でしょうね。だから内密に、と」

「はい」

「わかりました、この事情は決して口外いたしません」

「それはよかった。では私はこれで。陛下は残念でしょうが、あなたが人違いという情報を伝えねばなりませんので」


 そう言って席を立つバルト大使。ハウメアも慌ててそれに続く。


「で、では私たちもこれで」

「はい。今日はご足労頂き、ありがとうございました」

「いえ、この程度でよければいつでも!」

「ほう? では今度お茶でもいかがでしょう?」

「それは勘弁してください」


 このような国の要職にある人物に何度も呼び出されるのは、精神衛生に非常によろしくない。

 心底からそう思い、ハウメアとコールは退室したのだった。



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