第310話 勘違いからの暗躍

  ◇◆◇◆◇



 ハウメアと別れた後、バルト大使は冒険者ギルドを出、大使館のある方角へと向かう。

 しかし、その途中で道を逸れ、人の少ない路地裏へと忍び込む。

 周囲に人目がないことを入念に確認すると、おもむろに呪文を詠唱し始めた。


「朱の二、青の一、翡翠の一――解呪ディスペル


 魔法が発動すると、初老の紳士然とした姿が溶けるように崩れ、下から痩せこけた男の顔が現れた。

 その容貌にはバルトの面影は欠片もない。その額には、小さな角が存在していた。

 つまり男が、半魔人である証である。


「ふぅ……貴族の真似事も楽じゃないな」


 大きく息を吐き出し、伸ばしていた背筋を元の猫背に戻す。

 言葉遣いも大きく変わったものでもないのに、纏う雰囲気は全く違うものに変化していた。

 その男は一目で胡散臭いと感じるほど、怪しさを漂わせている。明らかに公の職務に携わる人間の雰囲気ではない。

 懐から帽子のようなものを取り出し、頭にのせると起動言語キーワードを口にして術式を起動した。


「あー、クファル、繋がっているか?」

「……ああ、聞こえている」


 向こうの反応があるまで、微妙な間があった。ひょっとすると都合の悪い時に連絡したかと、一瞬心配してしまう。


「タイミングが悪かったか?」

「いや大丈夫だ。今周りに人はいない。そっちはどうなんだ?」


 逆にクファルに問われ、再度周囲を確認する。

 元々人の少ない路地だけに、こちらを気にする人は見かけられない。


「ああ、大丈夫だ」

「そうか。で、結果は?」

「どうもダミーだったようだ。顔を出したのは金髪碧眼の典型的なエルフだったよ」

「やはり身分を偽装していたか」

「相手がエルフってことで念入りに変装ディスガイズしたってのに、全く気付かなかったぜ。拍子抜けだ」

「ギルド内での話だからな。緊張はしていても、警戒はしていなかったのだろう」


 帰ってきた声は別段驚いた風もなく、平静を保ったままだった。

 おそらくこの結果も、クファルは想定していたのだろう。彼は年齢に似合わぬ知識を持ち、カリスマを発揮し、瞬く間に組織を作り上げた。

 かく言う男も、最初期にクファルに従属した一人である。それからすでに五年は経っている。

 だがクファルの外見は十四、五のまま動かない。これは半魔人特有の成長だ。


 半魔人は一定の年齢まで成長すると、その成長が止まる。

 止まる年齢は人によって違うが、大体十代半ばから三十前後で停止する。

 つまり、クファルの正確な年齢は……誰も知らない。


「ハウメアの痕跡を追う道は、これで途絶えたか」

「『老いぼれ』に直接聞くって手もあるけどな」

「そんな危険は冒せない。それより……」

「ん?」

「そうだな、次は少しラウムを揺さぶってみるか。上手くすれば、向こうから姿を現してくれるかもしれない」

「どうやって?」


 男の質問にしばらく返答はなかった。魔道具の向こうからは、代わりに紙を掻きまわすような音がしばらく続く。

 時間にして数分も沈黙が続いただろうか。ようやく魔道具からクファルの声が聞こえてきた。


「あった。古文書の一つにモンスターの異常進化について記述したものがあってな。それによると高濃度の魔力に晒され続けると、特異な変化をする個体が出現するらしい」

「へぇ?」

「確かラウムの北には地脈が通っていたな?」

「ああ。だが『老いぼれ』に埋められてるぜ」

「別に魔術で封じているわけじゃなく、単に埋めただけだ。掘るくらい陥穽トンネルの魔法でどうとでもなるだろう」

「そりゃ、そうだが」

「そこに……そうだな、新陳代謝の早いゴブリンでも放り込んでおけばいい。上手くいけばジェネラル、いやロードに進化するかもしれないぞ」

「そう上手くいくかな?」


 思わず反論してしまった男に、クファルの返答はそっけなかった。


「別にうまくいかなくてもいいさ。安全な巣があればゴブリンは勝手に増える。増えたゴブリンは近隣の人里を襲う。その混乱だけでも標的は出現するかもしれない」

「そんなもんかね?」

「だが『老いぼれ』がラウムに居たままでは、一瞬で殲滅される可能性があるな。どうにかして別の場所におびき出せないか?」

「そっちでハウメアの偽情報を流して、『老いぼれ』を呼び出させたらどうだ? それより『軍師』はどうする?」

「そっちは放置しろ。俺たちの目的はラウムの殲滅じゃない、混乱だ。ゴブリンどもは適度な所で撃退してもらわねば、『商品』が減る」

「あぃよ。ではその路線でやってみる」

「くれぐれも無理はするな。まだこちらの動きに勘付かれるのはまずい」

「ああ、わかっている」


 クファルは慎重な男だ。だが慎重であると同時に大胆でもある。

 今回の指示もかなり大胆だと言えよう。

 先ほど受けた指示も、かなり大雑把なモノだ。確かにゴブリンのように代謝の早い生物が地脈の塊のような場所に放り込まれると、突然変異を起こす可能性はある。

 しかし起きるという確証はないし、それが集団を形成しラウムに迫るという可能性も未知数だ。

 だがそれを望んでいるということは、男にもわかる。


「なら何とか誘導するしかないな。むしろ広めの巣を作って数匹まとめて放り込むか。なんだったら苗床になりそうな女も……」


 そこでふと、先ほどであったハウメアという女の存在を思い出す。

 少々歳を経ているようだが、美女であることは間違いない。あの女を餌に……とかんがえたところで、男は首を振った。

 ハウメアもそうだが、隣にいたコールという男も、腕は立ちそうだった。

 下手な手を出してこちらの存在を察知されるのはまずい。

 クファルは仲間には穏和に接しているが、必要となれば容赦なく切り捨てることもできる男だ。


「危ない危ない、『何事も堅実に』がうちのモットーだったよな」


 男はそう呟き、再びバルト大使の姿へと戻る。

 二つの魔法を並行して制御できるだけの能力は、彼に無いからだ。


 そして仮初の姿を維持したまま、情報の辻褄合わせに向かう。

 このままでは、バルト大使の記憶にない面接が行われたことになってしまう。

 情報を先に大使館へ届け、ハウメアとバルトが顔を合わせる前に、人違いであることを知らせる。

 そうすれば、今回の話を深く調べることもあるまい。



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