第311話 十二歳になって最初の災厄
あれからさらに半年の月日が経った。俺は十二歳を迎え、成長も加速しつつある。
育ち始めた胸はそろそろ邪魔になることもあり、腰回りも肉付きが良くなってきていた。
逆にウエストは大丈夫かと思わんばかりに細くなり、華奢な身体が輪を掛けてほっそりと見え始める。
洗髪料のおかげで、髪は以前よりさらにつややかに、しなやかに、美しく輝き、通りがかる人が足を止めて見とれるということも、起き始めていた。
この反応は、ハウメアに変装していた時によく起こっていた現象と同じだ。ちょっと目立ち過ぎじゃないですかね?
とりあえずホールトン商会の縁でミクスス茸という臨時収入を得ることができるようになり、俺たちの懐はさらに温かくなっていた。
その後も折を見ては調味料の調達を請け負っていたので、クラウドの貯蓄具合もかなり捗っている。
その日も、授業を終えた俺たちはまっすぐに冒険者ギルドへと向かっていた。
最近は音楽室の部活にも顔を出していないので、そのうち出席しないといけないだろうが、今は依頼が優先である。
途中でミシェルちゃんと合流し、ギルドの門をくぐると、そこはいつにも増した喧騒に満ちていた。
「な、なにごとですの?」
「さぁ?」
「見たことがないくらい人がたくさんいるね」
何事かとキョロキョロと周囲を見回す俺たちの元へ、目ざとく見つけたクラウドが駆け寄ってくる。
その手には一枚の依頼票が握られていた。
よく見ると周囲の冒険者も、同じように依頼表を手にしている。
「ニコル、ニコル。これ見てくれよ、これ!」
「こんにちわ、クラウド。まずは挨拶からだよ」
「お、おう、こんにちわ。今までこんなこと言ってたっけ?」
「わたしはお姉さんになるからね。礼儀には厳しく行くようにしたんだ」
「あ、そう……いや、そうじゃなく! ほら、これ。ゴブリンの大量発生だって」
「へぇ、ゴブリン?」
ゴブリン――小鬼と呼ばれる妖魔の一種だ。
体格の大きさは子供くらい、つまり俺たちと同じ程度の背丈しかないが、その体格に比して筋力は高い。
力の強さで言うと大人と同じくらい。一般人でも一匹ならばどうにか対処できる程度の強さ。
半面、頭は相当弱く、下手をすればコボルドにすら及ばない。
それでも脅威であることには変わらないので、ギルドでは発見次第即討伐という対応が取られている。
「まあ、デンみたいな例外もあるかもしれないけど……」
「ニコルちゃん、デンって誰?」
「んー、マクスウェル様の知り合い?」
嘘じゃないぞ。マクスウェルとは知り合いであることは間違いないし。
しかしゴブリン程度でこの騒ぎは少し異常だ。
「で、それだけじゃないでしょ?」
「ああ。実はロードじゃないかって噂なんだ」
「ろーどってなに?」
「ミシェル、ゴブリンロードのことですわよ。言うなれば、群れの長かしら」
「村長さん?」
ミシェルちゃんは腰の前で手を組み合わせ、首を傾げて見せた。その拍子に腕に挟まれた胸が大きくたわむ。
おのれ、その巨大な肉塊を強調して無邪気な質問を返すとは、なんとあざとい。
見ろ、クラウドの視線も釘付けになっているじゃないか。ついでに俺の目もばっちり誘導されていた。
「近いような、近くないような……頭のいいゴブリンが進化したらロードになるって言われてるよ。ゴブリンロードがいる群れは、統率が取れて軍隊みたいになっちゃう」
「へー」
「しかも群れそのものの繁殖力も強化されるせいか、すごい勢いで増えるの。下手をしたら小さな町とか滅ぼしちゃうくらい」
「なにそれ、こわい……」
「だから出現が確認されたら最優先で討伐するように、冒険者ギルドでは言われているんだ。軍隊の出動もありうるって」
「か、帰ろっか?」
あっさりミシェルちゃんは尻尾を巻いた。彼女は基本的に、穏和な人間である。
軍隊の出動というキーワードは、怖気付くには充分な恐怖を与えてくる。
「まぁ、わたしたちは未成年だし、それにまだ一階位だから強制されることはないと思うよ」
「そうなの? よかったぁ」
俺たちは冒険者歴は三年を超えているが、その功績のほとんどは薬草集めや狩猟である。
積極的にモンスターを倒したりしていないため、階位は全く上昇していない。
だからこそ、今回の騒動に駆り出される危険はないわけだが……
「報告だ! 道を開けてくれ」
そこへ一人の冒険者が駆け込んできた。
動きやすそうな革鎧に足元も同系の革のブーツ。見るからに隠密行動が得意そうな格好をしている。発動補助具の杖を持っているところを見ると、魔術師も兼ねているらしい。
報告ということは、斥候を担当していた冒険者に違いない。
男はカウンターまで駆け寄り、話を聞くためにそこにやってきたギルド長に報告する。
「報告だ、ここでいいか?」
「ああ、かまわん。どうせ後で皆には聞かせないといけないからな」
「それが……ゴブリンは確かにいた。場所は街の北側、徒歩で五日というくらいの場所だ。数は不明」
「不明だぁ?」
徒歩で五日の場所をこの時間で偵察してきたということは、マクスウェルのように
あの魔法ならば、この時間で往復も可能だ。
男の報告に、不機嫌そうに鼻を鳴らすギルド長。だがそれも当然で、偵察に出て『わかりません』では、何のために出たのかわからない。
だが男はそんなギルド長の雰囲気を察し、慌てて言葉を繕う。
「いや、数が不明というのは正確な数を数えられないくらい大量にいたからなんだ。少なくとも百や二百では済まない」
「なんだと!?」
二百を超えるゴブリン。それは確実にロードがいないと有り得ない数だ。
通常のゴブリンならば、せいぜい十かそこらで維持できる群れの限界に達する。
これほどの数は、冒険者だけでは手に余るかもしれない。
しかし男はさらに別の悲報ももたらしてきた。
「しかも連中、この街に向かってきている。軍隊の出動を要請した方がいい。おそらくは五日と経たないうちに迫ってくるぞ」
「あ、ああ……そうだな。おい、お前は詰所に連絡を持っていけ。そっちのお前は王城に知らせろ。この数は衛士隊の手に余る」
「は、はい!」
「それとお前、コルティナ様とマクスウェル様に連絡を。軍を動かすのなら、あの方々の力が必要になる」
「わかりました!」
指示を受けたギルドの職員が、慌ただしく駆け出していく。
俺はその背を見送りながら、こっそりと煩悶していた。
コルティナが戦場に出る。だというのに、俺はそこに駆け付けることができない。
この討伐に参加すれば、ミシェルちゃんたちを巻き込むことになってしまうからだ。
しかし俺が単独で参加しようとしても、コルティナを始めとした周囲の人間に止められるだけだ。
さらに状況が悪いことに、
変身して手伝うこともできない。
「うぬぅ」
「ニコルちゃん?」
「ちょっとコルティナが心配」
「あ、それはそうだね……わたしも手伝えること、ない……かな?」
「ミシェルちゃん、足が震えてるよ。無理しちゃダメ」
「それはそうなんだけど、でも……」
「コルティナはああ見えて頼りになるから、きっと大丈夫だよ」
そうは言いつつ、心配なのは俺も変わらない。マクスウェルが到着したら、どうにかして話を聞き、討伐に一枚噛ませてもらうことにしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます