第312話 作戦会議

 レティーナやミシェルちゃん、クラウドはそのまま家に帰して家族と一緒に避難させることにした。

 ミシェルちゃん辺りはギフトの存在を知られると、戦場に駆り出されるかもしれないので、先手を打って隠してしまおうという魂胆だ。

 そして俺は自宅に戻る振りをして幻覚の指輪を使い、地味目の冒険者の姿を取って、再びギルドに舞い戻ってきていた。


 冒険者ギルドでは、最も広い場所……すなわちホールに長机を運び込み、緊急の会議室のようにしていた。

 そこに五十人ばかりの冒険者と職員、それにコルティナとマテウスの姿もあった。


「あの、コルティナ様。マクスウェル様は?」

「あの爺さんなら、今朝方北部三か国連合に呼び出されて、あっちの首都のトライアッドに行っているわ」

「で、ではギルドの連絡網を使ってすぐに――!」

「それはそっちにお願いするわね。あの爺さんが帰って来てくれれば、状況は一気に楽になるから」

「は、はい! その、ライエル様やマリア様、ガドルス様は?」

「マリアは戦闘に駆り出すのはまだ無理よ。体調がまだ完全には戻ってないの。ライエルも今は北を離れるわけにはいかないでしょうね」


 北部にはいまだ魔神召喚を企んでいる組織がいる。

 ライエルは彼らの生贄の供給源を絶つべく、三か国連合を東奔西走していた。

 そしてそれはガドルスも同じである。今自在に動けるのは、マクスウェルしかいない。


 コルティナの言葉を聞き、再び駆け出していく職員。

 そして彼女は改めて机の上の地図に目をやり、報告を訪ねる。

 その質問に、ギルド長がまとめた情報をファイルに綴じ、答えていく。


「ロードが出現したのは間違いないのね?」

「はい、そうでないと二百以上のゴブリンが発生するなんて、説明が付きません」

「場所はここから五日ほど北に進んだところ……西寄りの場所に川があるけど、他は全部森の中か。厄介ね」

「その分、相手の侵攻も遅くなるのでは?」

「ゴブリンロードは一種の女王蜂みたいな存在よ。部下に多少の無理をさせるくらいのことはできる。下手をしたら三日後にはやってきかねないわ」

「三日!?」


 それでは罠を張って待ち構えることもできない。

 森の中でゴブリンと総力戦など、できるなら避けたい事態である。


「数はどれくらい?」

「あれから後続の偵察が戻ってきました。現在は使い魔を使って監視させております。そちらは多少まともに数を数えており、敵総数はおよそ三百五十」

「こちらの戦力は?」

「冒険者ギルドで緊急招集に応じたのはおよそ五十人です。後は衛士隊が五十人ほど」

「ちょっと、少なすぎない?」


 このラウムは西の田舎国家と言えど、一応首都である。そこの冒険者が五十人というのはいささか少ないと言わざるを得ない。

 それに衛士も同じくもっと多いはずだ。


「それが、ゴブリンを相手にするのなら三階位以上は必要なので……」

「二階位以下を含めれば、どう?」

「冒険者ならば百人は増えます」

「それでも相手の半分程度か……」


 三百五十人に対し、冒険者百五十人と衛士五十人。半数とまでは行かないが、それに近い少なさである。

 策を弄することが難しい森の中の野戦では、数こそが正義だ。これでは進軍を止めきれない。


「城の騎士団はどうなの? そっちなら三百はいるでしょ?」

「それが……リッテンバーグ侯爵が騎士は国と貴族を守るための存在と主張され、貴族街の防衛に回されました」

「なんですって! あのハゲ親父――」

「それと貴族街への平民の出入りも禁止されまして……」

「それじゃ、市民はどこに避難すればいいってのよ!?」


 ガンとコルティナは長机を叩いて怒りを露わにする。

 街壁と同様に貴族たちが住まうエリアは高い塀によって囲まれている。

 街壁の防御と、貴族街の防御があれば、いかなゴブリンロードの軍勢と言えど、攻め上がれはすまい。

 しかしそれはあくまで市民の被害を計算に入れなければ、という前提である。

 市民が避難できないとなれば、城壁が破られればもはや後はない。その先に待つのは、無力な市民の蹂躙である。


 ゴブリン一匹の力は大したことはない。しかしロードに率いられたゴブリンとなれば話は違う。

 彼らはまさに働き蜂のごとく、身命を賭してロードに従う。

 それは言わば死兵も同然。そんな相手と戦うとなれば、数を揃えたところで犠牲は避けられない。


「ぶっ殺してやろうかしら、あのハゲ……」

「ま、待ってください。代わりにヨーウィ侯爵が避難を受け入れてくれてますから!」

「ヨーウィ侯爵? ああ、レティーナちゃんのところの――」

「侯爵家の馬車を使い、屋敷の庭を開放していただき、そこに避難民を受け入れると表明していただきました」

「侯爵家の馬車ならば、貴族街に入るのに文句はつけられないわね。でも――気休め程度ね」

「はい、ご厚情は感謝すべきですが、やはりそれでも千人入るかどうか……」

「仕方ないわね。魔術学院と冒険者支援学園の施設に市民を避難させましょう。詰め込めば四、五千は収容できるはずよ。あそこにも柵があるから。それが防衛線になるわ」


 街の東側にある学院を指さし、コルティナが指示を飛ばす。

 両学院はヘタな貴族の屋敷よりも広い。そこに収容できる数もそれなりに多いだろう。しかしそれでも、全市民の避難先というには足りない。


「それでもせいぜい三分の一というところでしょうけど……」

「二階位以下の冒険者と衛士隊に護衛をさせて街の南側に避難を。それでなんとか時間を稼ぎましょう」

「二百もいない人数で、一万近い市民の護衛ですか!?」

「気休めなのはわかっているわ。でも無防備でいるよりマシよ」

「それは、そうですが……」


 コルティナは顎に指をあて思案する。このままでは市民の被害は免れない。

 撃退は可能だろうが、市民の血を流さずに済ますのは不可能だ。


「街壁によって防戦するのは、無理があるわね」

「ですが、それしか手はないでしょう?」

「せめて騎士団が使えれば……いえ、ここは先手を打ちに行きましょう。市民の被害を避けるには、それしか手段がないわ」


 三百という数を持つ騎士団が使えれば、充分互角以上の戦いができたはずだ。

 だが、その主力をもぎ取られた以上、こちらの不利は否めない。ましてや無防備な市民を護衛するため、衛士隊や新人冒険者すらそちらに回している。

 主力の冒険者五十人だけで、七倍のゴブリンを倒す。そんな暴挙に、コルティナは打って出たのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る