第313話 前哨戦

 それから冒険者たちは、コルティナの指示でできうる限りのトラップを仕掛けて回った。

 相手はロードが率いているとは言えしょせんゴブリンであり、その戦闘力は嵩増しされていても、頭脳まではそうはいかない。

 ロード本人ならともかく、末端のゴブリンならば効果は高いだろう。


 更にコルティナは冒険者をパーティごとに編成し、防御のポイントを指示していく。

 北西から街に流れ込む川があるおかげで、敵の進軍ルートがある程度絞り込めたのが功を奏していた。

 ポイントポイントで敵に奇襲を仕掛け、罠に掛け、できる限り数を減らして街の外壁で勝負を仕掛ける。

 それがコルティナの立てた作戦だ。


「正直、工夫のしどころがないというのが、らしくないというか……そもそもマクスウェルはどうしたんだよ」


 俺は人目がないことを確認しつつ、そう独り言ちていた。

 あれから三日経つが、マクスウェルはまだラウムに戻ってきてはいない。

 冒険者ギルドも何度も連絡を入れているのだが、いまだにマクスウェルの帰還は果たされていなかった。

 かく言う俺も一度はフィニアと共に魔術学院に避難したが、隙を見ては変装して抜け出し、前線の様子を見に来ていた。

 早ければ三日、というコルティナの予想がある以上、いつ敵が来てもおかしくない状況だ。

 俺一人では戦況を変えることなどできないが、それでもコルティナが陣に立つ以上、俺もそばにいてやりたいと思っている。

 この街にはコルティナと、そして守りたい仲間たちがいる。ここで指をくわえて黙って見ているだけなんて、俺にはできない。


 偵察が頻繁に飛び交い、ゴブリンの位置を的確に把握しているので、こうしてのんびり作業に従事できているが、それでもいつ襲われるかという緊張感があるので、疲労の進み具合は通常よりも激しい。

 この期間が長く続けば、精神的に冒険者の方が参ってしまいかねない。

 そんな危惧が出始めた四日目になって、前線からゴブリンと遭遇したという情報が飛び込んできたのだった。


「伝令! 前線で作業していたパーティがゴブリンと遭遇、一戦して退却をしたようです」


 冒険者ギルドのホールに、伝令が飛び込んでくる。

 ちょうど変装してその場で話を聞いていた俺も、その報を聞くことになった。


「被害は!?」

「前衛の戦士がかすり傷を負った程度とか。すでにポーションで治癒してます」

「そう、今は一人でも戦力が惜しいから、できる限り怪我しないように伝えて。本番は森じゃないわよ」

「はい!」


 コルティナの想定する本番は、城壁を利用した防衛線と、そこを突破した少数を殲滅する掃討戦だ。

 そのためには一人でも多く戦力を残しておかねばならない。こんな前哨戦で怪我してもらっては困るのだ。


 伝令が再び駆け出していき、休憩を取りに戻っていた冒険者もまた、ギルドを駆け出していく。

 変装した俺もまた、彼らの後に続いて駆け出していた。


 戦場に辿り着くまでに最新の偵察情報が舞い込んできた。

 そこにはゴブリンの数は四百にまで膨れ上がっているという情報もあった。この繁殖力の強さこそ、ロードの恐ろしいところと言えよう。


「まったく、次から次へ子供を産みやがって。その健康さをマリアに分けてやれってんだ」


 フィーナ一人でヘロヘロになっているマリアが聞いたら、さぞ羨ましがることだろう。

 俺は森を駆け抜けつつ、背から槍を引き抜いた。上空には鳩の使い魔が監視している。おそらくはコルティナの放った使い魔だろう。

 コルティナが戦況を見ている以上、俺は糸を使うわけにはいかない。

 また、カタナという珍しい武器も使用することはできない。そんな目立つ武器を使っているのは、ラウムでは俺くらいだからだ。


 だがコルティナはこの槍の存在は知らない。

 破戒神の手によって作られたこの槍の頑丈さは、それ自体が一つの武器であると言ってもいい。


「いたぞ! ゴブリンどもの斥候だ」


 俺の前を駆けていた戦士が、前方の喧騒を察知する。

 そこでは二つの冒険者のパーティが、ゴブリンの集団と戦闘を繰り広げていた。

 その数はおよそ三倍。十対三十というところだ。


「行くぞ! ゴブリンごときに手間取っている連中に貸しを作ってやれ」

「おう!」


 追走する集団に一声かけて士気を上げる。

 新人だったら自分のことで頭が一杯になり、こういった気配りができないところだ。


 乱戦の中にさらに十人の冒険者が雪崩込んでいく。

 完全に不意を突かれたゴブリンは驚愕に一瞬動きを止めた。

 その首を、まるで麦穂を刈るかのように刈り取っていく冒険者。


 だがゴブリンとて、ただでは死ななかった。明らかに致命傷を受けたと思しきゴブリンが、いまだ倒れず錆びた剣を振るっている。

 そのしぶとさに一瞬あっけにとられ、一人の冒険者が棒立ちになった。

 そこへ横合いから別のゴブリンが襲い掛かる。俺はそのゴブリンに向けて槍を突き出し、腰の辺りを深々と貫いて見せた。


 全速力の疾走からの全体重を乗せた刺突。

 それはゴブリンの腰骨を砕くのに充分な破壊力を持っていた。


 もんどりうって倒れるゴブリン。そしてそこから起き上がろうとして……再び地に倒れ込んだ。

 いかにしぶとかろうと、腰の骨はあらゆる運動の起点になる。

 そこを砕かれてまともに動けるはずがないのだ。


「敵はしぶとい、普通に戦うな! 首を落とすか、できないなら腰を砕け。足を折れ、手を切り落とせ! 物理的に戦えないようにしてやれ!」


 俺の戦果を見て、別の冒険者が声を上げる。

 通常ならば胸を切り裂くか、腹を貫いてやれば容易く戦闘不能になる。

 しかしこのゴブリンはロードの支配下にあり、苦痛に対して強い耐性を持っている。

 半ば狂戦士と化したゴブリンに対し、胸や腹では即座に戦闘力を奪うというのは難しい。


 そこで手足や腰を狙う。

 腕がなくなれば剣を振れない。足がなくなれば立ち上がれない。

 腰が砕ければ動くことすら難しいし、首がなくなればさすがに命はない。

 そうやって確実に敵の運動能力をそぎ落とすことこそが必要になる。


 十人の冒険者ですら苦戦していたゴブリンたちは、さらに十人の援軍が来たことで不利を悟り、退却を始めていた。

 これも通常のゴブリンならば、有り得ない行動だ。

 知能の低いゴブリンならば死ぬまで戦うか、周囲の状況に気付かず、逃げる機会を失っていたはず。

 ロードの統率下にあるからこそ、そういう行動に出たのだろう。


 冒険者たちも、すでに二十近いゴブリンを無力化しており、戦況は一方的に変化しつつあった。

 撤退を始めたゴブリンを見て、後を追おうとする数名に対し、先ほど先陣を切っていた冒険者が制止を掛ける。


「待て、まだこれは前哨戦だ。こちらが被害無く敵二十体を狩れたのならもう充分だ」

「だがよ、ここで追い打ち掛けておけば、後が楽にならねぇか?」


 追撃しようとした一人が、不満そうに抗弁する。

 それをあっさり受け流し、その男は説明を続けた。


「たった十体だろ。敵はまだ三百九十もいるんだぞ」

「うっ、そりゃ……」

「下手に後を追ってお前たちに死なれる方がよっぽどダメージが大きい。ここは自制してくれ」

「チッ、わかったよ」


 男も敵の残りを聞いて、頭が覚めたのだろう。未練は残っているようだが、ここは一旦収めてくれた。

 こうして俺たちはゴブリンとの初戦を、上々の結果で終えたのである。

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