第308話 標的発見
俺はクラウドの垂らしてきたロープに掴まり、川べりをよじ登る。
胸に巻いたタオルが少々煩わしいが、動きに支障が出るほどではない。男の時ならこんなものは必要ないのだが、今はクラウドの視線がちらちらこちらに飛んでくるのが気になって仕方なかった。
その都度ミシェルちゃんに脇腹をつねられ悶絶しているが、代償としては軽い方だろう。
湿気った土はよく滑る。しかもボロボロ崩れやすくなっているから非常に上りにくい。
それでも一歩ずつ、着実に歩を進めていると、途中で茶色いキノコを発見した。
「あれ、これは……」
ミクスス茸というものを見たことない俺は、出発前に冒険者ギルドで図鑑を見てきた。そこに記載されていたものと全く同じ、ミクスス茸に違いない。
それが坂道の途中で二本、ひっそりと生えていた。
おそらく、ほとんど崖に近い状態の坂道であるがゆえに、この近辺には雑草が繁らなかったのだろう。
そして川べりであるが故に湿気も強く、このミクススというキノコが繁殖するに足る環境が整えられたというところか。
「やった、ラッキー」
「ニコルちゃん、どうかしたの?」
「ここにミクスス茸が二つある。依頼は五つだったけど、二つ回収できるのは大きい」
「ほんと! じゃあ、さっそく――」
「待って、もうちょっと左だから……クラウド、寄せてくれる?」
「おう、まかせろ」
クラウドはそう答えるとロープを大きく左へ寄せた。それはロープ自体が大きく揺らされることに繋がる。
無論、それに掴まっている俺も、盛大に揺らされる羽目になった。
「わっ、ばか!」
ただでさえ不安定な足場とロープだけで身体を支えている状態なのに、そのロープが揺らされれば身体を安定させられるわけがない。
ズルッと足を滑らせ、揺れるロープに手だけでぶら下がっているじょうたいになる。
さらに言うと俺はずぶ濡れの状態であり、手も泥だらけだ。
しかも非力な少女の身体。ロープからも手を滑らせ、俺は再び川へと落下した。
「わぷ」
ドボンと派手な水飛沫を立て、再度水に沈む。
川縁と底の泥が巻き上げられ、泥水が視界を覆う。水草を頭に乗せながら、水面から顔を出すと、クラウドはしまったと言わんばかりの表情でこちらに向けて手を合わせていた。
「す、すまん。ついうっかり……」
「お前のうっかりは頻繁過ぎる。折檻に値するぞ」
「ヒィ!?」
折檻という単語で合宿を思い浮かべたのか、股間を押さえて飛び退った。
「そこ動くなぁ!」
「いや、ほんとに悪気はなかったからぁ!」
俺は四つん這いになって坂を駆け上がり、クラウドを追いかけようとした。
クラウドは股間を押さえながら逃げ出す。
結果、俺は三度、水面に転がり落ちることになったのである。
そもそも自力で登れるのならば、ロープを下ろしてもらう必要などなかったのだ。
どうにかミクスス茸を回収し、俺は着替えを済ませていた。
泥と水に濡れた服を着替えたことで身体がさっぱりし、ささくれだった気分も落ち着いてくる。
傍らでは股間を押さえたまま悶絶するクラウドの姿がある。これは俺の折檻による結果だ。
「ゴホン。なんにせよ、これで二つは手に入ったね」
「そうですわね。残りは三つ、この近くにあるんじゃないかしら?」
「どうだろ。川べりの、雑草がない場所だったから生えてたって言うのもあると思うけど」
「流れが早くなるもっと上流の方なら、似たような地形もあるんじゃない?」
ミシェルちゃんが言ったように、流れが早い上流では水が土を削り、川の位置が谷のように変化することはよくある。
そういった壁面では雑草も生えにくいため、ミクスス茸のような植物は生えやすいかもしれない。
「と、とりあえず、いってみれば……いいん、じゃ……」
背後から息も絶え絶えと言った感じで、クラウドが意見具申をする。
その彼に向けられる女性陣の視線は、針のように鋭かった。
昔ならともかく、二次性徴の始まった女性陣は、そういう視線に厳しかった。
「森の中だと、カッちゃんがいてくれると頼りになるんだけどなぁ」
「あの外見だからねー。フィーナをあやすのにちょうどいいから、ママに貸し出しちゃってる」
カッちゃんという一見小動物風の存在は、子供の情操教育において、非常に効果が高い……的なことを白いのが言っていた。
そこでしばらくはカッちゃんをライエルの屋敷に預け、フィーナの子守りをしてもらっている。
通いの家政婦だけでなく、カッちゃんがいることでマリアの負担は大きく減るはずだ。
「尻尾とか耳がべしょべしょになってたよ。しゃぶられて」
「アハハ、それは見てみたかったかも!」
「ちなみにコルティナも同じ目にあってた」
「なにそれ、超見たい!」
「そ、それはわたくしも見てみたいですわね」
「あのー、そろそろ出発しねぇ?」
俺たちの歓談に無遠慮な声を割り込ませるクラウド。だが今回はさすがに、彼の言い分の方が正しい。
出発が遅く、しかもいつもより遠出しているので、時間もかなり差し迫っている。
しかしミクスス茸のノルマは残り三つ、期限は残り四日。ここで無理に先に進まなくてもいいかもしれない。
「そうだね……今日はこの辺にして、もう戻らない?」
「えぇー、もう?」
「そうですわよ。せっかくミクスス茸の第一号を発見したというのに」
「いや、帰るまでの時間を考えると、ここで無理に先に進むと城門が閉まっちゃうかもしれないし」
ラウム首都の門は、夜間は閉じられる。
無論、出入りすることは可能だが、そのためには衛士に事情を話して通してもらわないといけなくなる。
この先にあるのかどうかわからないキノコのために、そんな面倒を掛けるのもばからしい。期限はまだあるのだから。
「むー、それはありますわね。最近帰りが遅いとお父様からもお小言をもらっていますし」
「レティーナちゃんも? 実はわたしもなんだぁ」
「俺は別に……獲物があれば言い訳できるし。心配してくれるのはシスターしかいないし」
「クラウドはぼっちだからね」
「ぼ、ぼっちじゃねぇし!」
十を超えたばかりの俺たちが、あまり遅くまで森をうろつくのは感心されない。
そういうわけで、この日はここまでとして、街へと帰還した。
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