第508話 悪事の証拠
ここから迂闊に部屋を出ると、さすがに使用人に見つかってしまう可能性があった。
そこで俺は、幻覚の指輪を使って姿を隠すことにする。
これと隠密のギフトを併用すれば、例え目の前にいても気付かれる心配はない。素人相手ならば、の注釈は付くが。
まず鍵穴から廊下の様子を探り、カインの使用人の目が無いことを確認すると、小さくゆっくりと扉を開け、スルリと廊下へ滑り出た。
そのまま指輪の力で壁の模様に擬態しておき、突き当りの壁を調べる。
案の定、突き当りにある壁の床から高さ一メートルほどの部分が隠し扉になっており、そこから向こう側へと入ることができるようになっていた。
しかもこの隠し扉、位置的にカインの部屋の扉と重なる場所に作られており、カインが部屋の扉を全開にしておくと、廊下の向こうからは見ることができない位置にある。
「まったく、小賢しい真似を」
小さく呟いてから隠し部屋に忍び込む。侵入に気付かれないよう、扉はしっかりと閉めておく。
隠し部屋……というか、そこは隠し通路になっているようだった。
幅一メートルほどの短い通路があり、その先は階段になっていて下へと向かっている。
俺は足音を立てないように階段を下っていった。明かりはないが、どこからか光を取り込んでいて、それが通路のあちこちに仕掛けられた鏡に反射し内部を照らす構造になっていたので、俺が照明を要する必要はなかった。
狭苦しい階段を降り、何度か折り返し、優に五階分は下っただろうか?
寮が三階建てであることを考えると、完全に地下に潜っていることになる。
それだけ降りて、ようやく目の前に扉が現れた。
この深さになると、取り込んでいた明かりもその効果を弱め、かなり薄暗い状況になっている。
それでも闇に慣れた俺の目は、周囲をはっきりと見て取ることができた。
「鍵、は掛かってないのか?」
静かにドアノブを回すと、かちりと小さな音を立てて扉が開く。
その向こうは高さはないが、かなり広い部屋になっていた。そして壁際には薬品棚が置かれており、そこには何十本もの小瓶が収められていた。
さらには小さな机と書類棚も完備されている。
「これ、フィニアを襲った連中の小瓶と同じものだな」
といっても、学院で使っているものと同じなので、これだけでは有罪とは言えない。
しかし中身が例の薬と同じならば、確定である。
薬品棚を漁り、小瓶を二本ほど失敬しておく。もちろんすぐ見破られないように奥の瓶を手前に移動させておくのも忘れない。
それから部屋を調べたところ、薬の売り上げを記した帳簿が見つかった。
「フン、自分の部屋じゃないから見つからないと、タカをくくっていたのかね?」
取り引きの相手を見ると、父親であるトバル・メトセラ=レメクの名前まであった。しかもその取引の最新記録は、『新薬』と記載されている。
どうやら、さらに薬を改良したものを、トバルに流しているようだ。
まったく、家族ぐるみでこの裏稼業を行っているとは恐れ入る。
さらに部屋を調べていくと、もう一つ奥に部屋があることが判明した。
俺は扉をゆっくりと開くと、その向こうには監獄のような牢屋が存在していた。
牢獄の数は三つあり、そのうち二つの扉が閉じられていた。
その中の一つには、身体中からキノコを生やした、奇怪な姿の人間……いや、冒険者の死体に寄生したファンガスの姿があった。
「ぐっ!?」
俺だって様々な経験を積んできている。中にはアンデッドの姿を見たことだって、何度もあった。
しかし目の前の存在の奇怪さには、到底及ばない。
明らかに死んでいるのに、溶け崩れ、空洞になった眼下からキノコまで生やしているというのに、その冒険者は動いていた。
一歩踏み出すごとに、足の裏のキノコが踏み潰され、胞子が周辺に撒き散らされる。
「おおおぉぉぉぉぅぅぅぅぅぅぅぅ」
俺を見つけたのか、ファンガスは言葉にもならない唸りを上げて、ゆっくりとこちらに迫ってくる。
しかし、俺とファンガスの間には、頑丈な鉄格子が据え付けられており、それ以上こちらへは寄ってこれない。
それでも俺を捕まえようと、ボロボロになった腕をこちらに伸ばす。無論その腕もキノコだらけだ。
「……哀れな」
俺は死者に対して何の感慨も持っていなかった。それでもこの有り様だけは無残だと感じていた。
こいつを殺してしまえば、俺の存在を嗅ぎ付けられる。ここは何もせず、この部屋を出るのが正解だ。
そう理解していても、この冒険者を放置しておくことができなかった。
操糸のギフトを使い、首に糸を巻き付けて全力で引く。
ファンガスはいわばアンデッドと植物のハイブリッドのような存在なので、首を絞めたところで効果は薄い。
しかし俺が筋力強化までして引っ張ったミスリル糸は、ブチブチと首の繊維を引き裂き、やがてその首を床に落とした。
それでも、ファンガスは動きを止めようとしない。そもそも植物でもあり、アンデッドでもあるこのモンスターに、首なんて存在は意味がない。
俺は完全にファンガスが動きを止めるまで、何度も何度も、斬り刻んでいく。
ファンガスはその後ももがき続け、手足を落とし、胴体を二つに割ったところでようやく動きを止めた。
どろりとした血が床に流れ、周囲には胞子が舞い散り、霧がかかったようになっている。
これは俺も完全に寄生されたと見るべきだろう。
しかしファンガスの寄生は、その後きちんと処置しておけば、問題はない。
寮内では魔法が使えないので、すぐにでも敷地を出て、マクスウェルにでも浄化してもらった方がいい。
さらに別の牢獄には、虚ろな目をしたトロールが一匹、拘束されていた。
トロールは身長が三メートルを超える巨人で、異常な再生力を持っているのが特徴だ。しかし性格も激しく、人間を見れば即座に食らいにかかるという危険なモンスターだった。
そんなトロールが、無気力に横たわっている。どうやら、何らかの薬物を投与され、無力化しているらしい。
その腕や首筋には、無数の腫れがある。おそらく薬物を注入した痕跡だろう。注射針の跡はすぐに回復するので、残っていないようだ。
これも容赦なく首を落としておく。無反応だったので、まるで人形の首を落とすように容易く落とせたのだが、それが逆に薄ら寒い不気味さを覚え、鳥肌が立った。
ファンガスとトロールを始末したのだから、カインもすぐに動き始めるだろう。
しかし、こちらがそれ以上の速さで動けば、問題はない。証拠の帳簿も手に入れたし、薬の現物も、ファンガスやトロールの死体もある。
すぐにマクスウェルを動かし、ここを押さえれば、レメク家は終わりだ。
そう考え、証拠としてこの取り引きを記載した帳簿もめぼしい物を見繕って持ち帰ることにする。
特にトバルとの取引が記載された者は重要だ。
これで準備は整った。これだけの証拠があれば、レティーナの婚約を破棄することが可能なはずだ。
「これで、一件落着ってところだな」
薬品棚のある部屋まで戻り、俺は大きく息を吐いた。
あとはマクスウェルがうまく圧力をかけてくれれば、レティーナは晴れて自由の身になるというわけである。
そう思うと、先ほどの哀れな冒険者も、報われたと考えるべきか? 身をもってカインの悪行を晒してくれたのだから。
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