第509話 報告と解析
俺は寮の隠し部屋から外に出ると、その痕跡を消した後、寮の外へ出る。
そこから人目を避けて路地裏に潜り込み、ラウムへと飛んだ。
街の間の距離を無視できるのが
今回は到着した瞬間襲撃されるようなこともなく、すんなりとマクスウェルの元に辿り着くことができた。
例によって居間に案内され、マクスウェルは茶を淹れるために席を立った。
しばし待たされた後、憮然とした表情のまま、トレイにティーセットを乗せて居間に入ってくるマクスウェル。
「こっちも襲撃の方は落ち着いたようだな?」
「来て早々言ってくれるのぅ。前回は特別じゃよ」
俺にとっては見慣れた姿だが、そのティーセットを乗せているのは、懐かしの魔力の鑑定板じゃなかったか?
「それ、雑に扱うと、またコルティナに怒られるぞ」
「なに、予備もあるから気にするな。それに作ろうと思えば、いつでも作れる」
「魔道具をホイホイ作れるってのが、すでに異常なんだがな」
「なにを今さら」
風神ハスタールや破戒神ユーリから、散々魔道具を提供してもらっている俺が口にするのも、確かに今さらである。
マクスウェルの言葉に、鼻を鳴らして不機嫌そうに返してから、隠し部屋から持ち出した小瓶をテーブルの上に乗せる。
一緒に取り引き帳簿から持ち出した数枚の書類も、並べておく。
「なんじゃ、ブランデーでも持ってきたか?」
「俺は未成年だよ。例の薬の完全版ってところだ」
「ふむ?」
今度はマクスウェルが鼻を鳴らし、しげしげと書類を眺め、取り上げる。
続いて小瓶も手に取って、軽く振って中身を確かめる。
「それと、どうやらファンガスの胞子に寄生されたっぽいから、浄化してくれ」
「
「持っていく時間が惜しかった。それに追いつかないほどの量を頭から浴びちまってな」
「わかった、待っておれ」
マクスウェルは小瓶をテーブルに戻すと、
その動作がややまどろっこしく感じるのは、俺がマリアの瞬間発動する魔法に慣れてしまっているからだろう。
それでも一般的な術者よりは遥かに早く、術を発動させている。
空中に描き出された魔法陣が粉のように崩れ、それが俺の身体にまとわりつく。
小部屋を出てから感じていた、体内に存在した微かな重さのようなものが消え、すっきりとした気分になる。
「どうやら消えたようだな」
「ファンガスに寄生されたということは、薬の大元は発見したのかの?」
「ああ、寮の隠し部屋に捕らえられていた。冒険者の死体はバラバラに刻んできたから、再利用される恐れはない」
「冒険者の死体を利用しておったのか。なんとも非道な」
続いてマクスウェルは小瓶の鑑定に移る。
これだけ量があるなら、前回はわからなかった中毒になる量も判明するはずだ。
案の定、鑑定結果を見ると、小瓶一つで依存症が残ることが判明した。つまり三回分である。
「たった三回か」
「その上、この小瓶二つほど一気飲みすれば、一気にモンスター化するじゃろうな」
「デンに聞いた話では、一つでモンスター化したらしいんだが?」
「戦闘に使うと聞いて、成分を濃縮したのかもしれん。痛覚がマヒするから、狂戦士化待ったなしじゃ」
「それ、戦争に使われたらヤバいんじゃないか?」
痛覚を感じない兵士が、小瓶一つで誕生する。
材料もファンガスの胞子が入手しにくい程度だ。それも連中がしていたような『養殖』を行えば、簡単に手に入る。
他の材料は、ありきたりなポーションに使われる材料なので、かなり在庫がある。
これを兵士に配り、戦場で服用させれば、戦場の様相が一変してしまうだろう。
「いや、それは難しいじゃろうな」
「なぜ? 痛みを感じず、死ぬまで戦う兵士なんて、領主にとっては喉から手が出るほど欲しい存在だろ?」
「無理じゃよ。兵士というのは、戦えるということ以上に、上官に従順であることが求められる。薬で興奮した兵士を指揮するなど、コルティナでもできんわぃ」
「そんなもんか」
まあ、俺は戦場に出るという経験はあまりしていなかったので、その辺はあまりわかっていないかもしれない。
マクスウェルが不可能だというのなら、無理なのだろう。
「もっとも、街中にモンスターを作り出すなら、簡単にできるじゃろうな」
「それはもう経験済みだよ」
そういうと俺は席を立ち、居間を後にしようとした。
「なんじゃ、もう行くのか?」
「ああ。カインが黒と判明した以上、レティーナとフィニアのことが心配だからな。ファンガスを始末したので、俺の侵入のこともバレてるだろうし」
「ならばしばし待て。こいつも持っていくがいい」
マクスウェルは席を立ち、今の隅に置かれていた戸棚から、別の小瓶を取り出してきた。
それは俺も見覚えがある瓶だった。冒険や暗殺で散々世話になった、解毒用のポーションだ。しかも、かなり高位の毒すら浄化できる上級の解毒ポーション。
「これならファンガスの胞子を浄化することができるじゃろ。持っていけ」
「ああ、そういえばこの手もあったか。悪いな」
これは俺も何本か持っていたが、それはデンが管理する隠れ家にある。今の俺は持っていない高級品だった。
「助かるよ。それじゃ、フィニアとデンが心配だから、今日はこれで」
「うむ。コルティナばっかりじゃなく、もっと頻繁にこっちに顔を出してもいいんじゃよ?」
「媚びるな、気持ち悪い」
「ははは。じゃが、顔を出して欲しいのは本当じゃぞ。もっとも近いうちにワシもそっちに行かねばならんが」
「ん? ああ、そうか。ことが貴族の問題だもんな。だが別に、事を表沙汰にした後は俺が暗殺しても……」
「相手は公爵じゃからな。それに縁戚も多い。本人を殺したところで、別の貴族に狙われかねん。かといって放置するわけにもいかん。このレベルの問題はさすがに王家も見過ごせんじゃろうし」
「そうか?」
「それにワシも、少しばかり根回ししておかねばならんようじゃからな」
「ま、爺さんがこういう問題で抜かるとは思えんし、そっちはお任せするさ」
貴族のいざこざに、自分から率先して首を突っ込む気は、俺にはない。
マクスウェルが何をしようとしているのかわからないが、あまり深入りしない方がいいだろう。
そう考え、俺はマクスウェルの屋敷を後にしたのだった。
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