第510話 護衛の道中

  ◇◆◇◆◇



 ミシェルたちは、メトセラの街を出たあと、防塵マスクの仕入れの護衛についていた。

 冒険者を雇うのは、港町からメトセラまでの護衛のためである。

 今回は大口の注文で、かなりの量を運ぶ必要があるため、労働力兼護衛としての人材が必要との話だった。


「で、これが運び込まれた先が、ニコルの標的って可能性も高いんだ。だから油断するんじゃないぞ」

「もー、クラウドくんに言われるまでもなく、わかってるって」


 噛んで含めるように、何度も何度も注意してくるクラウドに、ミシェルはさすがに辟易している。

 もっともそれが、彼が心配してくれている証だと知っているので、気を悪くしたりはしない。

 運ぶ荷物は馬車一台丸ごと必要なため、彼女たち二人と他に人足が三名同行していた。


 目的地の港町はメトセラの街から一日かかる場所にあるため、往復三日を想定した旅程だ。

 道中はラウム特有の森の中にある街道を抜けるため、見通しはあまり良くない。


「ラウムってこう見ると、行商には向いてないよなぁ」

「はっはっは、それでも商品を運ばないと、困る人がいるからな!」


 輸送を担当する商人は顔に斬り傷を残した大男で、その影響で人前に出ることができないといっていた。

 確かに傷のせいで強面になっており、客商売するには向いていない。

 しかし明朗快活な性格をしており、物怖じしないミシェルなどは早速懐いている。今も干し肉などを貰って、満面の笑顔で齧りついていた。


「嬢ちゃんはよく食うな。まあいいけど、ほどほどで頼むぜ。片道一日とはいえ保存食なんだから」

「ふぉい、ひひょうひまふ」

「はい、自重します、だって」


 ミシェルが食べながら話すのはいつものことである。その言語を散々聞いてきたクラウドは、それを翻訳して商人に伝えていた。


「んく。大丈夫だよ。ご飯が足りなくなったら現地調達すればいいし。わたし狩人だし」

「獲物を探すのはニコルの仕事だったじゃないか」

「わたしだってできるもん」


 そういうと、腰の狩人弓を収めたケースをパンと叩く。

 それを見て、商人は背中にも弓ケースを背負ったミシェルを奇異の目で見た。


「お嬢ちゃん、背中に背負ってるのも弓だろう? なんで二つも背負ってるんだ」


 弓使いが近接専用に軽めの剣を用意することはよくある。しかし彼女は弓を二つ用意していて、近接用の武器は用意していなかった。

 さらに矢筒も二種類用意しており、弓を主力とする冒険者とは、一線を画する外見をしていた。

 しかも胸や腕を弦から保護する胸当てや手甲は、妙に質のいい物で揃えられていた。

 若手の冒険者にしては、高級品過ぎる。


「これは大物用の特別なやつなの。だからいつもはこっちね」

「剣とかは用意しないのか?」

「それは体術で何とか。何よりクラウドくんが守ってくれるし」

「へー、信頼されてるんだな、坊主」

「なんで俺が坊主でミシェルがお嬢ちゃん……いや、いいけど」


 扱いの違いに憮然とした顔をするクラウドに、商人はガハハと大声をあげて笑う。

 クラウドの背を勢い良く叩き、愉快さを表現していた。


「悪いな。男には遠慮せん性質なんだ。それよりあれを見な」

「ん?」


 商人が指さした先には、一羽のヴァルチャーが飛んでいた。


「さっそくで悪いが、口ほどの腕ならアイツを仕留めてくれんかな?」

「ヴァルチャーは高空から急降下で襲ってくるから危険なんだよな。俺じゃ守り切れないし、先手必勝が楽。ってことで、ミシェル、頼むよ」

「はぁい!」


 返事が終わるより早く、ケースから弓を取り出し、矢筒から矢を番える。

 その流れるような動きは、商人が目を剥くほど滑らかで熟達した動きだった。

 照準をつけることすら一瞬で済まし、無造作ともいえるほど容易く指を離す。


 一呼吸の間に放たれた矢は、一直線に空に向かい、獲物を探すヴァルチャーの頭部に狙いあやまたず突き刺さった。

 一撃のもとに絶命し、きりもみしながら地面に落ちていく。

 商人はさらにあんぐりと口を開き、その神業を見守るしかできなかった。


「な……え? もう?」

「まあ、ミシェルだからね。これでも第四階位だから」

「ハァー! こんなに若くて四階位って大丈夫かよって最初は思ってたが、こりゃすげぇ」

「まあね。周囲が化け物揃いで、俺も肩身が狭いよ。それより、回収しないのか?」

「ああ、そうだな。お前ら、ちょっと行って来てくれ」


 人足の男たちに、ヴァルチャーの回収を任せる商人。

 彼らもミシェルたちと同じく、護衛兼労働力として雇われているため、森の中を移動する程度のことはできる。

 商人の言葉に、なんで俺たちが? という感情を浮かべていたようだが、雇い主の命令には背けない。

 一人を残し、二人が一組になって森の中に入っていく。

 ヴァルチャーの落下した場所はそれほど離れていないので、二人でも大丈夫と判断したのだろう。


「待ってくれ、俺も行くよ」


 しかし彼らの装備では大型のモンスターに襲われては危険と判断し、クラウドも同行を申し出た。

 男たちは一瞬だけ目配せし、小さく頷いて許可する。


「じゃあ、ミシェル。後は任せるね」

「うん、いってらっしゃい」


 超絶の技量を見せつけたミシェルは、それを気にした風もなく小さく手を振って送り出す。

 クラウドは手を振り返した後、先に森に入っていった二人を追って、草を掻き分けていったのだった。

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