第507話 シークレットルーム

 ラウムから戻ってきた俺は、デンにのみ検査結果を話し、そのまま就寝することにした。

 これはフィニアやレティーナがすでに就寝していたからである。

 フィニアには翌朝にデンから、レティーナには登校途中にでも俺が伝えておけば、問題ないだろう。

 一刻を争うような情報はなかったのだから。


 そして翌朝、それを伝えられたレティーナは、案の定激昂していた。

 正義感が強い彼女なら、当然の反応といえる。


「禁止薬物にモンスターの胞子ですって!? 人を何だと思っているのかしら!」

「落ち着いて、レティーナ。それは人前で口外していいことじゃないよ」

「それはわかっていますけど、やはり人を人とも思わぬ所業に、苛立ちを隠せませんわ」

「うん、見てればわかる」


 しかし、だからといって誰が聞いているかわからない状況で口外されては、彼女自身の身が危険である。

 それはレティーナも理解しており、俺に注意されてからは、詳細な内容については漏らさないようにしていた。


「それにしても、そんな『珍しい素材』をどこで手に入れてきたのでしょう?」

「元は討伐指定だし、普通に手に入る物じゃないよね。冒険者を雇って、特別に入手……いや、それじゃ足がつく可能性が高いか」


 専属の冒険者でもない限り、カインたち以外の仕事も受けるはずだ。

 その時に口を滑らさないとも限らない。なにより、信頼関係がない相手では、それを元に脅迫される可能性だってある。

 いかに貴族のボンボンといえど、そこに知恵が回らないはずがない。


「ああ、それで学院を利用してるのか」

「魔術学院を?」

「ほら、校外実習。あの時に『獲物』を仕入れてるんじゃないかな? 元は森に住んでいるわけだし、胞子――っと、粉だけならどこにでも隠して持ち帰れる」

「でも、そんなに都合よく見つかるかしら?」

「そうだね。そこは……ん?」


 そういえば、ファンガスは動物にも人間にも寄生する。

 寄生されて五日ほどは潜伏期間になるが、それを越えると人の意識はなくなり、本能のままに襲い掛かるモンスターと化す。

 その感染の元になる胞子はすでに手にしているとしたら?


「まさか、自分で作って、自分で収穫している?」

「え?」

「もし彼らが、どこか頑丈な檻にでも寄生主を閉じ込め、感染させておけば、数日後には……」

「そんな――!?」


 檻の中に閉じ込められ、身動きができないファンガスなら、仕留めるのも容易い。

 そして仕留めた死体からは、いつでも労せずして胞子を入手することができる。

 しかも新たな寄生先さえ用意しておけば、何度でも感染させることができる。それは別に動物でなくても構わない。

 ファンガスは動物にも、人間にも感染するのだから。


「そして連中にとって、寄生先はすでにいくつか確保している可能性が高い」

「それは、わたしが送り込んだ冒険者たち……ですわね」

「あくまで推測だけど、人をシイタケの原木みたいに扱っていたとしたら、許せないね」


 確証はない。それを明かすためにも、連中の根城を早く突き止めたいという衝動に駆られた。

 先任の冒険者たちが餌食になっているのなら、早く解放してやりたいと思ったからだ。


「レティーナ。悪いけど、今日は私は病欠ってことにしておいて」

「わかりましたわ。担任にはそう伝えておきます」


 俺と同じ思いを抱いたのか、レティーナもあっさりとずる休みを承諾してくれる。

 そして俺は、隠密のギフトを利用して人目を避けるように寮へと戻ることにした。

 もう一度、カインの室内を調べるために、だ。




 ひとまず寮に戻った俺は、一目散にカインの私室へと向かった。もちろん、正面からではなく、裏庭の壁からだ。

 壁に張り付いたまま窓から中を覗き込み、中に誰もいないことを確認すると、鍵を開いて前回同様、あっさりと忍び込むことに成功した。

 そして今度こそ念入りに調べて回るが、やはり怪しい物証は得られなかった。


「くそ、あいつは慎重な奴だから、何か証拠を隠し持っているはずなんだ」


 慎重だからこそ、他者に証拠を預け、処分や管理を任せたりしない。

 ああいう奴は、自分の弱点になる物は、必ず手元に置いて監視していたくなるタイプである。

 だからこそこの部屋が隠し場所の最有力候補と考えていたのに。


「ここじゃない場所を確保しているのか……? だとしても、自分の目の届かない場所は不安になるはず。きっとどこかに……」


 意地でも見つけてやる、そんな決意が焦りを生み、余計に探索が雑になっていく。

 しかし今回はそれが功を奏したといえた。

 うっかりと壁際の外套掛けに背中をぶつけ、それがゴツンと壁に当たる。

 鈍く重い音。そこに混じる、太鼓のように反響を残した衝突音。

 それは、普通に壁を撃った時の音とは微かに違っていた。


「なんだ、この向こう……?」


 奴の部屋は南の角部屋。つまりこの向こうは外のはず。だというのに反響が返ってくるということは?


「隠し部屋か!」


 南側の壁際に立ち、そこから窓までの歩数を測ってから、窓から顔を出す。

 外から見た時は気付かなかったが、確かに歩数と壁の厚さが合わない。

 この感じだと、南側の壁が二メートル以上あることになってしまう。


 無論俺だって最初に来た時も隠し部屋の事は考えていた。

 しかしその時は隠し部屋のスイッチなどがないかを重点的に見ていたため、この壁の厚さを見落としていたらしい。


「しかし、この部屋にはそんな出入り口はなかった。いや、部屋にないのかもしれないな」


 隠し部屋への入り口は別に部屋にある必要はない。寮の外の三方向も可能性があるが、そこでは誰が見つけるかわからない。

 だれでも自由に接することができる場所では、奴も安心はできまい。

 ならば別の場所。南の壁に面した三方以外の可能性となれば……


「廊下の突き当り、か?」


 カインの部屋は南の端。つまり廊下の突き当りに位置している。

 そして向かい側は他の生徒と同じく使用人の部屋だ。

 つまり、廊下を突き当りまでやって来るのは、カインか使用人しかいない。


「ついに尻尾を掴んだぞ、キザ野郎」


 俺は口の端を吊り上げ、猟犬のような笑みを浮かべたのだった。

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