第165話 待ち合わせ前のトラブル

 マリアの説教には一理も二理もある。

 だが、それを無視してでも修行し力を手に入れるのが、今の俺の今世での目標である。

 しかし彼女の言い分も理解はできる。これから先は、マリアに心配をかけないラインで自らを追い込む必要がある。


「それにしても、子供達だけで山蛇を退治しちまうとはなあ! さすが俺の娘だ」

「あなた?」

「い、いや、心配をかけるのはいけないな。うん」


 誇らし気に胸を張ったが、マリアの一声で瞬く間に萎れるライエル。お前も英雄なんだから、もっと強く出ろよ?

 だが反面、その気持ちもわからないでもない。本当にマリアは怒らせると怖い。

 具体的に言うと、治癒魔法をわざと痛く使ってくるとか……

 治癒魔法の中には自然治癒力を促進させる魔法もあるので、その過程における痛覚も無論存在する。本来なら魔術の効果で軽減されるのだが、それを強引にカットする事だって可能だ。

 これを利用した拷問術なども、世界には存在するらしい。


「それはいいから。パパ助けて」

「ダメなんだ、ニコル……パパじゃ、あの魔王には敵わない」

「誰が魔王ですか!」

「でもママ。わたし、足が痺れてきた」

「がまんしなさい」

「でもぉ」


 ここで俺は最終兵器。涙目上目使いでマリアを見つめた。

 この視線に耐えられる親などいない!


「うっ、し、仕方ないわね……今後は本当に無茶しちゃダメよ?」

「がってんしょーち」


 無論、聞き入れるつもりはほとんどない。

 だがここで退いておかねば、押し問答になるだけだ。

 

 とりあえずマリアの怒りを解き、家族揃ってお茶の時間となった。

 その後、コルティナがマリアに連行されたのは余談である。俺だけ叱られるのは不公平なので、存分に堪能するがよい。

 そして俺は、ライエルにどうやって山蛇を倒したのか、その詳細を説明させられる羽目になったのだった。

 正確には、倒したのは俺じゃないけどな。





 それから一週間の時が過ぎた。

 ちょうど休日の日を選び、俺はマクスウェルに伝言を頼んで、エリオットと待ち合わせすることになった。

 ここで上手く奴の心を掴めば、俺への執着は薄れるはず。

 今回はサポートとして、マクスウェル本人も追従している。無論姿は隠してもらっているが。

 まあ、すでに奴は俺の大人の姿にメロメロなので、これは容易いミッションになるだろう。


「――と、思っていた時期がありました」


 ポツリと呟き、俺は溜息を吐いた。

 俺の周囲には、エリオットではなく見知らぬ冒険者風の男が三人。

 しかも取り囲むように位置取って、逃げ道をふさいでくれている。


「なぁなぁ、待ち合わせの男なんて放っておいてさぁ。俺達とお話ししようぜ?」

「そうそう。こう見えても俺達って第三位の冒険者なんだぜ。将来有望よ?」

「だよな! 俺達にかかればモンスターだろうが野盗だろうが追い払ってやれるし!」


 口々に自分の実力と将来性を語る冒険者達。だがよく考えてほしい。俺の将来性に敵う男など、この世界には存在しないのだ。

 何せ両親は六英雄。中身も六英雄。しかも神様の血脈付き。

 誰が俺を上回れるというのか。そもそも外見的にも無理があるだろう?

 今の俺は、見た目も大人になった、キラキラした美少女。埃っぽい冒険者とは、到底釣り合わない。


 それほどまでに、今の俺は目立っていた。

 街中でエルフの民族衣装に近い服装を纏う、小柄な、銀髪の美少女。可憐で儚げな姿は、我ながら見惚れるほどに美しい。

 そりゃ、声をかけたくなる気持ちもわからないでもないが、正直面倒臭くなってきた。

 人と待ち合わせしている以上、暴れている所を見られると困るので自重していたが……ここまで馴れ馴れしいと、実力行使で排除したくなる。


 そもそも三階位の冒険者なんて、そこら中にいる。

 冒険者の階位は全部で七段階。昔は色で段階を示していたらしいのだが、それではわかりづらいという事になり、今は数字で示されている。

 数字が大きい程実力者であり、一階位は素人同然。二階位はようやく駆け出し。三階位は一般的な冒険者の力量だ。

 つまり彼等の主張は、自慢にもなりはしない。


「あの、本当に困るので――」

「いいじゃん、いいじゃん」


 馴れ馴れしく俺の肩に手を置こうとする冒険者。

 さすがにそこまでされて黙っていられる俺じゃない。手首を取って取り押さえ……ようとしたところで、冒険者の姿が掻き消えた。

 いや、吹き飛んだという方が正しいか。

 足元に唐突に火柱が吹き上がり、男を建物の屋根より高く打ち上げたのだ。

 続けて二回、同じような火柱が上がる。


「ああ、マクスウェルの仕業か」


 俺についてきているという事は、このお邪魔虫共もマクスウェルに見られているという事になる。

 作戦遂行の邪魔者を、あの爺さんが放置する訳がない。


「まったく、美しすぎるのも罪じゃのぅ」

「ひぅ!?」


 突然耳元で響いた低い声に、俺は危うく悲鳴を上げそうになった。

 周囲を見回しても、マクスウェルの姿はない。しかし、間違いなく先程の声はマクスウェルの物だった。


姿隠しコンシールの魔法じゃよ。あまり派手に動く事はできんけどな」

「そばに誰もいなかったはずなんだがな」


 飄々とネタ晴らしをする爺さんに、俺は小さな声で反論を返す。

 待ち合わせの場所から俺は一歩も動いていない。そしてその周辺には誰もいなかったはずだ。

 例え姿を隠していても、俺ならそれくらいは感知できる。


「火柱に紛れて近付いたのじゃよ。それにお主の周囲には『お主の敵』で溢れておったからの。気付きにくかろう?」


 あの冒険者と火柱を盾に、こっそり俺に近付いたという事か。

 さすがに油断できないな、この爺さん。


「それにしても、待ち人は遅いの」

「まだ時間になってないだろ」

「普通は三十分は前にやって来るモノじゃ。エリオットもまだまだわかっておらん」

「そういうもんか?」


 ぶつくさと文句を言うマクスウェルだが、一人で手持ち無沙汰に突っ立っているよりは、よほど気が紛れる。

 俺も適当に相槌を返しながら、しばらく時間を潰していた。

 しかし――


「待ち人なら来ませんよ?」


 唐突に、そこに甲高い少女の声が掛けられたのだった。

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